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一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

レトロな佇まいを味わった半田の町

散歩

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移り気な秋の空を、毎日気にして見上げている。出掛けたいところがいろいろあるのだが、できれば暗い雨の日は避けたいのだ。そして昨日の土曜日、みるみる雲を押しやって昇ってくる太陽を見て、お出掛け日和を確信。夫と二人、義父のお見舞いに美浜町の病院を訪ねた後、かねてから訪れてみたかった町、半田へ向かった。

 

まずは118年前につくられたビール工場の赤レンガ建物。ジブリの映画『風立ちぬ』にも出てくるカブトビールが、ここで作られていた。

 

このビール、なんと1900年パリ万博で金賞を受賞したそうである。この幻のビールを再現した復刻版を、明治時代と大正時代の2種類、併設のカフェで味わってみた。色も香りも味もそれぞれの個性が楽しく、とても美味しい。レトロなラベルもいい味わいだ。

 

時代を経た渋い色味が魅力的な赤レンガの建物は、横浜赤レンガ倉庫などを設計した妻木頼黄(つまきよりなか)によるもの。明治時代のこの町の人たちには、さぞや自慢の建物だったことだろう。カブトビールにしても赤レンガ建物にしても、今のレトロはかつてのハイカラ、ということを感じさせてくれて心楽しい。

 

ここから半田運河を目指して、紺屋街道を歩く。紺屋とは江戸時代の染物屋のこと。当時から酒造業が盛んだった半田は、江戸や大阪に海路で酒を運んでおり、港に出入りする千石船の帆を染める染物屋がこの界隈に何軒もあったとか。現在はゆるやかなカーブを繰り返す静かな細い道だが、かつてはこのあたりのメインストリートであり、賑やかに人の行き来があったそうだ。

 

『ごんぎつね』で有名な半田市出身の童話作家新美南吉も、この道をよく歩いていたとのこと。黒塗りの板塀や石垣、大樹のある寺社など、当時の名残をところどころ感じさせてくれる古い道は、ゆっくり散策するのが好きな私にはぴったりだった。

 

清酒「國盛」で有名な中埜酒造の博物館である「酒の文化館」や、豪商・中埜半六の邸宅や庭園を眺めながら、ミツカンのマークが白抜きされた黒塗りの醸造蔵が立ち並ぶ半田運河へ。広々とした運河は穏やかな表情をしていて、傾き始めた陽の光を照り返していた。特産の酒や酢が、ここから江戸などへどんどん運ばれていったのだ。足を止めて、風に吹かれながらしばらく眺めいっていた私。気持ちのいい場所だった。

 

今回はパスしたけれど、ミツカングループ本社の敷地内にある「MIZKAN MUSEUM」も、半田散策では人気スポットのようである。また、赤レンガ建物では毎月第4日曜日に「半田赤レンガマルシェ」を開催、地元の野菜やスイーツ、クラフトなどが集まり、生産者や作家たちと交流しながら買い物やワークショップを楽しめるという。

 

町歩きだけではない。前述の新美南吉の生家にほど近い矢勝川の堤には、300万本の彼岸花が咲き誇る一帯がある。秋のお彼岸の頃、ぜひ一度訪ねてみたい。

 

久しぶりに1万歩以上歩き、正直とても疲れたけれど、なかなか充実したウオーキングだった。歴史を感じながら知らない町を歩くのは、趣があって良いものだ。

 

朝お見舞いに行った義父の回復を祈り、一抹の切なさを抱きながらの散策でもあった。夫と二人並んで歩きながら、他愛ないことを喋ったり黙ったり。

 

「お義父さん、昔はよく、ひょっこりクルマで遊びに来てくれたよね」

 

もうそんなことは二度とないのだ。あの頃……子供たちは小さく、私たちはとにかく忙しく、そして親たちはまだ若く、今よりずっとずっと元気だった。長女が初めて歩いた日、義父はうちに来ていて、手を叩いて喜んでくれたっけ。

 

昨日の朝から、次女は嫁いだ長女のところへ泊りに行っている。なので、私たちはこの日、帰宅時間を気にする必要はなかった。気が楽でもあるが、少し寂しくもあり。時代の流れを想う散策の帰り道、我が家での時の流れも感じた。

 

光満ちる方へ

気学

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2月も残すところわずか。まだ寒いけど、天気が良いと散歩がてら外に出かけたくなる、そんな陽気が続いている。すぐそばを流れる川の水面では、カルガモたちと遊ぶかのように無数の光が踊り跳ねている。

 

この町に移ってきて2ヵ月と1週間がたつのだが、気学では私は「今年の2月こそ転居するのがベスト」とのことで、実は今月の7日に「方位取り」ということをした。だから、気学上では転居してから今日で19日目、ということになる。ちょっと面白い体験をした。

 

そもそものきっかけは、1月中旬、友人とのランチの後、お茶を飲みながら近況を話したことだった。彼女は現在北陸に住んでいるが、実家は愛知県。十数年ぶりに会いましょうよ、と声をかけてくれて、彼女が里帰りする機会に駅前で待ち合わせをしたのだった。

 

 今ね、気学っていうのを教えてもらっているの。つきかなちゃん一家の今回のお引越しも含めて、良かったら鑑定するよ?

 

そこで、私と家族の生年月日、新旧住所を彼女の手帳に書いてお願いした。久々の再会の楽しいひととき、星占いでもするような気楽な気持ちだった。

 

数日後、彼女からのメールを読んで、あらまあ!と思った私である。

 

 転居の方位を見て見ると、もしこれが今年の2月以降だったら、ご家族三人全員がどの「凶方」も踏んでいない、かなり奇跡的なお引っ越しだったんです!

 

とのことなのだ。特に私の場合、2月以降の転居ならこの方向は「最大吉方」となり、今後運気が最大限に上がる方角なのだそう。私にとってこれまでの努力(したかな?というのはおいといて)が実る吉方で、知性や想像力を必要とする職業に特に良い結果をもたらしてくれる、と。

 

 しかし、2月以前のこの方向への転居は「暗剣殺」と言って、誰にとってもあまり好ましくない方位となります。

 

あらぁ、そうなんだ、惜しいことしたな。そう思って読み進めていると、移転して75日が過ぎる前に「方位取り」をしてみて、とある。ほういとり?

 

転居して75日が過ぎる前に、元の住所近くで飲食し一晩を過ごすだけ。そうすると、新しい土地のエネルギーがまだ根付く前ということで、旧住所の土地の「気」が入り、転居を2月以降にするのと同じ効果が得られるということらしい。宿泊施設でなくても、ネットカフェやオールナイトの映画でも良いそうなのだ。

 

へぇぇ、なんだか面白そう!でも、家族はきっと面倒くさがるだろうな、そう思って聞いてみると、意外や「やろう!」という返事。お勧めの日にちや方位、距離などについて、いくつか彼女に質問した上で、2月6日の夜、決行。家族揃ってこの間まで住んでいた町へ行き、近所のファミレスで食事してこれまた近所のカラオケでオール。翌7日の朝、今住む町に帰ってきた。いや、移ってきたと言うべきか。

 

夫はこういう類のものは全く信じないタイプなので、よく付き合ってくれたなと思う。次女も面白がって付いてきたけど、貴重なお休みを削ってくれたわけだからちょっと申し訳ない気もする。

 

もしかしたら急に転居することを決めて年末にバタバタと引越しをしたことに、あれで良かったのかとまだ少し不安があり、肯定できる要素がもっと欲しかったのかもしれない。いや、私がそう思っていると二人が感じていて、私のために付き合ってくれたのかな。多分、そうなのだろう。

 

カラオケルームでは全く眠れなかったし、店を出てから地下鉄の始発までの時間をコンビニで過ごすのも変なひとときだったけど、なんだか可笑しくって楽しかった。

 

子供たちが小さい頃、よく行ったファミレスも懐かしかったし、毎年初詣に訪れた近所の天満宮に「お世話になりました」と手を合わせてくることもできて嬉しかった。次女は偶然、小学校時代からの親友に横断歩道でばったり。彼女たちのおしゃべりの間を使って、夫と元いた部屋の前を通ってみた。まだ人が住んでいなかった。

 

「なんだか不思議な感じだね」

 

そう言って顔を見合わせたのだった。いろいろな思い出がよぎる。この町に住んでいたね。もう過去形なのだ。

 

さて、方位取りをして「最大吉方」へ転居したことになった私。その効果が表れてくるのは2018年以降と彼女は言っていた。しかしその効果は再び引越さない限り一生続くからあなどれないよ、と。そうなんだ。まあ、また引越しはするだろうけど、今度するときは方角とか時期とか、きっとちゃんと気にするだろうな、と思う。

 

効果が表れるのはまだ早いのだろうけど、大切な素敵な友人からのアドバイスを実行できたことによる安心感からか、気分的にはずいぶんスッキリした。というか、最近、本当に体調も良いし、メンタルも安定しているのだけど?これって、もしかしたら?

 

3月からは2年ぶりに勤めに出ることも決まった。これはちょっと不安と緊張を伴うのだが、そろそろ前へ進もう、そんな気持ちになれた自分が喜ばしい。明るい光が満ちる方へ、私は歩いていきたい。

 

ところで気学にもちょっと興味が沸いてきた。彼女の教えてくれたサイトをときどき覗いては楽しんでいる。

ハッピー☆エナジー

 

薔薇の香りに魅せられて

アロマ

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ここ数日、自分が書いてきたコラムやエッセイを整理している。時事ネタや私生活の出来事に時の移ろいを感じる作業だ。いちいち読み返すつもりはなくとも、いくつかの話にはつい立ち止まってしまい、懐かしさを噛みしめる。そんな中に「薔薇の香り」というタイトルのコラムがあった。

 

そうそう、そうだったと、これを書いたときの気持ちが鮮やかによみがえったのには少々驚いた。私はこの頃から薔薇の香りを求め続けているのかと、ちょっと感慨深く、ここに再び掲載しておきたくなったので、以下に記す。2001年の秋の話である。

 

 今年の春、次女の小学校の入学式で彼女の教室を訪れたとき、なんともいえないいい香りがした。そのときは教壇に飾られた花々のものなのかと思った。可愛らしい一年生たちが、晴れがましい表情で新しい自分の席についている。清らかな香りがその気持ちを祝福しているようで、印象に残った。
 授業参観で再び行ったときも、やはりいい香りがした。まだ、時は春であったし、開け放たれた廊下の窓から、通りの花の芳香が流れてくるのかと思った。

 ところが、その後、何度か訪れているその教室、いつもいい香りがするのだ。花が飾られていなくても、香りのある花の季節でなくても。嗅覚に自信はないが、多分いつも、同じ香りである。
 先生の香水?とも考えたが、お会いしたときにそうではないこともわかった。つい、先生に、
「この教室はいつ来てもお花のようないい匂いがしますね」
 と言ってしまったのだが、
「そうですか?私は気がつきませんでした。でも、いい匂いならいいですね」
 と微笑まれただけ。
 なんとなく、ずっと気になっていた。

 この夏、ふたつみっつ、新しい分野での仕事を引き受けたのだが、やはり慣れていないだけに緊張した。緊張することが事前にわかってもいた。何かの本で、『薔薇の香り』が緊張を解き、自信を与えてくれるという一文を読み、外出するたびに、なんとなくフレグランスの売り場をのぞいてみたりするようになった。仕事の当日に少量を身につけて、おまじないがわりにしようと思ったのだ。

 高い香水は買えないので、コロンで気に入った香りがあれば、と探したのだが、これがなかなか見つからない。ローズ、とあっても気に入った香りがない。仕事以上にこういった買い物にこそ慣れていないのだから、難しくても当たり前かもしれない。

 香りを探したり選んだりすることは、本当に大変だ。使用中のものの補充ではないのだから、通販で選ぶというわけにもいかない。あちこちの売り場のテスターで試してみるが、そのうち香りが混ざってきて判断不能になる。
 もともと香水は好きではなく、どちらかというと苦手な自分である。匂いの攻勢に頭痛すらしてきて、すぐにこのショッピングは苦痛となってしまった。

 無事、慣れない仕事は終わり、『薔薇の香り』の存在はすっかり忘れていた。ところが、先日、植物園の薔薇花壇で、本物の薔薇の香りをかぎ、はっとした。
 次女の教室の香りだと思った。清々しく、あるかなきかの優しい香り。薔薇の種類によっても、微妙に芳香も違うのだろうが、やはり薔薇の香りは素敵だと思ったのだ。これと寸分違わず同じ香りを身につけていられたら、楽しいだろうな、と。

 さて、そして数日前のことである。我が家の洗面所に立ったとき、あの香りがしたのだった。次女の教室の香り。薔薇の園の香りだ。
 私は驚いて、匂いの発生元を探した。すると、それはバスルームから香ってきた白い石鹸だった。スーパーで買った4個で300円ちょっとの石鹸だったのだ。いつも買っていたのとは別のものであるが、どこにでも売っている普通の石鹸。
 しばらく唖然としていたのには、もうひとつワケがある。その石鹸の外箱に書かれていた商品の特徴のひとつに、「やさしい蘭の香り」という言葉があったからである。

 自分の嗅覚の鈍さを思い知る出来事ではあったが、思い込みが全くの検討はずれだったということは他の出来事でもままある。また、探し物をしているうちに、混乱してわけがわからなくなり、そのうちどうでもよく思えてくることもある。そして、求めていたものが、思いがけないところに実は「あった」ということも。

 普通の生活の中で、あらゆる情報に取り巻かれながら社会を考え、自分の行動を決めている日常であるが、今後、私はたびたび『薔薇の香り』というキーワードで自分をチェックしようと思っている。思い込みではないか?混乱して投げ出しそうでないか?大事なことはごく身近に転がってはいないか?
 次女の教室の香りがあの石鹸かどうかは、まだ確かめていない。  (01.10.23)

ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

映画

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昨日、久しぶりに映画館で映画を観た。家でブルーレイの映画を観るのもいいが、やはり映画館という場所で観るのは楽しい。大きなスクリーン、計算された音響効果。わざわざ来たという高揚感もあるし、どこか真摯な態度で映画に臨んでいる自分がいる。

 

新聞社でフリーペーパーを編集していた頃は、月に6本のレビューを書く必要もあって、日課のように試写会に行っていた。仕事とはいえ、今にして思えばなんと贅沢な日々だったことか。洋画、邦画、硬軟問わず、読者層に喜ばれそうだと思えば夜の試写会でも勇んで出かけて行った。

 

あの頃のように、本当は今も浴びるように映画を観たい。しかし、浴びるように映画を観るには映画館の入場料は高すぎる。

 

そう、500円。せめて1000円だったら、月に数度は映画館に足を運ぶかもしれない。観たい映画はたくさんあるのだ。1800円は高すぎる。イベントになってしまうし、イベントなら誰かと行きたくなり、そうすると料金は倍になる。もっと気楽に、日常的に映画が楽しめるようになることを願ってやまない。

 

話は戻って、昨日。私の行きたかった映画館では木曜日のレディースデーということで、女性は1100円で観ることができた。祝日ということもあり、希望した時間は満席だったけれども(もちろん女性がほとんど!)次の回で観ることができた。「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」という米国映画だ。

 

夫婦歴40年という男女を、モーガン・フリーマンダイアン・キートンがチャーミングに演じている。テンポのいい会話が粋でお洒落な、いかにもニューヨークっぽい作品だが、結婚した当初の40年前はまだ人種差別が根強く残っていたことに触れ、この夫婦の成り立ちの難しさや試練の厳しさ、また子供に恵まれなかったことによる葛藤の日々など、単純とは言えないふたりの40年の軌跡が想像できるように描かれている。

 

現在は夫婦と愛犬と仲良く暮らす、ある種理想的な暮らし。ただ、年長の夫と老犬のために、妻は5階のエレベーターなしの自宅を手放し、他の部屋を探そうと動き出す。眺めのいい、夫婦のお気に入りの居心地抜群の部屋を、エレベーターがないというだけで本当に手放してしまえるのか?

 

持ち家と賃貸ではまるで違うけれど、我が家も年末に引越しをしたばかりなので、彼らの迷いやテンションの上下はすごくリアルに伝わってきた。高く売って安く買う、は市場の常識だけれども、振り回されるのは本当に疲れるだろう。ゆっくり考えながら気持ちを固めていきたいのに、即決即断を迫られる。傍目には滑稽だが、いやあ、当人は「なんでこんな目にあわされるのか」とだんだん腹も立ってくるだろう。

 

けれど、40年続いた夫婦がお互いへの愛情や、家族でいられた幸せへの認識を新たにするのに、この出来事はとても良いきっかけとなったよう。とにかく、主演のふたりが魅力的すぎる。夫婦で年を重ねていくということの理想を描いたような映画だと感じた。

 

垣間見られたNYの住宅事情も興味深かった。そして、ブルックリンの街を見下ろすアパートメント最上階の描写にはためいきが出た。豪華でなくても、古くても、なんて素敵なんだろう。40年間、動きたくなかったの、わかる!

 

この部屋に夫婦が愛着を持つ大きな理由、「眺めの良さ」は、手に入れるのが難しいものだけに憧れも強い。景色が遠くまで見通せるというのは、心の風通しにもつながるんじゃないか、などと考えながら映画館を後にした。

(写真はもちろんNYではなく、名古屋市某所の昨日の景色です)

 

嵐のような彼女

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天気予報では確か晴れると言っていたはず。バスタオルを外に干そうか迷いながら、私は空を見上げた。昨日の朝のことである。

 

なんとなく雲行きが怪しい。買い物に行った後、早めの昼食をとると頭が重くなってきた。気圧のせいかもねと思いながら、少し横になることにした。

 

風が鳴り始め、気のせいか建物が揺れた感じもした。雷の音も聞こえてくる。横になってはみたものの、寝ていられないような胸騒ぎを覚えて立ち上がり、TVをつけた。そのとき電話が鳴ったのだ。彼女だった。

 

今、近くに来てるんだわ、多分。引越し先、この辺かなあって、出先からの帰り道にナビを見たら想像以上に近かったんだ。ねえ、今日、あいてる?行ってもいい?ケーキ買いに行こうよ、誕生日のお祝いしよう!

 

具合の悪いのが一度に吹き飛んだ。あの子ったら、来てくれたんだ!

 

突然の訪問でも嬉しい、そんなお客は限られる。彼女はそのひとりなのだった。15歳のときからの親友。この春には、出会って40年ということか。ふたりとも2月生まれだから、記念すべき誕生会ということになる。

 

近所のケーキ屋さんまで彼女のクルマで行った。はっきり言って荒天だ。雨はさほどでもないが、風が強く吹いている。そして、まだまだ荒れそうな気配。

 

「嵐が来るかと思ってたらあなたが来た」と私が言えば、「そうでしょう!嵐を呼ぶ女だからね、私は」と大笑いする彼女。

 

相変わらず快活で元気いっぱい。でも私は知っている。そんな彼女がどんなに心優しく、傷つきやすく、デリケートな女性であるかということを。

 

家に戻り、コーヒーを飲みながらケーキをいただく。近況報告から懐かしい昔話まで、話題は尽きない。2回離婚をし、子供を4人産み育て、家を3回買った彼女は、私とはまるで違う人生を歩んでいるが、彼女の気持ちはわかっているし、いつも心の底からエールを送ってきた。そしてきっと、彼女も。なかなか頻繁には会えないけれど、ずっと胸のどこかに温かく存在していてくれる、そんな友がいることに感謝したい。

 

彼女は強気な発言で誤解されることもあるようだ。しかし、強がらなくては自分や子供たちを守っていけなかったという背景がある。実際は愛情深く、弱っている人を見ると手を差し伸べずにはいられない、本当に優しい人なのだ。そして、私は彼女の強さやバイタリティ溢れる行動的なところ以上に、そんな部分を尊敬している。

 

別れ際、彼女が私の手を取り、涙ながらに言った。自分はひとつの家庭をずっと守ることはできなかったけど、あなたはそれをやってくれている。ありがとう。私はそれが嬉しい、と。本当に嬉しいのだと。

 

彼女がどれほど苦労をしてきたか、そして頑張ってきたかを知っているから、私は余計なことは言えなかった。ただ、あなたは私の誇りだよ、と。ただそれだけを伝えて別れた。

 

人生にはいろいろな形がある。人の数だけあるのだ。その形に正解はないし、悔いを残すも残さないも本人の気持ち次第だ。ひどいなと思えるような人が胸を張ってる場合もあれば、その逆もある。嵐のような人生も、凪いだ海のような人生も、みんな大事な人生だと思う。自分の大切な人がどんなに荒海を漕ぐような人生を送ってきたとしても、それを非難することなど絶対できないし、その涙や悔しさはむしろ全部いとおしい。

 

デモ、アタシタチモモウ50ダイナカバヨ。これからは、もうちょっと、そう、もうちょっと穏やかな航海をしたいよね? 無理はしないでいこう、お互いにね。大丈夫。これからもっと、きっときっとうまくいくよ。

 

今朝も風は強かったが、空は打って変わって青く澄んでいた。川沿いの道を歩きながら、銀色の柔らかな毛に包まれた白木蓮の花芽を見上げ、今年も春が来てくれる、そんな当たり前のことにも「ありがとう」と言いたくなる自分に気づいた。

 

何にでも「ありがとう」と言いたいね、言っていこうね。それは昨日、彼女と交わした約束なのだった。

 

朝日のあたる家

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立春を過ぎ、寒い中にも光の強さが感じられるようになってきた。日照時間も確実に伸びていて、夜が短くなったと感じる。待っていればじきに暖かい春が来る。この早春という季節が私は好きだ。東側にあるベランダの植物たちも、春を感じ始めている様子である。

 

今住む家は東を向いている。東向きの家に住むのは私、初めて。南側に窓がないということに、実は引越し前から不安があったし、昼間暗いとか洗濯物が乾きにくいとか、今も少し不便を感じている。

 

しかし、良いこともある。この家に来てから朝の楽しみができたのだ。それは、日の出を見られるということ。今年の初日の出も自宅のベランダから拝んだ。東の空を紅色に染めて、近くの森の中から煌めき昇ってくる朝日は、本当に美しかった。

 

最近は少し北寄りの、ちょうど遊園地の観覧車のあたりから昇ってくる。やはり美しいと思う。晴れた朝は、刻々と変わる東の空を眺めてつい時を過ごしてしまう。一日として同じ空はなく、見ていて飽きないのだ。そして部屋の中も桃色や橙色に染まっていて、ああ、ここは「朝日のあたる家」なんだなあ、と思う私である。

 

米国のトラディショナルソング「House of The Rising Sun(朝日のあたる家)」は暗く寂しい内容の歌だけれど、朝日を受けて輝く家、というのはイメージとして素敵なのではなかろうか。住む人にお日様の力が注ぎ込まれるような気がしてくる。

 

そう、確かに朝、このお日様の光を浴びていると元気が出るように思えるのだ。朝の支度の手を止めて、家族揃って東の窓際に集合してしまうこともよくある。本当に綺麗だねえ、と言いながら。そして、何か良いことが起こりそう、そんな嬉しい予感をもらいながら。

 

27年間住んだ家を離れたときの、年末の心細さを思い出す。新しい住まいでは、使い慣れないキッチンや浴室などに不満もあった。いつかは住み心地が良いと思えるようになるだろうか。暗くなりがちな気持ちを振り払うように、私たち家族は努めて明るく冗談を言い合い「楽しいね」と笑って過ごしてきた。そんな私たちを、朝のお日様は優しく励ましてくれているように感じるのだった。

 

寝室にしている西側の部屋にも窓がある。夏は西日に悩まされるかもしれないが、今は夕方、光が型板ガラス(デザインガラス)を通して入ってくる様子がとても美しい。鳥が飛ぶ絵の描かれた薄手の布をカーテン代わりにかけているのだが、キラキラした光を背景にすると「夕映えの海に飛び立つカモメたち」という風情になる。なんというか、清々しい気配が漂うようで、これもちょっと気に入っている。

 

南側に大きな窓のあった前の家は、冬は特に明るく暖かく、確かに過ごしやすかった。けれども、東と西に窓がある家というのも、また面白いものだなあと思う。早春のお日様の優しさと、そのさまざまな表現力に、最近ちょっと魅了されている私なのだ。

 

香りのミストに癒されながら

アロマ

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今年は暖冬だと聞いていたのに、ここへきてひどく冷え込むようになってきた。今のところ風邪はひいていないが、朝起きると少し喉が痛いことがある。うがいを念入りにして、あとは足腰を中心に冷やさないよう気を付けることが大切だ。

 

例年通りの風邪予防に加え、今年は心強く、かつ心楽しくなる味方が存在する。それは、アロマセラピーだ。去年の夏あたりから、精油を用いた芳香療法を少しずつ暮らしに取り入れている。

 

私はもともと香りの良い植物が好きで、葉をつまむだけで空気を爽やかにし、料理に加えればワンランク上の仕上がりを実現してくれるハーブには、強い関心を持っていた。そこからアロマへも行くのが自然の流れなのだろうが、私の場合、何故かアロマに対してはずっと遠巻きに眺めるだけなのだった。よくわからなかったのだ。

 

しかし、旅先で友に精油を用いた手当てについての話を聞き、実際にアロマオイルでのマッサージを教えてもらった去年の夏、気持ちが大きく動いた。旅から帰ると早速いくつかの精油を買い求めた私である。

 

マッサージオイルやエアフレッシュナーを作り、蜜蝋を使ってハンドクリームも自作してみた。市販の製品と比べ、どんなものが入っているかわかっているという安心感、必要なものだけを選んで加えたという満足感が得られる。割安感ももちろんある。何より自然で心地よい香りが嬉しい。

 

夏から秋、そして冬へ。アロマはもう、私にとって親しい友のようになっている。

 

今、はまっているのはアロマディフューザーを使っての芳香浴だ。私が買ったのは無印良品の「磁器超音波アロマディフューザー」。10日ほど前に我が家にやってきて、ほぼ毎日活躍してくれている。水とエッセンシャルオイルを超音波による振動でミスト状にして部屋に拡散させるもので、2段階の明るさでライトも点く。足元ランプ的な照明器具として見ても、シンプルで可愛らしいデザインだと思う。タイマー付きなので眠るときも安心だ。

 

事務仕事など気分をシャキッとさせたいときにはローズマリーユーカリプタスなどを、家族でリラックスして過ごす時間にはオレンジやゼラニウムなどを、寝室では安眠を願いカモミールローマンやラベンダーなどを。シチュエーションやそのときの気分で精油をチョイスするのは実に楽しい。また、抗ウィルス作用、殺菌・消毒作用のある精油はとても多く、それらを使って風邪予防の効果も期待できる。そういう精油には防虫効果もあるので、虫嫌いな私には大変ありがたい。コットンに数滴たらして、チェストの引き出しに忍ばせたりもする。

 

こうして日々、アロマに親しんでいると、もっといろいろな種類の精油エッセンシャルオイル)が欲しくなってくるのだが、安い物ではないので厳選して次に買うものを決めている。悩むが、それもまた楽しいのだ。

 

ひとりの午後、新聞や本を読んでいるとき、ふと傍らに目をやる。そこには、小さくシューッと音をたてながら白いミストを噴き出しているアロマディフューザーがある。淡く優しく、植物のいい香りが漂っている。外は木枯らし。贅沢なひとときだ。

 

引越しをしてちょうど1ヶ月になる。大騒ぎだったけれど、ようやくこうして寛ぎの時間を持てるようになり、部屋も心も少しずつ落ち着いてきた。私はアロマのミストに癒されながら「さて、次の一歩をどうしようかな」などと考える。そういえば人生はまだ続いていたのかと、今更のように小さく驚きながら。