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一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

TOCO TOCO とただ歩くだけ

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身の危険を感じるほどの暑さが収まって、早くも秋の訪れを思わせる長雨と肌寒さだ。それでも昨日、今日は久々に青空が広がり、大物の洗濯ができて気持ちがいい。そろそろ、また歩こうか。

 

私の数少ない趣味のひとつが散歩である。しかし、真夏の間はパスしていた。散歩のパスどころか、買い物を含め、誰かとの約束以外ではあらゆる外出を疎んでいたので、引きこもり状態が続いてしまった。1ヶ月半ほど在宅のライター仕事をしていたのだが、これが引きこもりに拍車をかけた。締め切りに対して量が多過ぎる。外出は必要最低限にしなければ間に合わなかったのだ。

 

しかし、それも終わった。今は次を考えながら心身を整える時期。だから、そろそろ歩こうと思っている。散歩、ウオーキング、散策。何でもいいのだ、とにかくただ、トコトコと歩くだけ。

 

時には買い物帰りに少し足をのばして知らない道を探検。時には電車で遠い駅まで行き、初めての町をさまよう。目的地を決めずに「今日は南の方へ」などと歩き出すこともある。一人のこともあれば、家族の誰かと一緒だったことも。長さも時間もスピードも体調と気分次第で、スタイルは決めていない。だから楽しい。

 

そう、歩くことは楽しい。目に映るもの、耳や鼻に届くもの、皮膚に感じる空気の質感、全てが脳に働きかけてくる。頭がどんどん冴えてきて、ものごとを考えているときも考えていないときも、心地よい回転でまわっている気がする。

 

ずっと昔、家にあった母の足踏みミシンを思い出す。右手をハンドルにかけ、左手を針脇の布に添え、前後に置いた足をそっと踏み出し、調子よく回り出したときの、あの感じ。乗ってきたときのあの感じ。

 

歩いていると、ときどきポンッと何かを思いつくことがある。小さな悩みの小さな解決法であったり、ちょっとした企画のアイディアであったり、たまに大きな謎解きであったりと、それはいろいろなのだけど、多分、家でじっと考えていても出てこないのだと思う。歩いて、足踏みミシンのように脳が回転を始めて、初めて手に入れることができた思いつきなのではないだろうか。

 

もちろん、歩いたってそんなご褒美が全くないときもある。むしろ、ないことがほとんどだ。でも、何かの予感に駆られてふと曲り道を折れたとき、思いもかけない景色に出合うことがある。息を飲むほどの美しさだったり、既視感を覚えるような不思議な懐かしさだったり。それはもう、ご褒美としか言いようがないくらい楽しくて、私はしばし立ち止まりしっかりと心に焼き付ける。いったいこれは、偶然なのだろうか。それとも動き出した脳が私を導いたのだろうか。

 

トコトコと、ただ歩く。それはまた、心にも酸素を送り込む作業になっている。瑞々しい気持ちがよみがえり、ふさいでいた重しが軽くなっていることがある。何も思いつかなくても、目新しい景色との出合いが得られなくても、やはり歩くことは楽しい。そして、一息つくときのお水の美味しいこと!

 

歩きたいから歩く。それでいいのだ。さて、この秋もトコトコと、どこを歩こうかな。