一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

秋の日差しの中、歴史散歩でリフレッシュ

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朝起きたらすぐ、カーテンを開き、太陽の光を浴びると良い。と、何かで読んだ。以来、ずっと意識して実行するようにしている。体内時計がリセットされ良質な睡眠がとれるようになる、寝起きの悪さが改善される、そういった話だったと思う。薄曇りや雨の日の朝でも、少しの間窓の前に佇み空を眺めているうちに、眠くてぐずぐずしたい気分が薄れて活動モードになってくるから不思議だ。

 

「女心(男心)と秋の空」と言われるが、ここ数日、ずっと快晴が続いている。寝室のカーテンを開くと真っ青な秋空が広がっていて心が弾んでくる。ウオーキング日和だね、ということで思い立ち、先日の日曜日に夫と二人、少し離れた場所まで電車で出向き、散策した。日常生活で抱えているモヤモヤした気持ちも、少しは晴れるのではないかと期待して。

 

夏にはうらめしかった太陽の光だが、今は温かく好ましい。秋晴れ、というだけで、外にいることが嬉しくなる。体を動かしたくなる。見上げれば白い雲が清々しい。この季節が皆に愛されるのは当然だなと納得する。

 

歩いたのは藤が丘の駅から長久手古戦場周辺。初めての町を歩くのは面白いものだ。コスモスの咲く庭を眺めたり、とんがり屋根の図書館に立ち寄ったり。地図を頼っているのだが、実際の景色を見て予定のコースをちょっと変更したりするのもまた楽しい。日差しはあくまでも明るく、足取りは軽い。ベストシーズンならではの快適さだろう。

 

目的地のひとつ、長久手古戦場は1584年に豊臣秀吉徳川家康が戦った主戦場跡地だ。一帯には長久手城趾や武将たちの塚、本陣地の跡などがあり、武士たちが血槍や刀剣を洗ったとされる血の池公園や洗った鎧を乾かした鎧かけの松、なんてものまである。

 

見渡せば、そこは整備された閑静な住宅街。公園や緑道では金木犀が香り、爽やかな風が吹き渡る。とても戦国の当時を思い起こせるような景色ではない。それでも石碑や案内板を見つけると、立ち止まってはある種の感慨にふける。

 

一か所、武蔵塚という場所には、誰もいなかったせいかもしれないが、独特の静けさと寂しさを感じた。広々とした高台に木立ちが陰を作り、片隅に「森武蔵守長可戦死場」と刻まれた古い石碑が、文字通りひっそりと建っている。周囲とは隔絶された異空間のようで、妙に心惹かれるものがあった。

 

ちなみに森長可(もりながよし)は、本能寺の変織田信長と共に散った森蘭丸の長兄。勇猛果敢な武将で鬼武蔵(武蔵は官名)と呼ばれていたとか。享年27。

 

そうか、蘭丸のお兄さんが、ここで亡くなったのか。

 

私は「俄か歴女」と化し、タイムスリップしたような林の中で、430年以上も前の修羅場を想像してみる。木漏れ日が揺れ、また風が吹いた。

 

ときどきは史実や伝承を偲ぶ歴史散歩とか、文学散歩などもいいものだな、と思う。帰りに乗った「リニモ」は、日本初の磁気浮上式リニアモーターカー。歴史を感じた散策との対比が、考えてみれば面白い。

 

実はリニモ沿線は、新聞社で働いていた頃に仕事で何度か利用したため、ちょっと馴染みがある。長久手文化の家の素敵なホール、トヨタ博物館や県立芸大も取材でお邪魔した懐かしい思い出がある。名都美術館には何度もお世話になった。あの頃、リニモに乗る度に気になっていたのが「長久手古戦場」駅だったのだ。

 

今回、同駅では降りなかったものの、ようやく周辺散策の願いがかなった。それも嬉しい。付き合ってくれた夫に感謝、である。

 

日常生活のモヤモヤはそう簡単には消せないが、少しでいいからリフレッシュできる時間を挟み入れることを大切にしたい。お日様が味方してくれる気持ちのいい季節は特に!