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一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

薔薇の香りに魅せられて

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ここ数日、自分が書いてきたコラムやエッセイを整理している。時事ネタや私生活の出来事に時の移ろいを感じる作業だ。いちいち読み返すつもりはなくとも、いくつかの話にはつい立ち止まってしまい、懐かしさを噛みしめる。そんな中に「薔薇の香り」というタイトルのコラムがあった。

 

そうそう、そうだったと、これを書いたときの気持ちが鮮やかによみがえったのには少々驚いた。私はこの頃から薔薇の香りを求め続けているのかと、ちょっと感慨深く、ここに再び掲載しておきたくなったので、以下に記す。2001年の秋の話である。

 

 今年の春、次女の小学校の入学式で彼女の教室を訪れたとき、なんともいえないいい香りがした。そのときは教壇に飾られた花々のものなのかと思った。可愛らしい一年生たちが、晴れがましい表情で新しい自分の席についている。清らかな香りがその気持ちを祝福しているようで、印象に残った。
 授業参観で再び行ったときも、やはりいい香りがした。まだ、時は春であったし、開け放たれた廊下の窓から、通りの花の芳香が流れてくるのかと思った。

 ところが、その後、何度か訪れているその教室、いつもいい香りがするのだ。花が飾られていなくても、香りのある花の季節でなくても。嗅覚に自信はないが、多分いつも、同じ香りである。
 先生の香水?とも考えたが、お会いしたときにそうではないこともわかった。つい、先生に、
「この教室はいつ来てもお花のようないい匂いがしますね」
 と言ってしまったのだが、
「そうですか?私は気がつきませんでした。でも、いい匂いならいいですね」
 と微笑まれただけ。
 なんとなく、ずっと気になっていた。

 この夏、ふたつみっつ、新しい分野での仕事を引き受けたのだが、やはり慣れていないだけに緊張した。緊張することが事前にわかってもいた。何かの本で、『薔薇の香り』が緊張を解き、自信を与えてくれるという一文を読み、外出するたびに、なんとなくフレグランスの売り場をのぞいてみたりするようになった。仕事の当日に少量を身につけて、おまじないがわりにしようと思ったのだ。

 高い香水は買えないので、コロンで気に入った香りがあれば、と探したのだが、これがなかなか見つからない。ローズ、とあっても気に入った香りがない。仕事以上にこういった買い物にこそ慣れていないのだから、難しくても当たり前かもしれない。

 香りを探したり選んだりすることは、本当に大変だ。使用中のものの補充ではないのだから、通販で選ぶというわけにもいかない。あちこちの売り場のテスターで試してみるが、そのうち香りが混ざってきて判断不能になる。
 もともと香水は好きではなく、どちらかというと苦手な自分である。匂いの攻勢に頭痛すらしてきて、すぐにこのショッピングは苦痛となってしまった。

 無事、慣れない仕事は終わり、『薔薇の香り』の存在はすっかり忘れていた。ところが、先日、植物園の薔薇花壇で、本物の薔薇の香りをかぎ、はっとした。
 次女の教室の香りだと思った。清々しく、あるかなきかの優しい香り。薔薇の種類によっても、微妙に芳香も違うのだろうが、やはり薔薇の香りは素敵だと思ったのだ。これと寸分違わず同じ香りを身につけていられたら、楽しいだろうな、と。

 さて、そして数日前のことである。我が家の洗面所に立ったとき、あの香りがしたのだった。次女の教室の香り。薔薇の園の香りだ。
 私は驚いて、匂いの発生元を探した。すると、それはバスルームから香ってきた白い石鹸だった。スーパーで買った4個で300円ちょっとの石鹸だったのだ。いつも買っていたのとは別のものであるが、どこにでも売っている普通の石鹸。
 しばらく唖然としていたのには、もうひとつワケがある。その石鹸の外箱に書かれていた商品の特徴のひとつに、「やさしい蘭の香り」という言葉があったからである。

 自分の嗅覚の鈍さを思い知る出来事ではあったが、思い込みが全くの検討はずれだったということは他の出来事でもままある。また、探し物をしているうちに、混乱してわけがわからなくなり、そのうちどうでもよく思えてくることもある。そして、求めていたものが、思いがけないところに実は「あった」ということも。

 普通の生活の中で、あらゆる情報に取り巻かれながら社会を考え、自分の行動を決めている日常であるが、今後、私はたびたび『薔薇の香り』というキーワードで自分をチェックしようと思っている。思い込みではないか?混乱して投げ出しそうでないか?大事なことはごく身近に転がってはいないか?
 次女の教室の香りがあの石鹸かどうかは、まだ確かめていない。  (01.10.23)