一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

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ゆっくりと。でも快活に。「人生フルーツ」が心にしみる

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何やらとても良い映画らしい。今年のお正月ロードショーだったが、全国各地で上映延長、アンコール上映、再アンコール上映が続いている。評判の良さが気になって、一度は観てみたいと思っていた映画を、一昨日、夫と観に行くことができた。

 

「人生フルーツ」というタイトルは正直、ピンと来なかった。でもどこか心に引っかかり、だんだん気になってきて、軽やかなんだけど重いような、不思議なインパクトを感じさせる題名だと今は思う。ドキュメンタリーの映画はあまり劇場まで観に行くことはなかった私だが、今回は呼び寄せられるように出かけたのだった。

 

90歳のおじいちゃまと87歳のおばあちゃま。それがこの映画の主人公。東大出で建築家の津端修一さんと、妻の英子さんが、名古屋の隣、春日井市高蔵寺ニュータウンの一角で畑を耕し果樹を育て、ベーコンを作ったり料理をしたり、ほぼ自給自足と言える暮らしをしている。それだけの話だが、それだけではない。そういう映画だった。

 

敗戦を経験し、戦後の混乱、高度経済成長の暴走に翻弄された経験があるためかもしれない、夫婦の確固とした、自由だが頑固にも見えるライフスタイルが丁寧に描かれていた。自分たちの価値観を貫く意志の強さと、楽しそうな表情やチャーミングな笑顔との掛け合わせ。見事としか言いようがない。

 

野菜70種、果物50種って、老夫婦二人でお世話をするのも大仕事だろう。収穫して下処理をして調理する。忙しい忙しい。二人とも本当に「食」を大切にしているのだ。御飯もおかずもお菓子も、どれもとっても美味しそう。

 

いわゆるスローライフのはしり、なのだろうけど、これは筋金入り。ちょっとやそっとの覚悟ではとても真似できない。でも素敵。憧れる。全部は無理でも、自分でできる範囲で採り入れてみたいと思う。そんな暮らしだ。

 

夫婦の距離感がまた、いい。互いに尊重し、近づき過ぎない。それぞれが自分のやるべきことに集中し、それでいて相手を常に思いやり、とても仲が良い。素敵なカップルだなあ。

 

ナチュラルな映像も音楽も心地よくて、美しい世界観に心酔しそうになる。しかしこの映画、スローライフと仲良し老夫婦を描いているだけの作品ではないのだ。映画の中では、人生の示唆がいたるところに散りばめられている。ときに詩のような言葉の力も借りて。

 

 長く生きるほど、人生は美しくなる。

 

 すべての答えは、偉大なる自然の中にある。

 

 家は、くらしの宝石箱でなければならない。

 

世界的建築家たちの言葉だそうだ。修一さんはかつて、日本住宅公団のエースだった。

 

戦後、焼け野原の都市を見て「新しい時代のお手伝いは住宅再建しかない」と建築の仕事に打ち込み、各地の都市計画に携わってきた。

 

伊勢湾台風の水害で「人間はどこに住んだらいいのか」という命題を突き付けられ、高台移転に挑むプロジェクト、高蔵寺ニュータウン計画に取り組む。修一さんの作った、地形を活かして街に雑木林を残し、風の通り道を作るという素敵なマスタープランはしかし、経済優先の時代が許してはくれなかった。山は削られ谷は埋められ、無機質な街が出現してしまった。

 

ものすごく悔しかっただろうな、と思う。修一さんは自ら手掛けたニュータウンに住むことを決意、土地を買って家を建てて、庭に雑木林やキッチンガーデンを作るに至った。自宅の庭の小さな雑木林。それが集まれば失われた里山を回復したことにならないだろうか、という挑戦だった。並みの人間には真似できることではないだろう。確かに変わり者。でも格好いいな。

 

そんな修一さんのことを、英子さんは本当に本当に大好きなのね。半田市の歴史ある造り酒屋のお嬢様。厳しく育てられたが、結婚後、臆せずものが言える快活な性格が花開く。何でも受け入れて自由にやらせてくれた修一さんのおかげだ。

 

 風が吹けば、枯れ葉が落ちる
 枯れ葉が落ちれば、土が肥える
 土が肥えれば、果実が実る
 コツコツ、ゆっくり・・・

 

何度か繰り返された、この言葉。ナレーションを務めた樹木希林の声が、今もよみがえってくる。ゆっくりと、でも快活に。自分でやれることをこつこつ、こつこつ。修一さんと英子さんのような暮らしのありようは、心の深いところに響いてくる。見せてもらえて良かったと、心から思える映画だ。

 

上映後、伏原健之監督の舞台挨拶があった。お料理を作るシーンで、あんなに沢山作るの?と思われたかもしれないけれど、あれは我々スタッフに作ってくださっていたんですよ、などと、撮影秘話(?)を披露、会場が温かい笑いに包まれた。

 

映画を自宅で観るのもいいが、他の人の気配を感じながら時に一緒に笑ったり涙ぐんだり、誰かと思いを共有しながら観るのもいいものですよね、などというお話をしてくれたり。今もお元気で暮らしてらっしゃる英子さんの近況を報告してくれたり。

 

いい人だなあ、とたちまち伏原さんのファンになってしまった。サインをしていただいたパンフレットを開けば、最後の方に監督日誌が。取材の苦労話や、修一さん、英子さん夫婦との信頼関係が築かれていく喜びなど、優しさに溢れており、想いが伝わってきてまた涙が。

 

こつこつ、ゆっくり、時をためてきた修一さんと英子さんのように、この映画を撮ってきたスタッフの皆さんも、こつこつ、ゆっくり、果実を実らせたのだと納得した。たくさんの人に、この果実を味わってもらえるといいな、と心から思う。パンフレットには「自主上映会募集」の案内もあった。

 

映画「人生フルーツ」公式サイト