一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

あるHSPのセルフケア―家でなくても、一人でなくても

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春は好きなのだけど、晴れたり降ったり嵐になったり、いやはや本当にめまぐるしい。気温のアップダウンも大きく、お天気アプリをチェックすることの多い季節だ。

 

私は雨が降りそうなときが一番苦手で、頭がどんよりとして動きが鈍くなるし、なかなかやる気が出ない。しかし降り始めてしまえば、何故か楽になる。

 

昔からそうなのだが、これは気圧の影響を受けているからだろうか。HSPとも関係あるのかな。

 

 HSP(Highly Sensitive Person=とても敏感な人)についての以前の記事。
 あるHSPの仕事事情―この気質であればこその幸福(2017.8.25)
 あるHSPの小さな決意―この「生きづらさ」を減らしていこう!(2017.2.14)
 不寛容の時代の空を見上げて(2017.1.17)

 

今年はスタートからずっと忙しい。公私の予定も多いし、やること、考えることが目白押しで、時間が飛ぶように過ぎていく。ただでさえ疲れやすい性質の私だ、夜はいつも、コトンと寝落ちる。寝てるの、大好き。

 

でも、忙しいのは悪いことじゃないし、やりたいことがたくさんあるというのは幸せなことだよね、と夫と話したりもする。その夫は、もうずっとオーバーワーク状態で、睡眠不足がすごく心配だ。50代の働き方にしてはハード過ぎる。あなたは幸せなの?

 

会社泊まりで仕事をしたり、休日出勤も多い彼は、たまの休みの日でもその時間を休息に使わず、あれこれ所用に費やしている様子。すごく疲れているはずなのに大丈夫なのだろうかと、いつも思っている。

 

先日のこと。朝早くに休日出勤した彼が、「わりと早く帰れるから夕ご飯を外で食べよう」と連絡してきた。駅からの帰り道にあるコンビニで待ち合わせをして、孫娘へのプレゼントを買いに一緒に雑貨ショップへ行き、台湾料理の店で食事をした。そしてその後、ジャズ喫茶でお酒を飲んだ。

 

いつも、やりたいことの半分もできないうちに休日が終わってしまうことを残念がっていた彼。だから、きっとすぐにこの店を出て、帰りを急ぐんだろうな、と私は思っていた。ところが、意外にもまったりとくつろいでいる?

 

「こういう雰囲気、我々世代には馴染むよねえ」

 

そう言って、多分、オープンした頃はすごくお洒落でクールともてはやされただろうその店の、古くても古びていない雰囲気を楽しみ、黒い革の椅子にすっぽりと抱かれている。大きなスピーカーの方に向けて、並んでいる椅子だ。

 

・・・間接照明に照らされたオブジェ。マイルス・デイビスの本などが並ぶ古い書棚。少し歪んだデザインが洒落ている、手びねりのグラス。

 

30年くらい前は、心地よいジャズが流れてお客さんがそれに聴き入っているような店が、もっとたくさんあった気がする。カウンターの中の人も口数が少なくて、でも優しい人が多かった。私よりずっと年上だった、あの素敵なお兄さんやお姉さんは、今頃、どこでどうしているのだろう。

 

当時は、タバコの煙が充満している店が多かったし、飲酒運転も多く、決して昔は良かった、という話ではないのだが、あの頃の「酒場」を思い出すと、古いモノクロ映画を観ているような憧れに似た温もりを感じる。

 

隣でグラスを片手に音楽に身をゆだねている夫は、本当に居心地が良さそうで、嬉しそう。私は反省する。家で寝るだけが休息ではないのだと。実際、私もとてもリフレッシュした気持ちになれた。

 

20代の頃、背伸びして出かけて行った、洗練された大人のエリア。いつしかセピア色になってしまった思い出の場所たちだけど、今も懐かしめば心を温めてくれる。少しの甘やかなときめきを思い起こさせてくれる。

 

それが、今の日常の疲れを癒すこともあるんだね。

 

私はHSPだから、夫の感情は言葉にしなくても伝わってくる。彼は間違いなく、幸せを感じている。

 

動揺しやすく、すぐに圧倒されてしまうことの多いHSPという気質。でも私、最近は生きづらさをあまり感じなくなってきたのだよね。

 

それは、HSPであることを自覚し、危ないと思われる場所や人に、できる限り近づかないようにしてきたからだろうし、それができない場合でも(浮世は義理だらけ)、家に帰るイメージを持つことで衝撃をやわらげてきたからだ。そして何より、帰宅してからのセルフケアで疲れや傷を癒していることが大きい。

 

自分を取りもどすためには、おうちが大事。一人になることが大事。

 

セルフケアは家で一人で、くつろぐ時間を作る、というのが私のやり方だった。ワインやウイスキーを飲みながら本や新聞をゆっくりと読んだり、ベッド脇にディフューザーを置いて、その日の気分にふさわしい香りを楽しみながら眠りに落ちたり。ホ・オポノポノにおけるクリーニングも大切だ。

 

しかし、思った。家でなくても、一人でなくても、セルフケアはできるんだな、と。シチュエーションの話である。

 

自分がくつろげる場所と人であれば、そしてそれが温かい時間であれば、一緒にいる人が幸せを感じてくれているとわかれば、そこに「疲れ」は存在しない。

 

私に合うセルフケアの方法が、ひとつ増えたようで、世界が少し広がったようで、今、とても嬉しい。昨夜も会社に泊まってしまった夫のことは、相変わらず心配だけれど。