一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

上手になりたい、とシンプルに思う。刺しゅうも、他のことも・・・

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『一週間』という歌がある。ロシア民謡らしい。

 

 日曜日に市場へ出かけ
 糸と麻を買って来た
 テュリャ テュリャ・・

 

 月曜日にお風呂をたいて
 火曜日はお風呂に入り
 テュリャ テュリャ・・

 

 水曜日にあのこと逢って
 木曜日は送っていった
 テュリャ テュリャ・・

 

 金曜日は糸巻きもせず
 土曜日はおしゃべりばかり
 テュリャ テュリャ・・

 

 恋人よこれが私の
 一週間の仕事です
 テュリャ テュリャ・・

 

というのが歌詞。初めて聞いた小学生の頃、なんて変わった人なんだろうと思った。

 

やること少ないんだなあ。暇なのかなあ、のんきなのかなあ。こんな人が恋人だったら、いくらテュリャテュリャ・・~♪って歌われても嫌になっちゃうんじゃないかなあ、なんて心配したものだ。

 

2020年が始まり、10日が過ぎた。去年から持ち越しの問題を抱えており、のんきにしていてはいけないとはわかっているのだけど、ちょっと今、具体的にどうしたらいいのかわからない状態。軽く金縛り状態。

 

で、『一週間』という歌を思い出してしまうくらい、最近の私はこの歌詞に似た暮らしをしている。この効率重視の世の中で、真逆のように時間を掛けてひとつひとつの仕事をし、続きを明日の自分に託して早めに休んでしまう。

 

分刻みで日々を多忙に駆け抜けている人たちには、眉をひそめられそうだ。そんな風に思えばなんだか申し訳なくなり、委縮して、余計にポジティブな思考から遠のく気がする。

 

なんでもかんでも詰め込んで忙しくすれば良いっていうものではない!そもそも「忙しい」は免罪符にはならない!と、考えるタイプの私だったはずなのに。忙しくしていないことに罪悪感を持つなんて、ちょっとモヤモヤするなあ。

 

こんなときこそ、手芸脳だ!

 

手芸には、脳の機能を活性化し、ストレス軽減、自尊心の向上、心を癒すなど、さまざまな効果があると言われている。リラックスし、創造性を発揮できる上、「やる気」になった脳のおかげで、次のパフォーマンスへの取り掛かりもスムーズになるというおまけ付き。

 

そうだ、刺しゅうをしよう、と思い立った。小さな光が差した。

 

今年初の刺しゅうは、キーチャーム。わけあって「6」をデザインした。

 

やっぱり刺しゅうは楽しい。綺麗な色の糸を扱うことが気持ち良く、癒される。刺し進めて出来上がりが見えてくると、ワクワクしてくる。幸せホルモンが出ているのかな。

 

でも、思うのだ。ステッチがまだまだ下手だなあ、と。

 

糸がねじれて光沢が半減している。サテンステッチは糸の方向がなかなか揃わない。あれ、コーチングステッチが中途半端になっている。フレンチナッツステッチの間隔がまちまちだな。

 

・・・仕上がれば嬉しいのだけど、少し残念な気持ちもあって。たまにしかやってないし、素人なんだから、気にしなくていいんだよと自分を慰めたりする。笑

 

でもね、今年はもっと上手になりたい。もっと気分よく仕上げられるようになりたい。もう少し頻度を上げて刺しゅうをすれば、上達するんじゃないかな。ちゃんと練習を重ねてみようかな。そう思った。

 

新しい年に新しく何かを始める。それも素敵なのだけど、今、私の心を占め始めているのは、「上手になりたい」という気持ち。

 

刺しゅうだけではない。字も、絵も、雑念にさらわれがちな瞑想も、上手になりたい。

 

他にもいろいろあるな。料理の盛り付けや花あしらいも上手になりたい。それから、やりくりも、人付き合いも、親とのコミュニケーションも・・・なんてね。どさくさか?

 

七夕の短冊に書く願い事――「ピアノがもっと上手になりたい」とか「習字が上達しますように」とか書かれているものを見ると、「プロ野球選手になりたい」や「アイドルになれますように」などと比べて地味だけど、私はなんだかすごく好感が持てる。ちょっとそれに似た気持ちなのだった。

 

「よーし」と声が出た。手芸脳のおかげで、「やる気」のスイッチが入ったみたい。

 

「上手になりたい」と思うものの中で、経験値を上げることで上達できそうなものは、とにかく繰り返しやってみよう。上手にできなくても、上手になるための道のりだと思えば、自分にがっかりすることもないだろう。多分。

 

実は、今回作ったキーチャームを付けるのは、12月にひとり暮らしを始めた次女の部屋の鍵。次女は、鍵をひとつ、私たちに預けてくれたのだった。

 

鍵を親に預けるって、普通のことなのかな。でもそんなことが、私はなんだかとても嬉しくて、その鍵を大切に扱いたかった。「6」の刺しゅうでキーチャームを作ってよ、と私に頼んだ夫も、同じ思いだったのかな。(何故、6かは秘密です・笑)

 

もう少し上手に刺しゅうができるようになったら、今度は夫にも作ってあげよう。嫌がるかな。でも渡そう。数字じゃなくてイニシャルがいいね。お守りがわりにしてもらえたら嬉しい。

 

その頃には、抱えている問題が解決に向かって動き出していますように、と願いながら、そのためにも私は健全な自己肯定感を持ち続けなくてはね、と苦笑する。

 

手芸脳の力も借りつつ、自分にできることをやっていこう。不安との向き合い方も、上手になりたいね。いろいろ、上手になりたい!

 


ところで、冒頭の歌。
気になって少し調べてみると、19世紀末、ロシア革命前夜の混乱した時代に生まれた民謡のようだ。

 

麻糸で布を作る仕事と地味な家事で、単調な毎日を過ごしている女性の、年末年始の一週間を綴った歌。年末だから仕事はあまりはかどらず、恋人が家に挨拶に来てくれて泊まっていった。金曜日は1月1日で皆、仕事を休み、土曜日は内乱で亡くなった人や祖先に供養をした。

 

夢のない退屈な生活と、続く内乱、暗い世情。鬱屈した毎日から、この町から、恋人よ、早く私を連れ出して!

 

そんな素朴で、かつ切実な、田舎町のひとりの娘さんのお話だったようなのだ。ひとつの解釈ではあるけれど、それを読み心が痛んだ。歌の生まれた時代背景と地域について、小学生の自分に教えてやりたい。

 

のんきだなんて言って、ごめんなさい!