自分の図案で刺しゅうができるようになりたい。
そう思い始めたのはいつ頃だろう。
家族のためにマスクを作ったとき、小さな刺しゅうをアクセントに施してみたりとか、その程度はしたけれど。ある程度の大きさのものを自分でデザインするって、私にはなかなかのハードルの高さで、ずっとトライできずにいた。
大好きな刺しゅう作家さんの図案に憧れて、本を買って、お手本を見ながら指定のステッチでチクチク・・・そんな刺しゅう体験も素晴らしく幸せなのだけど。そしてこれからももちろん、そういう刺しゅうもしていきたいのだけど。
自分の心の景色を絵にして、刺しゅうで表現してみたいという気持ちが芽生え、その芽も大事に育ててみようと思ったのだった。
今年は3月からずっと、母のことで不安かつ慌ただしい日々が続き、時間的にも精神的にも、じっくりと自分の好きなことに向き合う余裕などなかった。新型コロナの影響でステイホームが叫ばれ、ある意味「手芸日和」が用意されていたとも言えるのに。
頻繁に清水の実家に行っていたし、自分の家にいても、いつも電話にビクビクしていた。病院からか、父からか、弟からか。母の急変を知らされるのが怖くて、着信音にドキッとする胃の痛む毎日だった。
今はそれもなくなった。
母はもう急変しない。もうこの世にはいないのだから・・・
着信音に怯えた日々すら、懐かしく思える。
母に会いたい。声が聞きたい・・・
今日は、刺しゅうに取り掛かろう。ある朝、そう決めた。久しぶりに糸を選び、針を持ち、布に触りたかった。悲しみを紛らわせるためというよりも、母への恋しさについて、自分とゆっくり対話できるんじゃないかな、と思って。
スケッチ用のノートを開き、かつて描いた中からひとつの絵を選び、図案をおこしてみた。カッコいいデザインにしようとか、あまり考えなくていいや、とにかくやってみよう、と。
シチリアの水色のドアのリストランテは、SNSで見つけた画像。目にした瞬間、行ったことがないのに何故か懐かしいようなあたたかな気分になり、ざっくりと描きとめておいたものだ。
ラフなスケッチの味わいで、軽いタッチにしたい。どこまで抽象化して線にするか、色数をどう抑えるか、ステッチはどれを選ぶか。楽しくも悩ましい時間を経て、拙くはあるが、自分の図案ができた。
緑のアーチを抜けると、そこに可愛らしいお店がある。魚介料理が得意なリストランテだ。テーブルについたら、どんな時間が、どんな感動が待っているのだろうか・・・
そんな空想をしながら、糸を刺していった。
刺しゅうはいろいろなことを教えてくれる。楽しさも厳しさも。
集中し、丁寧な作業を心掛ければ、生き生きとした表情を見せてくれるし、失敗をごまかせばたちまち、くすんでしまう。
売り物じゃないし、仕事じゃないし。なーんて気持ちで仕上げると、もうその作品への愛情が見事に薄れてしまうのだから、ある意味、怖い。もったいないもの。
私は器用なほうではないので、手は遅いし、よく失敗する。糸が絡み、撚れて輪や玉ができてしまったり、後で糸始末しようと残しておいた刺し始めの糸を、ステッチで刺しとめてしまったりと、トラブルだらけだ。こうして書いていて情けなくなる。
大失敗なら潔く諦めて、糸を抜き、最初から始めるのだけど。問題は、小さな失敗だ。
「ごまかせる。これ、誰も裏を見る訳じゃないし、ちょっと汚いけど、表に響かなければそんなに気にならないんじゃない?」
そんな自分の中の声に、つい乗っかろうとする。やり直すのは・・・勇気がいる。大袈裟だけど、本当に。
そして、こういう状況になる度に、母との思い出がよみがえるのだった。中・高生の頃、家庭科の課題で、家でミシンをかけていた時のことだ。
母は洋裁学校を出ているので、お裁縫では頼りになる家庭教師だったが、指導は厳しい。私がようやくミシンをかけ終えた部分を見て、縫い目がきれいでないと、かけ直しを命じる。
「次の工程に進んだら、余計にやり直すのが嫌になるから、今のうちに全部ほどいた方がましだよ。今度はきちんと躾け(躾け糸で縫うこと)をして、慎重にやりなさい」
私が面倒がると、冷めた目をしてこう言う。
「ま、あなたがいいならいいけどね。私なら気持ち悪いからやり直すわ」
早く片付けて遊びたい私は、しぶしぶ従ったり、無視したり。そして、毎度、母が正しかったと認めるしかなかった。ごまかして先に進むと、結局どこかで上手くいかなくなり、そこからやり直して余計に時間がかかるのだ。
でも、手が遅いことは責められたことはなかった。時間がかかってもきれいに仕上げると、必ず目を細めて褒めてくれる母だった。そして、上手にできなくても丁寧な作業がわかれば「良し!」としてくれた。
今回の作業中にも、あの頃の母を何度も思い出した。母は手芸はしなかったけれど、ごまかそうとかズルをしようとか思ったなら、きっと私に、あの頃と同じことを言うだろう。
「ま、あなたがいいならいいけどね。私なら気持ち悪いからやり直すわ」
今はもう跡形もない、あの町のあの公務員宿舎。3階のあの部屋で、母の足踏みミシンを前に、二人で交わした何気ない会話の数々。遠いあの頃を今、愛おしく思い出す。
なんだか、大事なことを他にもいろいろ教わったような気がする。これから折に触れ、思い出していくのだろうか。
完成した刺しゅうは、時間もかかったし、やっぱり拙いけれども、ごまかしはしなかったよ。お母さん、見たら褒めてくれるかな。
「あら、いいじゃないの。ところでここは、どこ?」
という声が聞こえた気がした。
シチリアのリストランテ「Il Consiglio di Sicilia」さん。刺しゅうで向き合っていたら、すっかり親愛の情が湧いてしまった。いつか本当に行ってみたいなあ。
海外はおろか、近所のレストランへ行くのもためらわれる日々。平穏な日常が一日も早く訪れますようにと、天を仰ぐ。秋の雲が光っていた。