一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

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学びたい!学ぼう!と思える理由

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ここ一週間ほど、よく勉強している。いわゆる「仕事の下調べ」というやつだ。来週のインタビューで取材相手に気持ち良くお話をしていただけるように。なんて、本当はそれ以前の問題で、まず自分がトンチンカンな質問をしないように、である。

 

全くの未経験分野の仕事を引き受けた。少しでも不安を払拭しておきたい。

 

昔、定期刊行物の編集者だった頃は、特集を手掛けるたびに「俄か専門家」になっていた。短期間でそのことについて詳細に調べ、読者に伝えて喜んでもらえるものに仕上げるのは楽しかったが、調べた詳細はすぐに忘れていった。びっくりするくらい速く。本当に「俄か」なのだった。

 

まだインターネットのない時代。図書館や書店を駆けまわって書物にあたり、詳しそうな人に電話をかけ、公的機関などから資料を集めて、一生懸命原稿を書いていたのを懐かしく思い出す。

 

そう、そんな時代だった。まさにアナログ。しかし、そんな必死な調べ方をしているにもかかわらず、次の取材を始める頃には忘れてしまうのだ。

 

ネットで大抵のことは調べがついてしまう今なんて、忘れる速さは当時の比じゃない。簡単に手に入った情報はアウトプットした途端に記憶から消えていく。

 

でも、今回の仕事はちょっと趣が違う。

 

全く関心がなかった分野ではなく、むしろ、いずれ知っておきたい気持ちがあったことがひとつ。もうひとつは、調べるほどに奥が深いジャンルで、知ること自体が面白いのだ。ライターとしてこれを伝えることに関われるのは、誇らしいことだとも思う。

 

だから、受験生でもないのに、毎日5時間も6時間も勉強してしまう。報酬面から考えれば「見合わない」ということになるだろうが、仕事の準備であるこの勉強が価値のある知識となり、今後の自分の人生に役立つと思えば、大変良いきっかけをいただいたということで、本当にありがたい。

 

そもそも、依頼してくれた人は「それだけのパワーはかけられないということでお断りいただいても」と、あらかじめ気遣ってくれている。「いや、これはやるでしょう!」と決めたのは自分なのだ。正直に言うと、最初はちょっと怖気づいたし迷ったけど。

 

その依頼が嬉しかった、というのが一番大きい。彼は、私が5年前に半年弱だけ在籍していた会社の社員さんである。と言っても勤務地が違ったので直接会ったことはない。しかし、電話やメールでだったが一緒に仕事をしたことは、とても強く印象に残っている。優秀だが腰は低く親切で、本当に信頼できる人だった。

 

今はフリーランスとなったその人が、今回「手伝ってもらえませんか」と打診してくれたのだ。相変わらず丁寧に、しかも明るく。

 

私のことを覚えていてくれたんだ、というだけでも嬉しかった。頑張っていい仕事をして、声を掛けてくれたその気持ちに応えたい。また一緒に仕事をしてみたい。こんな考え方は甘いのかな?

 

というわけで、目下、鋭意勉強中だ。知らないことだらけで難しいし、奥が深すぎてめまいがしそうだが、後には引けない。とにかく悔いのないように、ベストを尽くそうと思う。そして、この仕事では「俄か専門家」にはなりたくないな。

 

面白いもので、「学ぼうという姿勢」は私の中で眠りかけていた向学心を揺り起こしてくれた。よーし、この仕事がひと段落したら、次はあれとこれについても学ぼう!学びたい!と、今、ちょっとワクワクしている。