一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

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ビックリハウスに住んでいる?

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一年で一番寒いはずのこの時期。春のような温もりが部屋に満ちている。レースのカーテン越しにパステルブルーの空が広がり、遠く聞こえるヘリコプターの飛行音が眠気を誘う。

 

一昨日のこと。穏やかな昼下がりに、次女の寝顔を見下ろした。まだ熱が残っているようだ。

 

12月にひとり暮らしを始めた次女。しっかり自炊もして会社にお弁当も持って行ってるようで、元気に頑張っているねと安心していたのだが。

 

出張の帰りに突然具合が悪くなり、吐き気がするため新幹線で多目的室を使わせてもらい、降車した名古屋駅でもスタッフの方に親切にしてもらったらしい。そのままひとりの部屋に帰るのが不安で、私に「おうちに帰ってもいい?」と連絡してきた。

 

倒れ込むように玄関に入った彼女を布団に寝かせて、もうだいぶ落ち着いたよ、という言葉に一度は横になったのだけど。一晩中、何度もうなされて苦しそうで、私も夫もほとんど眠れぬ夜を過ごした。

 

翌朝、まだ病院に行ける状態ではなく、夕方になりようやく、起き上がってもふらつかなくなったので、近所の診療所まで送っていった。

 

この時期、インフルやノロ、新型肺炎など不安材料が満載で、怖い病気でないと良いけどと心配していたが、胃腸風邪だったようで少し安心。おかゆを食べられるようになった彼女の顔を見て、「回復する」ということのありがたさを噛みしめていた。

 

その翌日も次女は会社を休んで、夕方までこの家で寝ていた。私は、我が腕の中に戻ってきた娘を介抱しながら、胸に広がる甘い気持ちはなんなんだろう、と訝っていた。幸福感にも似た寂しさ、諦念感に近い愛情。

 

病気になったのは可哀想だし心配だけど、私たちの元へ帰る判断をしてくれたのは嬉しい。それはもちろん、自分の部屋に帰ったならどうなっていたかと想像し、焦る気持ちがあるからだろう。

 

でも、それよりも・・・頼ってもらえたのが親として嬉しい、という気持ちが強いかもしれない。また、子どもを看病するという行為への懐かしさ、感傷的な気分が、きっとあったのだ。

 

早春の窓辺。風邪をひいた幼い頃の娘たちと、私との親密性。そして遠い昔の小さな私と、看病してくれた若い母・・・

 

ミシッ。バチン。パンッ!

 

眠っている娘のそばで静かに自分の内面を見つめていると、そんな私を笑うかのように、家が音を立てた。

 

築30年を超える古マンションは、4年前に引っ越してきたときから、あちらこちらで音がする。当初は気味悪がったものだが、すっかり慣れてしまった。また鳴ってるわ、てなもんだ。

 

吊戸棚が突然落ちてきた事件もあったし、リビングのドアノブが動かなくなったことも。そのたび大騒ぎしたものだが、私はこのオンボロマンションが、結構好きになってしまっている。

 

「今日はよく鳴っているね」と起きてきた次女と笑い合う。次女はこの家を「ビックリハウス」と呼び、面白がる。そう呼ぶと、不思議と楽しく可愛く思えるものだ。

 

すぐにでも引っ越したいと思った頃もあったが、今はちょっと違う。もちろん、いつまでも住む家だとは思っていないけど、ご縁があってここへ導かれた気がして仕方ない。

 

私がこの家を愛することで、この家のもつ負の記憶が浄化される、そんな思いを持つようになった。今はその最中であり、それが終わったら自然な流れで、私はここを出て行くのだろう、きっと。

 

この町に来たのも、何か大きなものに導かれた気がしてならない。そしてきっと、そう遠くない日に、私はこの町ともお別れするだろうな、と感じる。

 

「ふるさと」と呼べるものがないに等しい私が、「ふるさと」に縛られることを嫌う夫と出会い結婚したのも、ただの偶然ではない気がする。根無し草、という言葉が脳裏に浮かぶ。

 

それでも私は毎晩、眠りにつく前に枕に頬をうずめて、こうつぶやいているのだ。

 

 私はこの枕が好きよ、このお布団が好きで、このベッドも好き。
 この寝室が好きでこのおうちが好き。
 そしてこの町が好きよ。
 ありがとう。

 

外国人向けなの?と笑っちゃうくらい高い位置にある、物干し竿かけの金具。規格外に大きな窓ガラスは、既製品のカーテンでは覆えない。リビングドアを外側に開くと隠れてしまう玄関の照明スイッチは結局使いづらすぎて、電球ごと人感センサーライトに変えた。

 

数え上げればきりがないほど、使いにくい家。失敗作かと思える、住みにくい家。でも、愛着が湧いてくると、それほど住みにくいとも思えなくなってきて、むしろ居心地が良いくらいなのだから、面白いものだ。

 

「ああ、ここは落ち着くわー」と伸びをした次女は、驚異的な回復力で元気になり、昨日無事に帰って行った。

 

もしかしたら、ビックリハウスのおかげかもしれない。と、私は秘かに思っている。なんとなくだけど、このおうちの機嫌がとても良くなっているのを感じるのだ。

 

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