憧れ。
ただそれだけが、前進するエネルギー源だったんだろうと思う。あの頃の私。20歳だった。
4月になり、桜の花びらが舞う中を歩いていると、これまでの人生で経験した、さまざまな節目のシーンを思い出す。私自身の入学・卒業式だったり、娘たちのそれだったり。
そして何故か今年は、20歳の自分を何度も思い出している。社会人になって上京した、小舟のように危なっかしい自分を。
短大を卒業し、私は神戸市に本社のあるアパレルの会社に入社した。勤務は東京本社だったので、最初は井の頭線の三鷹台駅に近い女子寮に入居することになった。
親元を離れて、初めてひとりで暮らす。東京も住むのは初めてだし、寮も初めて。でも、どこか全能感(万能感)があったのか、あの頃の私は怖いもの知らずで、新しい世界に飛び出せることが嬉しくて仕方なかった。
まだ20歳の娘をひとりで東京になんて、よく出したなあと、父は同僚から散々言われたそうだ。それでも、私の気持ちを優先させてくれた。苦虫を嚙み潰したような顔をしながらだったが。
父の友人のガクちゃんが運転するトラックで、引越しをした日のことは、よく覚えている。
両親も一緒だった。荷物はステレオとレコード、ギターと服と布団くらい。近所の商店街で引越し蕎麦を食べ、時計屋さんでガクちゃんに目覚まし時計を買ってもらった。
両親からは10万円が入った封筒を渡された。給料日まで、これで生活しなさいと。心配そうな母の目。大丈夫だよ、と笑う私。
けれども。
3人が帰った後、積まれた段ボールにもたれて、私は急に心細くなったのだった。
・・・あれ。大変なことになってしまった?
と、それまでの強気はどこへやら。気がつけば頬を涙が伝っていた。そんなおっちょこちょいなところもある娘だった。
被服科で服を作ったり意匠を学ぶようになって、服に関わる仕事がしたいと思うようになった。同時に「ここでないどこか」へ行きたい気持ちが膨らんだ。神戸でも東京でも。
好きな仕事ができるんだ!
自分の暮らしを自分で作る「自由」を手に入れるんだ!
まさに巣立つ鳥。まだ見ぬ世界への憧れは、桜の花びらよりもキラキラしていた。不安や心細さも淡く霞ませてしまうくらい。
激変した環境に、私は順応していった。
仕事は厳しかったけど、素敵な仲間に出会い元気に働いていた。そして、いつも傍には音楽があった。
当時はまだ、CDもなかったんじゃないかな。私は毎日、持ってきたレコードを聴いていた。中でも、高3の終わりに買った、佐藤奈々子さんのアルバム「Pillow Talk」がお気に入りだった。
これ、1978年リリース。40年以上前なのに、今聴いても全然古さを感じない。というか、発売当時からノスタルジックな世界観だったから、普遍的な、名画的な存在感なのかな。
全部の曲が好きだけど、今もふと口ずさんでしまうのが「悲しきセクレタリー」。タイプライターを打つイントロが印象的。
この歌詞の中の ♬ハッカの香る熱い風に~ のところが大好きで、私のその後のハーブ熱にもつながる。ミントを窓辺に置くことを夢見た。
ちょっと物憂くアンニュイ、コケティッシュな声と歌唱が魅力の佐藤奈々子さん。「Pillow Talk」は、往年のパリやニューヨークで働く若い女性の日常を切り取ったようなイメージ(主観です)で、20歳前後の私の思い描く「憧れの都会でのひとり暮らし」像の、ひとつだった。
✻こちらで試聴ができますね。最初の45秒だけですけど。
✻2017年にリマスター盤が発売されていたのですね。
会社の女子寮にいたのは半年ほどで、私は目黒本町にアパートを借りた。私の仕事は一般職ではなく連日残業が付いて回り、寮の門限に合わせて帰るのが難しかったからだ。
というのは言い訳で、やはり、本当のひとり暮らしへの「憧れ」が動機だった。
自分のお城が欲しい。好きな家具を置いて、いつも花を飾っていたい。例えば、一抱えのカスミ草をガラスのフラワーベースにどさっと。
疲れて帰った夜、好きなものばかりが待つ自分の部屋が、どれほど明日への活力になったか。生活を自分好みに、素敵にデザインしていくことが嬉しくて、大変な仕事も頑張れた気がする。
まあ、その仕事は結局、3年で辞めてしまったのだけど。その次にライターの仕事を始め、東京には6年半ほど暮らしたことになる。
桜はかの地で7回、見たんだね。散歩コースにあった桜並木は、本当に見事だった。
目黒のあの部屋の様子だって、今も鮮やかに思い出せる。懐かしくくすぐったく、恋しくさえある。あんなに小さな部屋なのに。きっと、夢や憧れが満ちていたからだろう。
幼稚でお馬鹿さんだったけど、大胆で繊細だった若き日の自分が見えるようだ。ちょっとまぶしい。nanaco世界みたいにコケティッシュにはなれなかったけど。笑
新年度、なんだね。スタートの季節。新しい旅立ちのとき。
大変なご時世になってしまったが、桜は今年も律儀に咲き誇ってくれて、スタートラインに立つ人々を応援しているかのよう。
入社式もリモートで、という所も多かったそうで、残念なことだろうと胸が痛む。でも、私は入社式のことってほとんど覚えていないんだよね。新社会人になったときの胸のときめきは、この先いつまででも、思い出せそうなのに。
あの日「憧れ」を乗せた小舟は、なんとか大河に漕ぎ出して、荒波も凪も経験し、今も転覆せずになんとか浮かんでいる。実は相変わらず危なっかしいけれど、新旧の「憧れ」を動力に、まだ先へ進もうとしている。
絶望の淵にあった年でも、桜は見事に咲いて慰めてくれた。
「世界はこんなに美しい」
と、心が震えた。もっとたくさん、美しいものが見たい、と思わせてくれた。
今は辛くても、きっとこの先に心が震えるような美しいものがたくさんある!
価値観も移り変わった世の中ではあるが、「新しい船出に幸あれ!」と、祈らずにはいられない。