一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

温かい法事と、辛い帰省(後編)

薔薇の花の画像

 

陽を受けて輝く新緑が美しい。
私の大好きな5月が始まった。

 

今、ゴールデンウィークの真っ只中。コロナ禍による行動制限のない3年ぶりの大型連休だということで、どこも賑わっている様子だ。

 

私は……今年も遠くには行かないつもり。混雑は昔から苦手で、不要不急でなければ人込みは避けたいタイプ。それにやっぱり、まだちょっと感染が怖い。

 

だからこそ、GWになる前の週に、新幹線に乗り清水に行ってきたのだった。

 

✻この記事は、前回の記事↓の続きです。

tsukikana.hatenablog.com

 


この前、清水に行ったのは3月の第2週。つまり1か月以上、誰も住んでいない家を放置してしまっていたことになる。4月も慌ただしかったが、3月も忙しかったのだ。塞ぎこんでもいたし。

 

夜になっても灯りもつけてもらえず、朝になっても雨戸も開けてもらえない。あの家が今、そんな状態にあることに、私は落ち着かない気持ちになる。そして、とても不憫に思えてくる。

 

気になっていたことがいろいろあった。

 

夏を前にして、小さな庭だけど、植物たちの様子が心配だった。近所迷惑にならぬよう、草抜きもしなくては。それに、害虫対策も。

 

水道の栓をひねり、水をジャーッと出したい。
家中に風を入れたい。掃除機をかけたい。

 

住人がいないので新たな汚れはないが、父が亡くなるまでに溜まった汚れはあちこちにある。全部は無理でも、害虫を呼びそうな汚れは、夏になる前の今のうちに落としておきたい。そして、ブラックキャップを置きまくりたい。(屋外タイプも貼り付けたい)

 

外置きの自転車2台を拭いてあげたい。電動アシストタイプなので、ちゃんと充電した後、盗難が心配なバッテリーははずし、家の中に置いておきたい。できれば、母の自転車は持ち帰りたい。(ちゃんと使ってあげたい)

 

2階のベランダで布団を干したい。布団カバーや冬用の敷きパッドも洗って、清潔にしておきたい。

 

遺品整理は、まだ心情的に積極的になれないが、父の下着類を処分するくらいなら今でもできそうだ。キッチンに残っている食品を片付け、可燃ごみは出し、不燃ごみはある程度まとめて持ち帰りたい。


他にも、いろいろやろうと思っていたことがあった。でも、結果的には、半分もできなかったかな。

 

時間が足りなかったし、それ以上に、体力が持たなかった。2階へ続く階段を、何十回上り下りしたことか。中腰で庭の植物をカットしたり、重い家具を動かしたり、4組分の布団を干したりしまったりするのも、結構な労力だった。

 

ドラッグストアへ買い出しに行ったり、未払いだった配食サービスの会社に支払いを済ませに行ったりと、徒歩や自転車で外出することも数度あった。そして、2日目と3日目は、静岡は4月とは思えない暑さだったのだ。

 

3日目の朝、自分の体の異変に気付き、舌打ちする。膝も太ももの裏も、おかしなことになってきた。筋肉痛?神経痛?頭もクラクラする。全然、お腹がすかない。まだ、やることいっぱいあるのに。

 

お昼過ぎに、夫がクルマで迎えに来てくれた。家の中を一通り見てもらうと、「…果てしないね」と。笑

 

ごみの処分や掃除もだけど、何より遺品整理のことは、本当に果てしなく感じる。もう、一度にいろいろ済ませようとせず、腰を据えて、一年くらいかけて通うしかないな、と思った。

 

業者に頼んでいっぺんに済ますこともできるだろうが、それはやはり、私には無理。ここで両親が暮らした年月を思いながら、寄り添ってくれたモノたちに、「ありがとう」と「さようなら」を言って手放していきたい。納得して、お別れしたい。

 

もちろん、決して簡単ではない、とはわかっている。捨てるのは忍びないな、と思うモノもたくさん出てくるだろうし、そうしたらそれらの行き先を考えなくてはならない。欲しいと言ってくれる人が見つかればいいけれど。フリマ、なんてやれる気がしない。リサイクルショップに持って行くことになるのかなあ。値が付かなくてもいいのだ、捨てたくないだけ。

 

そして、捨てることにしたモノもどう始末するか。そう、粗大ごみにしたって、手続きがいる。だいたい回収日の1週間前までに連絡しなくてはならないようだ。大まかな寸法も知らせておかなくてはいけない。これは、清水に行ける日を考えて、計画的にやらなくてはね。メジャーはどこにあったかな?

 

そして。。。
今後、片付けや整理をするために通いながら、清水の家の“これから”も考えなくてはいけないだろう。まだ今は、どうするかなんて決めたくないけれど。想像したくないけれど。でも当然、いずれは決めることになる。

 

アルバムや本、父の書類や服、趣味の物などについては、弟の農繁期が終わる冬くらいから、彼と相談し、どうするか考えようと思っている。それまでは、今、自分ができることを丁寧にやっていこう。

 


洗濯物をたたみ、小さなお仏壇を清める。母の自転車を、夫がなんとかクルマに乗せてくれた。雨戸を閉め、最後に戸締りをダブルチェック。玄関の鍵をかけた。

 

父と母が愛した家。また、来るからね、と声を掛けた。家が寂しがっているようで。

 

庭を眺め、花のついた薔薇の枝を持ち帰ろうと、少し切った。私は、名残り惜しんでいた。

 

そうそう。今回、こっそり帰省したつもりだったけど、布団や洗濯ものを干したから、近所の人には結構見つかってしまって。笑

 

でも、良かった。郵便物をたくさん預かっていてくれた伯母さま、ありがとう。自治会からのお香典を預かっていてくれた叔父さま、ありがとう。お悔やみの言葉とともに、茹でたてのタケノコを持ってきてくれたお向かいのYさん、ありがとう!

 

振り返ってみれば、私……とにかく、よく頑張ったではないか。草抜きはほとんどできなかったけど、大きくなり過ぎた紫蘭などはカットできたし、お米を含む食品類も処分したり持ち帰ったりで、害虫の心配も減ったし。(ブラックキャップも3箱分置けた)

 

2日間天気が良く、布団もたくさん干すことができた。キッチンのシンクもグリルも水切りカゴも、洗面所もピカピカに磨いた。あちこちに転がっていたお盆を7枚(なんでそんなにあるわけ?)くらい洗った。必要書類の入手と郵送など、事務処理も迅速にできた。偉いぞ、私!笑

 


辛い気持ちで始まった今回の帰省だったが、ある程度働けたことで、少し、前向きな気持ちになってきた気がする。体は、ガタガタになっちゃったけどね。筋肉痛に加え、少し風邪っぽく微熱が続き、奥歯の歯ぐきが痛みだした。完全に、体調を崩したようだ。でも、心は行く前よりもスッキリしていた。

 

帰る日の前の晩、父母の昔の往復書簡を読み、温かい気持ちになっていたことも、きっと大きい。ふたりが結婚する前の、恋人時代の数通と、結婚して子どもが生まれた後、父が試験を受けるため名古屋に研修出張をしていた頃の数通だ。

 

その手紙の束があの引き出しにあることは以前から知っていたが、父が存命中は読むことが憚られていた。それを、あの夜、ついに読んでしまったのだった。

 

すっっご~く――照れた!!

 

でも、嬉しかった。ふたりが当時、どんなに想い合っていたかを知ることができて。

 

親のそういうあからさまな恋愛感情を目にするのは、娘としては顔から火が出そうに恥ずかしかったけど、若き日の両親の純情を、微笑ましくしみじみと読ませてもらった。なんて可愛らしいふたりだったんだろう。

 

赤ちゃんだった私が登場したのも嬉しくて。愛称で呼ばれて、心配されて、自慢にされて。愛されていたことがよくわかり、面映ゆい思いはあったけど、心が「ありがとう」で溢れそうになった。そして、声を出して泣いている自分に驚いた。

 


今、あのふたりは天国で一緒にいるのかな。

 

四十九日の法要のとき、弟夫婦と長女一家、次女、夫、皆で過ごしたときの、あの温かい気持ちを思い出した。幼い孫娘たちを膝に乗せたときの、その重さと体温。お寺の鐘をつく順番を待っているときの、真剣な眼差し。小さな花を摘む小さな手。

 

激しい悲しみや無念さも、波はあるものの次第に優しく角がとれていき、辛さばかりがこみ上げた帰省への印象も、やがて思い出を懐かしみ、感謝するものへと形を変えていくのだろう。
人は温かい気持ちに戻りたがる生き物だから。

 

今、体調も回復し、精神的にも少し余裕が出てきたように感じている。ひとまず清水の家の夏支度ができたことだし、私は、私が一年で一番好きな5月を、これからちゃんと楽しんでいきたいと思う。

 

ゴールデンウィークが終わったら、まずはローズガーデンに行こうかな♡

 

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