一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

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人生初のインフルエンザで思ったこと

 

ベランダに出て、物干し竿にバスタオルを干す。
青空が目に飛び込む。深い深い、ブルー。町中がキラキラしている。

 

ああ、本当になんて美しいんだろう。
世界はときどき、こんな風に綺麗な姿を見せて、ここにこうして「いられる」ことがどんなに素敵なことなのかを、さりげなく教えてくれる。

 


年越し、初詣、街歩き、食事会・・・と家族で楽しい年末年始を送り、それでも少し疲れたね、と三が日の最終日をのんびり過ごした翌日のこと。夫が発熱。土曜日だった。

 

疲れが出たのかな、クリニックも休みだし、ちょっと横になって様子を見よう。
しかし、熱は下がらない。食欲は落ち、元気もどんどんなくなっていく。

 

翌、日曜日になっても彼の熱は下がらなかった。
私はドラッグストアで薬剤師さんに相談しながら、解熱剤やうがい薬、冷却ジェルシートを選んだ。会計を終えると、さっきの薬剤師さんが来て1枚の用紙を渡してくれた。自宅付近の“休日に診てくれる診療所”を案内する窓口があるそうで、その電話番号が載っている。

 

39.6度まで夫の熱は上がってしまった。薬剤師さんにいただいた用紙が役立つことに。午後、隣の区の休日急病診療所でコロナとインフルエンザの検査を受ける。結果はインフルA型だった。

 

こんな感じで、私たちの長~い1週間が始まった。
翌日には私が寝込んでしまい、少し症状が軽くなってきた夫と、看病を交代することになる。

 


火曜日の朝、近くのクリニックで検査し、私もやはりインフルA型と診断された。この年になって初めてインフルエンザに罹患した。インフルってこんなに辛いものだったんだね。

 

何にも口にしたくない。でも、薬を飲むためにも何か食べなくちゃ。
頼りになったのは、プリンだった。熱がひどいとき、夫はプリンなら食べてくれた。すぐに自分の番となり、なるほどこれなら食べられるね、と納得。それから、バナナとかミカンも少しなら口にできた。カップのアイスも、3口くらい。冷たくて美味しかった。

 

処方されたゾフルーザを飲んで、夫は翌日には熱が下がってきたのに、私の場合は翌日が一番、高熱となった。タイミングの問題だったのかな。38.7度。夫よりは低いけど、私は平熱が35度台なので、これで結構、頭がもうろうとしてしまう。ほんと、うなされる自分の声で目が覚めたりして。

 

頭痛も、カロナールを飲んでもおさまらず、熱以上にやっかいだった。頭が痛いと、スマホも長くは見ていられない。LINEで娘や友人たちと交わす会話が、ずいぶん救いになってくれたけど。

 

夫がシャインマスカットを買って来てくれた。バナナやミカンを食べたとき、フルーツってやっぱり良いなと思ったが、シャインマスカットはまた別格だった。笑

 

少しずつ、食事もとれるようになってきた。でも椅子に座っているのも辛くって、食べながらも早く横になりたかった。そして横になれば、早く刺しゅうしたい、早く刺し子がしたい、と思っていたなあ。

 


金曜日の朝、外は雪景色だった。初雪だ。
静かに舞い落ちる雪はとても綺麗。しばらく見惚れていた。

 

この日、歯医者さんに行く予定だったけどキャンセルの電話を入れる。今週は美容室もキャンセルしたし、週末に義兄夫婦のところへ挨拶に行く予定もだめになって、もう、予定が狂ってばかり。仕方ないんだけど。

 

そして土曜日。
あれ、今朝は気分がずいぶんいいわ♪と、目が覚めて思った。良質な睡眠がとれたのか、爽やか。まだ食欲もないし、ふらつくけれど、少し落ち着いて新聞を読むことができた。

 

昨日の日曜日には、夫に付き添ってもらってスーパーまで買い物に行けた。夕食も、私が作ることができた。簡単な親子丼だけどね。ようやく、日常に戻ったのかもしれない。刺し子も少しだけ。針を持つ手が震えたわ。笑

 

巷ではインフルエンザが猛威をふるっているというニュース。新型コロナの感染者も増えているし、ノロウイルスも蔓延しているらしい。父が存命の頃、「人類は最後、ウイルスによって滅ぼされるかもしれないな」と言っていたのを思い出す。生きていたら、今日あたり電話してきて、きっとまた同じことを言っただろう。電話してくれたらいいのに・・・

 

昨夜、何気なくアマプラで見た「はたらく細胞」というアニメ。第3話のタイトルは「インフルエンザ」だった。こんな気味の悪いゾンビみたいな奴らと、私の細胞たちは闘ってくれていたのか・・・と思いながら見入ってしまった。人間のからだって、すごいなあ。生き物って、すごいなあ。

 


約1週間。思うように動けなかったけど、ヒマではあったので、いろいろなことを考えていた。年賀状を読んだ後だったこともあり、友人や先輩との楽しい思い出を反芻したり。アイディアもいろいろ浮かんだし、楽しいことも思い付いた。たっぷりの睡眠で、髪も肌も調子がいい。病気で伏せるのも悪いことばかりではないかもね。

 

今、義姉から美味しいミカンが届いた。思えば私は本当に、優しい人たちに恵まれている。
さあ、元気を出そう!

 


まだお正月気分が抜けきらないうちにインフルエンザの攻撃に振り回され、気がつけば、今日はもう13日である。

 

成人式なんだなあ。新成人の皆さん、おめでとうございます。
こちらの地方は晴天だけど、大雪で大変な地方もあることを思うと、心配になる。どうか、ご安全に。

 

2025年の幕開けは、こんな風にちょっと冴えなかった私たち夫婦である。
でも、よくわかった。日常を普通に過ごすということが、どんなに素晴らしいことなのか。洗濯ものを干しながら「空が青いなあ」と思うのが、どんなに幸せなことなのか。

 

健やかに暮らせることに感謝しながら、感染対策も怠らず、一日いちにちを大切にして生きていこう。
今年の目標というには、あまりにも地味でささやかではあるけれど・・・笑

 


✻初インフルにかかったというお話が、新年最初の記事となってしまいました。
皆さんは、お元気でお過ごしですか?

冒頭の写真は、お正月2日に私の好きな雑貨・グリーンショップのテラスで見つけたお花です。セルリア、というのかな?夕暮れの光の中で、とても可愛らしく見えました♡
ここに行く前、お参りした熱田神宮で多分、夫はインフルをうつされてしまったのだと思います。すごく混雑していたから。

本当、人混みは気をつけなくてはいけませんね。マスク、手洗い、うがい。愚直に続けた方が良さそうです。

ウイルスの脅威だけでなく、世の中いろいろ大変なことばかりですが、ワクワクすることも諦めたくありません。楽しみのタネを先々に蒔きながら、幸せな気持ちを育んでいきたいものです𓂃˖‬*゚

笑顔で、いましょうね(*^^*)
今年もどうぞよろしくお願いします。




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疲れた心身には、たっぷりの感謝とねぎらいを

 

清水の実家から帰って3日たつのに、まだ体のあちこちが痛む。
普段使っていない筋肉を使い、慣れない姿勢で家具の移動・片付けや処分をしたのだから、まあ仕方ないか。

 

今年は4回、実家の片付けに行った。多分、来年も同じくらい行かなくてはならないだろう。

 

母が他界して4年半、父が旅立ってからも間もなく3年になろうとしている。家は、まだまだ空っぽにはならず、それでいてどんどん老いていく。

 

老朽化・・・
人の住まなくなった家は、傷むのが早いと聞く。私の気の重さは多分、片付けの大変さ以上に、家のあちこちが傷んでいくのを目の当たりにすることの焦りからきている。あと、やっぱり私も老いてゆくし。泣

 


今回も、粗大ごみを回収してもらうのがメインのミッション。回収は自治体ルールで月に1度、1回につき7点までとなっている。去年からお願いしていて、これが4回目の粗大ごみ回収だった。

 

古いコタツ、大きなハンガーラック、三面鏡付きの鏡台・・・

 

回収車にその場で破壊されながら呑み込まれていく実家の家具たちを見るにつけ、心臓が激しく脈打ち、呼吸が苦しくなる。いつもそう。

 

なんというか、凄まじい光景と破壊音に胸がつぶれそうになるのだ。
罪悪感も押し寄せる。お父さん、怒ってるかな・・・

 

本当は玄関先まで出向いて見るなんてこと、しない方がいいのかもしれない。別に見送る必要はないのだけど、私は毎回、辛いとわかっていて見てしまう。最後の姿を見届けなくてはいけないような気持ちになるのだ。

 

手を合わせて「堪忍してね」と小さくつぶやく。
さようならさようなら。今まで本当にありがとう。
父と母が、お世話になりました。

 


遺品整理。実家の片付け。
月日がたってくると、何も考えずに捨てることのできた「ガラクタ」も少なくなってきて、判断を後回しにしてきたモノたちが残る。考えることは作業以上にきつく、悩み、迷い、疲弊する。

 

アルバムや日記、手帳などの処分は絶対に進まないから、最後の最後にしようと思っていたのに、ついチラリと見てしまうことがある。今回も、ふと目にとまって、父の手紙の下書きをひとつ読んだのだが、それだけでもう、ダメだった。

 

懐かしい字。几帳面な文章。辛い内容。
大変だったんだね、と声を掛けたくても、父はもういない。

 

癒えかけていた喪失感がまた、大きく膨らんできてしまった。

 

父も母も筆まめで、交際範囲も広く、たくさんの方と手紙をやり取りしていた。いただいた手紙類はほぼ処分したが、ふたりが下書きした紙やノートはまだ捨てられないでいる。

 

そして、そういうものたちが、机の上に山のように積んである。家中の家具の棚や引き出しに散らばっていたのを、私が集めて積み上げたのだ。どうするか、後でゆっくり考えようと思って。

 

ああ、なんてたくさんの「生きてきた証」を残してくれたんだ!
それはありがたくもあり、誤解を恐れず言えば、大変迷惑でもあるのだった。

 

父の人生、母の人生のほんの一部しか私は見ていないのに、彼らは亡くなってから、私にその全てをどーんと投げかけ、さあ受け止めろと言ってきているかのようだ。

 

だったら見ないで一度に捨ててしまえばいい。そうなんだけど、それができない。なぜなのか、上手く説明できないけど、右から左へさっさと捨てる、ということが、私にはできない。アホなのだろうか。

 


肉体的にも、精神的にも、ダメージを負ってしまう、毎度の帰省。それでもご近所の方や伯母に挨拶に行けば、温かい笑顔に迎えられるから、私は幸せ者だ。

 

清水の町は、生まれ故郷ではあるがほとんど知らず(我が家は転勤族だった)、父母亡き後に訪れれば、何とはなしにヨソモノの寂しさを感じてきた。でも、通っているうちに、だんだん所在なさも和らいできた。好きな場所も増えてきた気がする。

 

ずっとお天気が良かったので、滞在中、何度も富士山の美しい姿を見ることができたし、夕刻に出向いた清水港のイルミネーションも素敵だった。

 

清水港のイルミネーション

清水港からの富士山 と ドリプライルミ2024

 

庭には柚子がたわわに実をつけていて、夜、お風呂に浮かべるのが楽しみだった。ご近所の方に「昨日、柚子いただいたよ」と言われれば、お役に立てたようで嬉しかったし。

 

そうそう薔薇も咲いていた。水やりすらしていないのに、今もまだ可愛い花をつけてくれるのかと、健気でいじらしくて泣けてきた。少し切ってコップに入れて部屋に飾れば、そこは優しい空間に。母の笑顔が見えるようだった。

 

来るたびに辛くなるけど、私は決してこの町やこの家が嫌いなわけではない。それは、確かなんだけどね・・・

 


帰った日はクリスマスイブで、買ってきた料理とスパークリングワインで夫と乾杯した。本当に、形だけのささやかなクリスマス。でも、このささやかさが今の自分たちには似合っている気もする。

 

無事、今回も使命を果たせたことに安堵して。
事故にも遭わず帰ってこられたことに感謝して。

 

夫は今回もすごく頑張って働いてくれた。大きな家具を2階から降ろすのは、私には無理だ。庭の木の剪定も。そして私が精神的に不調になったとき、そばで支えてくれたのは本当にありがたかった。

 

それにしても、まあ、ふたりともクタクタで。笑
昨日は、あまりにも体がこわばり調子が悪かったので、久々にスーパー銭湯へ行った。たっぷり時間をかけて岩盤浴。しっかり自分の体と会話しつつ。

 

たくさん頑張ってくれてありがとう。
ずいぶん無理させちゃってごめんね。
どことどこが痛い?

 

そんな風に我と我が身に声を掛けた。

 

自己メンテは大切だ。ほの暗い静かな空間で横たわり、遠赤外線に包まれて温まる岩盤浴は、自分の心身と向き合い感謝する場所としても、うってつけ。もう少し、行く回数を増やそうかな、なんてね。

 

その後にはお風呂。数種の温泉にゆっくりつかる。いつしか体のこわばりはすっかり取れ、心地良い疲れと眠気が訪れる。もちろん、お風呂上がりの生ビールは外せない。ここはお料理もなかなか美味しいのがありがたい。やっぱり行く回数を増やそうかな。笑

 

筋肉痛はまだ残っているけど、私の体は今日は機嫌が良いと感じる。しっかりケアされたと思ってくれたようだ。

 

生きている限り、まだこの体と心には負担をかけてしまうだろう。でも、疲れたと感じたら、その都度優しく労わってあげたいと思う。この年齢まで頑張ってきてくれたことにも感謝しながら。

 

どんな人だって、どんなものだって、きっとちゃんと尊重されたいはずなのだ。

 


さあ、今年も残すところ数日。年内にやっておきたいことはたくさんある。いい塩梅で頑張りたい。

 

でも、無理はしないで楽しくやりたいね。そこは、自分に念押しをする。毎日、忘れずにストレッチもしよう。
うーん。それにしてもお尻のほっぺたが痛いなあ。涙

 


✻冒頭の写真は、実家のリビングに飾った庭の薔薇です。今年は夏が長かったから、こんな時期になって咲いているのでしょうね。滞在中、目と心を楽しませてくれました。淡いけど良い香りもするんですよ♪

さて、なかなか更新もままならないまま、今年も暮れようとしています。思えば夏も秋も冬も、様々なことがありました。楽しいこともたくさんあったのに、ここでご紹介する機会を逃し、ちょっと残念です。
来年はもう少し、更新頻度を上げたいものです^^;;;

多分、これが本年最後の記事となります。ありがとうございました。
来年も楽しくお付き合いいただけると嬉しいです(*^^*)

みなさま、どうぞ良いお年を・・・♬*゚




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習得する喜びを実感できた日々―刺しゅう講座を終えて

 

習い事。ならいごと。
定義はよくわからないけど、これまで習い事らしい習い事って私、したことがなかった気がする。

 

子どもの頃、親に言われてちょっとだけ行ったオルガン教室。それとお習字と英会話教室。ほんと、ちょっとだけ。そんなものも、習い事と言えるのだろうか。

 

学校を出て就職で上京、3年後に転職して。その頃、スキューバダイビングの教室に半年くらい通った。
結婚して子どもを生んで。ママ友に誘われて行ったエアロビクスは7年続いたけど、あれを習い事と言うのも憚られる。
1年半ほどワイン講座にも通ったし、イラストやお料理の1dayレッスンやワークショップ的なものには、ひと頃よく出向いた気がする。
でも・・・

 

もしも、級を進めたりお免状みたいなものをいただくのを目的とするのが習い事なら、私のはあきらかに違う。スキューバも免許取るまではいかなかったし、エアロもインストラクターを目指さなかった。ワイン講座ではワインエキスパート資格を取ろうと勉強に来ている人もいたけど、私はワインの知識を少し深めたかっただけ。友だちもできて楽しかったから続けただけ。全部、遊びだ。いや、遊びで良いって思ってるけどね。

 

実は前に新聞社系の文化教室で、講座運営の仕事をしていたことがある。世の中にはおびただしい数の習い事があることを知り、多岐にわたる仕事に忙殺される日々だった。リスペクトする講師もいたし、社員価格で受講もできたのだけど、自分もそこで何かを習おうとは、あの頃、全く思わなかった。ちょっと病んでたからかな。

 


そんな私が、通信講座で刺しゅうを習うことにした。資格も取りたいと思った。去年のことである。

 

コロナ禍を経て、“対面なし”の習い事が以前より増えたのだろう、ネットでも広告をよく見かけるようになった。そういうもののひとつに、公益財団法人 日本手芸普及協会 の刺しゅう講座があったのだ。


                                                                                                    
私は昔から刺しゅうが好きなので、この広告は目にとまった。でも、「資格取得可」という謳い文句には「?」と。刺しゅうの資格を取るって、何だろう? 刺しゅうに資格なんてあるの?

 

カリキュラムステップの説明ページを見ると、「本科」「高等科」を卒業して「講師科」の課題をクリアすると、講師の資格が得られるらしい。希望すれば「講師認定証」が与えられる(有料)。要するに、教室を開いたりするときに“お墨付き”になるってことかな。いろいろサポートもあるらしい。

 

最初のうちは、ふーん、と眺めていただけだったのに、だんだん気になって仕方なくなってきた。別に刺しゅうの先生になりたかったわけではない。でも、刺しゅうのことを、もっと勉強してみたい気持ちは潜在的にあった。

 

待てよ・・・そうか。資格を取るという目的があれば、単に刺しゅうを楽しむだけでなく、上達しようと頑張ることができそうだ。おっ、頑張る私を見てみたいぞ、なんてね。私、思ってしまったのだ。上手になりたいし、力を試してもみたい、そんな気持ちが膨らんだ。

 

このブログでも、刺しゅうのことは何度か書いている。何十年ぶりかで刺しゅうにはまってるよ、みたいなことを書いたのは7年前だ。

 

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ここでもチラリと触れているが、私は短大で被服を専攻していたので、洋裁や和裁とともに刺しゅうも学んだ。そのときに、たくさんの美しい刺しゅう糸を買い揃えたため、機会があればまた刺しゅうをしたいと思っていた。そして、7年前くらいから時折り楽しむことができるようになって、何か刺すたびにやっぱり刺しゅうって良いなあと感じてきた。

 

数年前から刺し子に心奪われていたが、刺しゅう(フランス刺しゅう)も変わらず好き。YouTubeでステッチを刺している動画を見ると、まるで魔法みたいでいつも見惚れてしまう。きっとセロトニンが大量に分泌されるのだろう、うっとり幸せな気分になり、睡眠導入剤がわりにしていた時期もあった。笑

 

刺しゅう作家さんたちの美しい作品を図案集やSNSで眺めたり、自分でちょっと小さいものを刺してみたり。私と刺しゅうはそういう仲で、これからもずっとそうなんだろうなと、思っていた。

 

けれども、刺しゅう講座のことを調べているうちに、もっと深い仲になってもいいかもね、なんて思ってしまい、実はそんな自分にドキドキしてしまった。え?資格?私って、本当に資格が欲しいの?

 

それから何か月も迷い続けた。習わなくても、独学でだって刺しゅうは学べる。そもそも資格って、欲しいかどうかわかんない人が目指すべきものじゃないのでは?とか。もちろん、習い事なので費用もかかる。リターン求めて真剣に頑張るほどの覚悟が自分にあるのか?とまで考えたり。

 

でも。
だんだんそんなことはどうでも良いような気がしてきた。やりたいんなら、やればいい。

 

自分の年齢のことも考えた。先生について学んでみようと思えることって、この先そんなに多くない気もして、ちょっとハッとする。だったら、こんなふうに気になった刺しゅうを、これまでも好きだった刺しゅうを、きちんとしたメソッドのもとに学んでみようかな、と。どうせやるなら、資格取得を目指そうかな、と。ようやく決心が固まった。半年くらいかかった。笑

 


通える距離にヴォーグ学園があり、そこで対面で受講することもできたが、私はスマホで学べる通信講座を選んだ。アプリをダウンロードし、担当の先生が決まる。全てが初めてのことで不安だったけど、すごくワクワクした。

 

そして、テキストを読み、動画を見て、課題に取り組み、写真を撮って提出し、先生の添削を待つ。そんな習い事の日々が始まった。

 

控えめに言って・・・すごく楽しかった!

 

褒め上手のK先生に乗せられてる感はあったけど、自分が頑張ったところをわかってもらう、褒めてもらうというのは、こんなにも嬉しいものなのかと驚いた。先生からのコメントは、いつもキラキラ輝いて見えた。

 

もちろん、厳しくジャッジもされる。手を抜いたところはやんわりと「やり直し」を申しつけられる。笑
でも、そんなことも楽しい。先生からのアドバイスや動画で教えてくれるポイントを参考にトライし、自分の技術が上達していくのが目に見えてわかる。それは本当に嬉しいものだった。

 

なまじ、刺しゅうの経験があるばっかりに、正直、学び直し気分でもあった私。そのあたりは甘かったなあと思う。

 

正しいと思い込んでた基本的なやり方が、実は大間違いだったりしてビックリ。いつの間にか変なクセがついてしまってることにも気付く。いやいや楽勝でしょう、なんて思いあがってたかも?と、なんだか恥ずかしくなり、ぺしゃんと落ち込む。でも、気持ちを立て直して練習して、また新たな自信につながる。そんな経験もできた。

 


課題に取り組みながら、何度も頭をよぎった言葉がある。「習得の喜び」だ。
習い事の本質は多分、ここにある。資格とか、リターンとか、そういうことの前に。

 

私の受講した「ステッチ100」というコースは、その名の通り、100種以上のステッチを学ぶ。これまで20個くらいしか知らなかった私にとって、初めましてのステッチが山のように聳えていた。

 

最初、上手く刺せなかったそれらを、とても素敵に刺せるようになったときの高揚感といったら。その上、先生から「素晴らしいです」と言ってもらえたときの幸福感。安心感。これはもう、独学では得られないものなのだろう。

 

好きなものだけ刺していたら絶対手を出さないような、そんな図案もあったし、手法もあって。それが経験できたのもこの講座を受講したからこそだと思い、それを面白がり楽しむこともできた。

 

もうやめたい。なんて思うことは一度もなかった。刺しゅうの奥深さに触れ、ますます刺しゅうが好きになった。本当に楽しかったし、夢中だったと思う。
ただ、忙しかったなあ。不安になることもあったし。

 

特に、講師科の4つ目の(最後の)課題は、デザインを提出してOKをもらってから、完成するまで途中提出はなかった。オリジナルデザインだからお手本もないわけで、糸色、糸の本数、選ぶステッチ。全てにおいて悩み、迷った。ちっとも進まない。いつ仕上がるんだろうと時に焦って、「今日はここまで」となかなか針が置けない。

 

そして、なんだかすごく孤独を感じた。対面の受講だったら、この孤独はなかったのかもしれない。だからこそ、作品が完成したときの喜びは大きかったのだけど・・・
K先生の「応援してます」というコメント文字を、お守りにして頑張った。笑

 

受講している間は、課題を進めることが優先。他にも自分の好みのものを刺しゅうしたかったし、刺し子もしたかったけれど、そこはかなり我慢したかも。他のことも、いろいろ後回しにしてきた。自分の中でなぜか「最短で卒業したい」という思いがあり、ちょっと寝不足も続いたっけ。まあ、習い事初心者なので、仕方ないね?笑

 

去年の10月にスタートした刺しゅう講座。本科、高等科と進み、今年の10月に講師科の最後の課題をクリアでき、先月無事、講師認定証もいただいた。先生は、更に上のコースへ進級することも検討して、とおっしゃってくださり嬉しかったけど・・・。でも、それは少し考えてから決めようと思う。

 

課題を進めている間に、いろいろ浮かんだアイディア、デザイン。試してみたいことなどなど・・・
これからしばらくは、それらに命を与えることに時間を使ってみたい。少しは技術も上がったはずだから、うん、楽しみだ。

 

結構長く刺しゅうと付き合ってきたつもりだったんだけど、なんだかまだまだ“恋の始まり”みたいな気分なのですよね。
もう、苦笑しかない。でも楽しい♬

 

 

✻7年前、刺しゅう再開のきっかけになったのは、桜井一恵先生の図案集でした。そして、講師科の3つ目の課題がフリー刺しゅうで、冒頭の写真がその作品(後ろに見えるのは桜井先生のご本)なのですが、これ、桜井先生の図案じゃないかな、と思うのです(どなたの図案かは、テキストに書かれていません)。多分、きっと・・・

この作品を刺している間中、とても満たされた気持ちでした。ご縁というか巡り合わせというか、なんとなく導かれているようにも感じ、不思議な気持ちになります(*^^*)




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泣き笑いの秋―実家の片付けとローズガーデン

 

いつの間にか11月。それももう5日!
3連休を我が家で過ごした次女が昨日、自分のマンションに帰って行った。それを境に、ここ1か月ほど続いた慌しい日々がようやく一息ついた感あり。今日は久々に日常が戻ってきたようだ。

 

ずっと何かに追われているかのような気分だった。その原因のひとつは、1年前から始めた習い事。その最後の課題なのだった。別に誰に急かされているわけでもないし、締め切りがあるわけでもない。ただただ早く提出したく、でも思うように進まなくて、自分で自分をせっついていたようだ。

 

実は先週、清水の実家の片付けに、4か月ぶりに行ったのだけど、その前に課題を提出してすっきりしたい、という気持ちが大きかった。この課題、難易度が高く、すでに2か月くらいかかっている。

 

私にしては、ずいぶん頑張っていたと思う。合格しなければ意味がないし、自分でも高品質に仕上げたい気持ちが強い。すごく悩みながらデザインを考え、丁寧に、でも急がなくちゃ、と真剣に作業する。

 

それが清水に行く日の3日前に、なんと包丁で左手の人差し指の先を切ってしまったから、さあ大変。課題はあと少しで完成なのに。

 

買ったばかりの包丁だった。オールステンレスでつなぎ目がなく衛生的。そして軽くて切れ味がすごい。これまで使い慣れていた包丁とはだいぶ勝手が違うので、慌ててパセリを刻んでいたときに、やってしまった。

 

ああ、これでもう間に合わないや・・・、と諦めかけた私を救ってくれたのは、夫が買ってきてくれた“すごいバンドエイド”だった。モイストヒーリング(湿潤療法)というのがあるのは知っていたが、自分が使ったのは初めて。キズを乾かさずに自然治癒力を活用するという。

 

www.band-aid.jp

 

ズキズキ感(脈打ち)は残るものの、痛みはすぐにおさまった。出血も止まった。傷口はしっかり守られている感じで、何かに当たらなければ、痛くはない。翌日には針を持つことができた。(私の習い事は手芸関連。このお話はまた別の機会に)

 

美容室に行ったり、都心まで買い物に行ったり、清水に行くまでには他にも用事があったのだけど、このキズパワーパッド™のおかげで、全てクリアすることができた。医者嫌いな私が病院行くべきか?と、迷うほどの結構深い傷だったのだが、ほぼ普通に生活することができたのだった。

 


件の課題については、清水に行く日の朝、出発直前に完了。頭をスッキリ切り替えて、彼の地での作業に打ち込めた。

 

といっても、お天気に恵まれなかった今回の清水滞在。傷をかばっていたり、低気圧の影響や疲れもあってか力が入らず、庭や家屋周辺の草取りなどはほとんどできなかった私。到着してすぐ、まだ雨が降り出す前に夫が雑木を伐採してくれて助かった。

 

6月のときと同じく、今回も粗大ごみを回収してもらうのが大きな目的。自治体のルールで、1回に出せるのは7点までなので、まだまだ家がからっぽになるには程遠い。実家じまいはかなり、手ごわい。

 

✻前回の清水行きのことを書いた記事はこちらです↓

tsukikana.hatenablog.com

 

 

それから、実家の電気のアンペアを変更することにしたので、その工事立ち合いも同じ日に予約しておいた。50アンペアから30アンペアに。これ、もっと早く申し込むべきだったなあ。

 


主をなくして2年半以上になる家は、きれいにして帰ればきれいなまま迎えてくれるのだけど、行くたびにどこか痛々しい気配を感じ、だんだんそれが濃くなってきているようで、ほんと切ない。人の住まなくなった家は、長患いで目を覚まさない老人のようだ。

 

曇天や雨天ばかりだった今回は特に、暗いし空気が重いしで、気持ちも沈みがちだった。それでも元気を出して、断捨離。片付けて掃除をして。今回もごみ袋、大量^^;;
頑張りました!

 

最終日、鍵をかけて門を閉めて。
ちょっと遠いけど、気になってるお店でランチしてから帰ろう、ということになった。興津川(おきつがわ)上流のキャンプ場近くのカフェ、tokiさんだ。

https://www.instagram.com/toki_1349/

 

川面をわたる風が優しい。テラス席でせせらぎを聞きながらいただいたドライカレーは、彩りよく野菜もあしらわれていてお洒落。夫の注文したバターチキンカレーも素敵。コーヒーも美味しかった。

 

山の空気は心地良い。
ここでゆっくり時を過ごすことで、気分を変えることができたと思う。お天気が良ければ、もっと楽しめただろう。夫と「また来ようね」と言いながら帰路についた。

 

tokiのテラス席で

 

 

 

自宅に帰った翌日は、旅の片付けや大量の洗濯、溜まった新聞に目を通したりして過ごした。久々に空も晴れたし、指の怪我の回復も順調、提出した課題に「合格」の連絡があり、なんだかいろいろ報われたような気持ちになった。

 

ところが翌日、歯科クリニックから帰って夕食を準備していたら、オーブンレンジが故障。ちょこちょこ災難は起こるものである。

 

その翌日が土曜日で、次女の来る日となる。大雨だった。次女に付き合ってもらい、オーブンレンジを求めて家電店をはしごし、最後の店で、なんとか希望に近い機種をゲット。

 

故障はショックだったし、次を選ぶのも面倒だったし、出費は痛かったけれど、次女が「家電店巡り、楽しい♬」と言ってくれたのに救われた。嵐の中、シェアカーで走り回ってくれた夫にも感謝。そして、新しいキッチン家電はやはり、ちょっと嬉しいものである。次女の好物のカボチャ煮を、早速作った。

 


そして、日曜日。快晴。
お天気も、私の気分も、グルグル変わる。
私たちは早起きをして、今度はレンタカー、次女の運転で岐阜へ向かった。可児市にある「ぎふワールド・ローズガーデン」に、秋薔薇を見るために。

 

gifu-wrg.jp

 

秋に咲く薔薇は、春よりも華やかさでは物足りないかもしれない。でも、香りは春よりも素晴らしいのだとよく聞く。このローズガーデンには「花フェスタ記念公園」の頃から何度も行っているのだが、秋に訪れるのは初めての私たちだった。

 

芳香自慢の薔薇を集めて植えている、「香りの庭」というエリアがある。その小さな散歩道に足を踏み入れると、甘く瑞々しい香りが鼻をくすぐった。花に顔を近づければ、さらに高貴な香りに包まれる。

 

もうね。幸せ。
どうしてこんなに、素敵な香りなんだろう。

 

前日の大雨で、花はかなりの数が傷んでしまったようだ。全体で見れば、ガーデンは春に比べ豪華さに欠け、ちょっと寂しい。それでも、これだけ庭園を綺麗に保てるのはすごいことだと思う。スタッフの方々のご苦労の賜物と、頭が下がる。

 

秋の日差しの中で見る薔薇の花々は、春のそれとはまた違った魅力がある。香りの良さはもちろん、色にも深みがあるようだ。

 

そして何というか、詩的な印象を受ける。冬を迎える前にこっそりもう一度咲いておきました、とでも言うような、健気さや奥ゆかしさを。お別れの挨拶のような。・・・いや、少々、感傷に浸り過ぎかしら。でも、この季節にローズガーデンを訪れることができて、本当に良かった。

 

ぎふワールド・ローズガーデン

 


今年の夏は暑すぎたし長すぎた。ようやく過ごしやすくなったと思ったら、もう11月である。すぐに師走である。涼しくなったらあれもしよう、これもしよう、と思っていたことがたくさんあるが、それは寒くなる前にしたいことでもある。時間が、ない。

 

慌しい日々がひと段落ついたと思ったが、後回しにしていたことをこれから短期間でやらなくてはいけない。はあ、とひとつ、ため息をつく。

 

せめて、怪我だけはしないようにしようねと、そそっかしい自分に話しかけていたのに、今朝、足の小指をベッドの角で思いっきりぶつけてしまった。紫色になっちゃった。ため息、もうひとつ。笑

 

忙しい日々ではあるが、今、外歩きの楽しい季節。なるべく散歩にも出かけて、せっかくの秋を楽しみたいとも思っている。
元気で、いましょうね(*^^*)




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絵筆から落ちる青いしずく―ホ・オポノポノ手帳2025

 

10月になっても真夏日が続くのかと、昨日までため息まじりに空を見上げていたが、今日は雨で気温は30度に届かないらしい。このまま涼しくなってくれるかな?

 

長期予報によると、冬の訪れは早く、今年は例年にも増して秋が短くなりそうだ。限られた過ごしやすい季節を大切に迎えたいと思う。

 


先月に入手した来年の手帳を、一昨日、ようやく開いてみた。
ホ・オポノポノ手帳。12年目を迎えたそうだ。私はこれが10冊目となる。

 

ハワイの海や花・・・色鮮やかな写真をバックに掲載されたふたつの美しい詩が、表紙をめくるといつも最初に出迎えてくれる。今回の写真は、大きな葉の明るいグリーン。そこに、これまた明るい紫がかったピンクの花びらが添えられて(バナナかな?)、なんとも南国ムードあふれる素敵な配色である。

 

「わたし」は「わたし」
という詩は、既にそらんじられる私。毎朝のように、口にしてきたからだ。そらんじられるけど、ときどきは手帳のページを開いて、写真を見ながら読みたくなる。心がフワッと楽になる。

 


手帳の構成はもうずっと変わっていない。月間スケジュールも週刊スケジュールも、すっかり馴染んでいる体裁なので、変更がなくてありがたい。

 

毎日の「切り取れるメモ」も私には欠かせない存在。
ネガティブな思いはここに書きなぐって(笑)、その後、ビリビリと破きゴミ箱に捨てるのだ。スッキリ!

 

吐き出したいけど、残しておきたくない言葉ってある。不安、焦り、哀しみ、腹立たしさ。生きていれば、毎日いろいろあって、こんな風に思う自分は嫌だなあと、残念になることもままある。でも、押し殺しているばかりではつぶれてしまう。できるなら、ひとつひとつの感情と向き合って、クリーニングしながら手放していけたらいいのだけどね。いつもいつも、なかなかそうはできない。

 

日記などに記して、整理して昇華させる。そんな余裕もないときは、とにかく今のその暗い思いをわーって紙に書くだけでいい。後で読みかえしたいわけではないので、書いた後、破って捨てればいいのだ。

 

手帳の「切り取れるメモ」は、破線で簡単に切り取れるのも助かる。そして小さなスペースなので、気持ちを短い言葉で書くしかなく、理由も言い訳も書かない。とても単純だ。だから続く。おかげで溜めこまないで済んでいる気がする。

 

そして、破るときには必ず四つの言葉を心で唱える。この苦しみの原因となる「記憶」を、素早く手放しているのだと思える瞬間、ちょっと嬉しい。自由を取り戻せる“道”に、戻れた気がする。本当に(*^^*)

✻四つの言葉とは、ホ・オポノポノのクリーニングツールのひとつ。「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」

 


さて。手帳の巻末も私の楽しみのひとつだ。
長く続いたヒューレン博士とKRさんの対談は、今年2024年の手帳では平良アイリーンさんによるおふたりへのインタビュー形式に変わっていた。そして来年の手帳では、KRさんおひとりへのインタビューになっていた。やはり、そうなのねと。寂しいけれど、2022年1月に逝去されたヒューレン博士に、改めて追悼の意を捧げたい。

 

✻今年の手帳については、去年、こちらの記事に書いています↓

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少ししんみりした気分で読み始めた今回のインタビューはしかし、これまでで一番、私にはわかりやすいものだった。

 

9年近く実践してきたつもりのホ・オポノポノだけど、今もってよく呑み込めていないところがいくつかあり、謎めいて神秘的な側面もまあ魅力のひとつよね、くらいに思っていたのだ。それが、今回の記事を読んでいたら、スーッと水が染み込むように、腹落ちした気がした。素直に、心の芯のところでこのメソッドを受け止められると感じた。

 

気取った表現も、飾られた言葉もない。それがまず、好印象。例え話もとても日常的でささやかで、親しみが持てる。このインタビューが、穏やかでリラックスしたものであったことが伺える。易しい言葉を使い、講義のように「教えられる」感じがないことも、読みやすさとともに受け入れやすさにつながっているのかもしれない。

 

語られていることはシンプルだけど、大変深い内容だと思う。この10ページに、宝物が詰まっていると感じた。アンダーラインを引きながら、私はいくつかの素敵な道しるべをいただけたことに感謝した。

 


そして、この手帳の特長で忘れてならない、オリジナルのクリーニングツールの紹介。
今年は「黄金の真珠」だったけれど、さて、来年は?

 

 DRIPPING BLUE PAINT BRUSH
 青い絵の具がぽとりと落ちるペイントブラシ

 絵筆の先から、青色の絵の具を含んだ滴(しずく)が、ぽとりと落ちます。

 

ああ、やっぱり可愛いのね。新しいクリーニングツールも想像しやすいもので良かった♡
私は今またイラストを描くことが楽しくなっていて、青いブラッシュペンもよく使っている。そんなことも何か符合のように感じられて、頬が緩む。

 

同じページに記されたKRさんからのメッセージ。その中のこの1行に胸が熱くなった。

「どんなときも、まずは自分自身を大切に扱い気遣うことを忘れないでください」

 

 


毎日を幸せにするホ・オポノポノ手帳2025

 

 

表紙カバーはリバーシブル。私は、今回も裏返して使おう♬
来年もこの手帳の力を借りながら、日々を大事に生きていこうと思います。
(まだ10月!鬼が笑うね)

 

 

詩のページ。やっぱりバナナの花と葉っぱ?




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秋のモチーフに心寄せる日々

 

明け方、リアルな夢にハッとして目覚めることが増えた。
昔の友人。もうすっかり普段は忘れているくらい、付き合いもなくなって久しい人が、親し気に私のそばにいる。その人の夫君まで登場して、私は、彼らの家庭の問題を一緒に悩んでいたりする。

 

どうしているだろう。
ふとそう思う人が増えたのは、仕方ない、私の年齢を考えたら当然だろう。長く生きてくればその分、出会った人、離れてしまった人、すごい数にのぼる。

 

私の身に起こったこと、人と過ごしたこと、そのすべてを覚えていられるはずもない。それなのに、何かの拍子に脳がピックアップして、思いがけない夢を見せたりすることを、面白いなあと思う。

 

私たちの脳は、実はぜーんぶ記憶しているのかもしれない。それもすごいし、今気にもしてないことをポンッと投げてくるのも不思議。ランダムなの?

 

リアルな夢には愉快なものも、そうでないものもある。
まだ起床時間ではないので、しばらくベッドの中でぼんやりと今見た夢を反芻してみたりする私。今の、誰だっけ?どうやってこの人と別れたんだっけ?えーっと……。そんな感じで。

 

懐かしさや、チクリとした痛み。不義理の申し訳なさ。情けなさ。悔しさ。憎らしさ。複雑な気持ちが絡み合う。

 

その度、私は曲がりなりにもホ・オポノポノを実践しているので、今見た夢に対して動いた自分の感情を、すぐに四つの言葉でクリーニングする。

 

ありがとう
ごめんなさい
許してください
愛しています

 

そして、自分の中のもうひとりの私、ウニヒピリ(潜在意識)に、見せてくれてありがとうね、とお礼を言う。

 

ふわっと軽くなった心持ちで、もう一度浅い眠りに入れるとなんだか嬉しい。まどろみの淵で、自分が尊重されているような幸せを実感する。

 


幸せだなあ、と思うのだ。
何が?と問われると困るけど、強いて言葉にすれば、何かあっても穏やかさに戻っていける自分になれたこと、かなあ。いや、幸福を肯定できるようになれたこと、かもしれない。

 

幸福って、ちょっと認めるのが気恥ずかしかったり、申し訳なくなったりしがちな言葉のように感じてきた。誰かに「お気楽なものね」と嘲笑されたり「ふざけんな」と攻撃されたりするのを、いや、言われないまでも悪意を持たれてしまうことを、恐れていたのかもしれない。好んで誰かの神経を逆撫でしたくないし、妬まれるのも嫌だし。本当は今だって、少しそう思う。

 

でも、肯定したい。自分の幸せも、ひとの幸せも。

 

心配ごと、不安なこと、不満や劣等感、後悔や罪悪感、もっと重くて黒い感情だって、私の胸の中にはまだたくさんある。が、それは認めた上で、私は幸せだと思う。幸せそうな人を見ても、素敵だー!って思う。まっすぐ思う。そんな風に思えるようになっていることが、とても嬉しいのだ。

 


9月になっても猛暑日が続いている。
もう笑ってしまうくらい、ずーっと暑い。夏バテも残暑バテもして、夏風邪もひいた。ほんと、冴えない私なのだけどね。

 

夏の間はひきこもると決めていたのに、美容室や歯科クリニックには行かなければならなかったし、娘たちの企画で大阪にも行ってきたし、デパートにも行ったし。家にいるときは習い事の課題に意欲的に取り組んだり、イラスト描きたい熱が復活して夢中になってしまったり。
・・・思えば結構、もりだくさんな夏だった。夏、まだ終わった気がしないけど。

 

それでも、日は短くなってきている。あ、涼しいね、と微笑む日が、そう遠くない日に必ずくるとわかる。だから、絶望はせずにすんでいる。笑

 

そんな風に、人生の最後も、そう遠くない日にくるのだろう。いつくるかはわからないが、必ずくる。もしかしたら、それこそが私にとって、一番幸せに思えることなのかもしれない。いつまでも生きていなくていい、ということが。やがて幕を降ろせる日がくるということが。

 

人生を四季に例えれば、私は間違いなく「秋」にいる。それも、晩秋に。若い頃よりも、秋の落ち着きが自分に馴染むように思えてきたのは、そのせいかもしれない。

 

私が一番好きなのは初夏、5月。でもそれはきっと、輝き始めた季節の美しさを讃える気持ちからだ。青春へのノスタルジーもあるのだろうね。

 

コスモス。小さな木の実。洋梨、栗、落ち葉・・・
最近、イラストや刺しゅうを通して、自然の秋のモチーフに心を寄せている。去年撮った写真を参考に、下描きをしていく時間は心が和む。穏やかな気持ちは、そんなところからも生まれていそうだ。

 

綺麗で、可愛くて、楽しくて、でもどこか少し寂し気。
そんな佇まいが、とても愛おしいと感じている。そしてそんな自分をまた、幸せだなと思う。

 

周囲の人にも、幸せでいてほしい。幸せを感じているときは、それを恥じたり遠慮したり否定したりせず、喜んで表現してほしい。そうして、みんながそれを笑顔で讃えることができたら、なんて素敵だろう。

 

もっと言えば、輝きを見せてくれてありがとう、世の中を明るく照らしてくれてありがとうと、互いに感謝しあえるくらいになれたらどんなにいいだろう、と夢見る。そうすれば、誰もが人生という果実をあますことなく幸せに味わえるだろうに。

 


今夜も夢に誰かが出てくるのかな。
思いもよらない人が出てくるかもしれないね。

 

振り返ればきついことも数多くあった人生。蓋をしてきた思いや出来事も、夢に出てあらわになってしまうかもしれない。でもどこかでそれを待っている自分もいるのだ。人生を肯定していくための機会ととらえて。
怖くはない。これ、年の功かな?笑

 

早く涼しくなってほしいなあと、秋のモチーフに心を寄せながら、年を重ねていくことにさえ幸せを感じている私。さすがに少し、能天気かしら。やれやれと呆れてもいるけれど、嫌いじゃないんだよね、そんな自分も。

 

 

昨年撮った近所のコスモス

 


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眠れない夜には

 

娘たちが幼い頃、寝かしつけようとしても「眠れない」と訴えてくることがあった。夏の、寝苦しい夜などは特に。
そんなときは、子守歌よりも効く方法がある。そっと頭を撫で、私はこんなふうにささやいた。


さあ目を閉じて……
今日はどんな夢を見ようか

綺麗なところへ行く夢はどう?
あなたはどこへ行きたいかな?

お空を飛んで、遠くまで行こうか
広い広ーいお花畑の上を飛ぶのもいいし……

もっとずっとずっと広ーい海の上を飛んでもいいね
ほら、あっちでイルカさんたちが跳ねているよ

ねえ、海にもぐっちゃうのはどう?
たくさんのおさかなといっしょに遊ぶの
赤い子もいるし、向こうに黄色い子もいるね
海の中、綺麗だねえ

 


お花畑。青い海。風の吹く草原。清らかなせせらぎ。森の中の湖。満天の星空……
私は思いつく限りの美しい景色を言葉にしてささやき、娘たちにそこで遊ぶ姿を空想してもらう。

 

すると、そのうちに彼女たちはリラックスした表情になり、やがて寝息が聞こえてきて……
その寝顔がにっこりしていたりすると、私まで幸せになったっけ。娘たちとの蜜月の時期、懐かしい♡

 

実はこれ、ずっと私が自分自身にしてきた方法なのだった。眠れない夜、綺麗な景色の中に身を置くことを想像するだけで、かなりの確率で眠りの世界に入っていけた。

 

娘たちが大きくなり、それぞれ巣立ち、すっかり忘れていたのだけど。
先日、なかなか寝付けず困っていたとき、ふと思い出して試してみた。自分で自分を寝かしつける気持ちで。自分の中の小さな女の子に、心の中で話しかけるように。

 

さあ、目を閉じて……

 


それにしても暑い。
体温を超える危険な暑さが続いている。こちらの地方、もう2週間ほど猛暑日だ。

 

外に出られない。
これが大袈裟でなく、本当にそうだから困る。体調を崩していたこともあり、先週、丸々1週間、私は一歩も外へ出なかった。

 

家の中にいても暑い。エアコン2台をフル稼働しているけど、ちっとも涼しくならない。どうかしている。

 

家の中で涼をとるために、今年も工夫はしているのだけどね。

 


例えば、日よけ。
梅雨入り前にオーニング(サンシェード)を買って、東のベランダに設置したのは正解だった。

 

毎年、導入を検討しつつ、我が家のサッシや外壁が金具を取り付けられないつくりのため諦めてきたが、今年、取付金具不要で設置できそうな品物を見つけたのだ。

 

四辺にハトメがあいているだけの布で、自由度が高い。ウッドリングを通した物干し竿を高い位置に渡し、カラビナを使ってハトメとつなげる。使わないときはカーテンのように片側に寄せることもできる。

 

窓の外側で太陽光を遮るとこうも違うのか、と感動した。日陰にしてくれるだけでなく、外気熱も紫外線もカットしてくれる。もっと早く買っておきたかった。

 

✻私はこちらのライトグレーピンストライプを購入しました↓


【限定価格〜8/16迄】Candor(R)公式 日よけ シェード【撥水 195×195cm】 暑さ対策 紫外線96% UV対策 室温13.4℃抑制 おしゃれ スクリーン オーニング 目隠し サンシェード 窓 ベランダ 雨よけ 3m 大きいサイズ 大型 防水タープ 日除けシェード 柊

 


涼し気な映像をTV画面で流しておく、ということもしている。これは数年前から。
目からの情報量はあなどれない。体感温度が下がった気がするのは、私が単純だから?

 

野鳥が好きなので、野鳥観察系や、小鳥のさえずりが入った森の映像などをよく流しているが、世界中の絶景をリラックスした音楽とともに次々と見られる映像も好きだ。YouTubeでいろいろ物色するのも楽しい。

 

✻最近、気に入っているのがこちら↓
美しくリラックスできる音楽と夏の自然の風景 | ヒーリングミュージック | 4K

www.youtube.com

 

そういえば、これ、上述の私の「眠れるおまじない」みたいな景色がたくさん出てくる。今度、眠れない夜があったら、これを見ながら横になってみようかな?

 


それから、アイスノン。これも夏の夜の強い味方だ。
薄手のタオルにくるんで、枕に乗せると、もうそれだけでよく眠れそうな気がしてくる。笑

 

私は、特にうなじの少し上あたりにいつも汗をかくのだけど、ここを冷やすと本当に気持ちがいいのだ。ツボでいうと天柱という場所みたい。自律神経を整えるツボで、慢性的な頭痛や肩こりにも効くというから、冷やすことでこのツボも刺激できて、心が安定するのかもしれない。いや、素人考えですが。笑

 

そして、香りの力。
今、頼っているのは、今年の母の日に次女が買ってくれたブレンドエッセンシャルオイルだ。
(冒頭の写真。うしろは金平糖♬)

 

これが、とても良い香りで心が落ち着く。もったいなくて、なかなかちゃんとした芳香浴まではまだできずにいるのだけど、蓋をあけてそのアロマを吸い込むだけでも十分効果を感じる。

 

楽しいのは、その箱の側面に「オーロラの香り」と書かれていたこと。
え?オーロラって香るの?どんな香り?
と、もちろん、思った。思いましたとも!

 

誰もが心惹かれてしまう
夜空に揺らめく美しい光。
女神アウロラが与えてくれる、
希望の光に包まれる香り。

 

とのことだった。このオイルを買ってくれたのはプラネタリウムのショップだと聞いて、納得。「生活の木」が製造元だけど、コニカミノルタプラネタリウムの館内にあるショップ「Gallery Planetaria」のオリジナル商品なのね。

 

planetaria.theshop.jp

 

配合精油は、ローズ、ブラックカラント、カモミールなど。
幸せな気分になる、本当に素敵な香りだと思う。

 


それにしても暑い。(何度も言っちゃう)
そして今年の夏も、長そうだ。もうすでに夏バテしちゃったけど、この先なんとか無事に夏を乗り切るためにも、良質の睡眠を毎日とりたいと思う。

 

いろいろなグッズやアイデアに、助けてもらいながらね(*^^*)


✻4年前にも睡眠をテーマに書いていました↓

tsukikana.hatenablog.com

 

✻暑中お見舞い申し上げます
ほんっとうにお暑うございます・・・
パリ五輪で寝不足、という声もよく聞きますが、皆さま、どうぞ良い睡眠をとって、涼しくしてご無理なさらずお過ごしくださいね(*^^*)




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まだ道半ば!実家の片付け

 

清水の実家に、片付けと遺品整理のために行ってきた。2か月ぶりである。

 

出掛けたのが梅雨入りとほぼ同じタイミングだったので雨を心配したが、向こうでは傘を使わずに済み、助かった。むしろ、暑さに閉口した。本当に蒸し暑かったなあ。

 

今回の主なミッションはふたつ。
そのひとつは、粗大ごみを引取りに来てもらうこと。

 

といっても、あちらのルールで1回につき7点までの回収なので、まだまだ古家具類は片付かない。前に回収に来てもらったのはちょうど1年前だった。このペースではいつ終わることやらだ。ちゃんと計画しなくっちゃ。

 

✻前回の回収の話はこちらに書いています↓

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粗大ごみに限らず、ごみ出しのルールは自治体によって違うので、よく注意しなくてはならない。

 

例えば、私の住んでいるN市では、使い捨てライターは中のオイルを抜いて(使い切って)無色透明の袋に入れ、可燃ごみ(週2回)の日に可燃用指定袋に隠れないようにして集積場所に出すことになっているのだが、清水ではオイルを抜いていないライターでも、不燃・粗大ごみの日(月1回)に、別袋に入れて一緒に置いておけば持って行ってくれる。事前(1週間前まで)に申し込みが必要だけど、大量に残された父のライターを処分するのにとても助かった。

 

逆に、スプレー缶の出し方は、清水では中身を使い切って穴を開けずに、中が見える袋に入れて「スプレー缶」と表示し、資源ごみ(びん・缶)の日(月1回)に集積所に出すというルールだが、N市では中身が残っている場合でも環境事業所に自分で持ち込めば引き取ってくれる。中身が空なら、ライターと同じように可燃ごみの日に別の無色透明の袋に入れて出せるのだけど・・・スプレー缶の中身を使い切るって、ホント大変なのだ。1本や2本ならともかく、実家からは何本も出てくるし、新品だったり反対に古過ぎたりするものもあったりして触るのすら怖く、どうしようか困っていた。N市の環境事業所、ありがとう!

 

とにかく、自治体ルールは細かい。
ひとつ何かを処分するにも、いつどこにどうやって出せばいいのかサイトなどで調べ、スケジュールを考えて決めていかなくてはならない。

 

しかも、ルールには小さな変更も頻繁にあるから油断ならない。入れる袋が半透明でOKだったものが、ある日を境に無色透明でなければならなくなったり。そんなこともある。

 

業者さんに全部任せて一度に片付けてしまえばラクだし早いのだろうけど、私はその道を選ばなかった。時間はかかるけど、父母の思い出のモノたち、ひとつひとつと、納得してお別れしていきたいと思った。

 

いや、本音を言えば、実家じまいを急ぎたくなかったのだ。父母の不在をうまく受け入れられない自分には、彼らが実在した場所を何度も訪れることで諦めていくしかなかった。そのために、時間をかけたかったのだ。

 

コスパ的にもタイパ的にも、全くもって合理的ではないのだけど・・・。

 


ただ、4月にひとりで訪れたときは、ひどい疲労感の中で「そろそろ決着をつけないと」と、ついに思った。そして、夫とふたりで訪れた今回もまた、その思いを強くした。

 

その理由は、もうひとつのミッションだった庭木の剪定である。
正確には、うちの木ではない。風か鳥によって運ばれてきたものだろう。以前はなかった雑木が、雑草以上にやっかいな存在になっていた。

 

道路に張り出すように伸びた枝が、大型車の走行の邪魔になっている。
晩秋に散る大量の枯れ葉が、風に舞い、ご近所の迷惑になっている。
しかもその木は、柚子の木やブルーベリーの木の養分を吸い取ってしまうらしい。

 

その事実を知って、今回は夫に木を切ってもらうように頼んだのだった。直径10cmはあると思われるその木を、彼は到着してすぐに切り倒してくれた。

 

いったい何という木なのだろう。高さは既に2階に届こうとするほどだった。驚いたのは、夫がGoogleのストリートビューで確認したら、2年前にはそんな木は写っていなかったと言うのだ。そんなに早く成長する木があるの?なんだか怖くなる。

 

住宅街の中のほんの小さな庭である。だけど、普段から管理する人がいないと、とんでもない状態になってしまうのだと思い知った。広い公園や雑木林でなら歓迎できるような繁殖でも、ここでは迷惑至極となってしまう。「私は木が好き♡」などと呑気なことは言っていられない。

 

夫は、その隣に生えてきていた、同じ木と思われるまだ若い苗木も切ってくれた。玄関前のもちの木(こちらは父が植えた木)も、枝が人の頭にかかるくらい伸びてきていたので、その枝もカット。

 

問題は切った幹や枝の処分だ。
粗大ごみを回収しに来てくれた係の方に、どうすればいいかを彼は聞いた。すると、可燃ごみに出せばいいと言う。ただし、葉のついた枝を幹からはずし、幹は短く揃えて紐で縛って出す、枝は小さくカットして指定ごみ袋に入れて出す。一度にたくさん出すと持って行ってもらえないから、何度かに分けて出す。とのこと!

 

今回は、可燃ごみの日まで滞在しないので、幹の部分だけは軒下に転がして次回に処理することにし、枝と葉はN市の我が家に持ち帰ることにした。このカットする作業がまた大変で、45リットルの袋3杯、ほとんどを夫が処置してくれた。何時間かかったんだろう、暑い中、汗びっしょりになって頑張ってくれた。

 

おかげで、今年の秋冬は、枯れ葉でご迷惑をかけることは少なくなりそうだ。けれども、こんなに小さな庭でもこんなに苦労しなければならないのかと、私は怖気づいている。

 


今回は、他にも家の中の不燃ごみを集めて持ち帰った。また、リサイクルショップに行き遺品を出してきた。家にあった6つほどの花器や花台、父の釣り道具の錘、海外土産の民芸品などを、丁寧に洗ったり拭いたりして送り出せ、ちょっと清々しい気分だ。

 

小さい頃から見慣れた花瓶もあり、サヨナラするのは寂しかったけど、かといって我が家に連れて帰る気にもなれなかったので仕方ない。どこかの誰かに見染めてもらい、どうか可愛がってもらえますように・・・

 

手放した花器たち

 

そうそう、もうひとつ。
実家のポストにはチラシがギューギューに詰め込まれていて、私は毎回うんざりしながら捨てていたのだが、今回は夫が「チラシ入れないで」ステッカーを作ってくれた。ポストに貼る。効果があるかどうか、次回来たときのお楽しみ♪

 

このステッカー、イラストも夫の自作。なかなか味があるでしょ?笑

 

「チラシ入れないで」ステッカー

 

早く終わらせたいと強く思った実家の片付け。だけど、簡単には終わらない。
真夏の作業は辛過ぎるので、次に訪れるのは秋だろう。今度はどれだけ処分できるかな。まあ、最後の最後は業者さんにお願いすることになるだろうけど、できるだけのことは自分たちで仕分けして手放していきたいし・・・その調整に頭を悩ませている私である。

 


さて。冒頭の写真は、帰りに立ち寄った静岡県立美術館のお庭。
キラキラ輝く緑がまぶしくて、とても美しかった。30年ぶりくらいになるのかな。この美術館に続くケヤキ並木のプロムナード、そして芝生園地は大好き。とても広々としていて本当に素敵なのだけど、この日はまあ暑くて暑くて・・・。駐車場から館に到着するまでにグッタリしてしまった。次は、涼しい季節に行こう。笑

 

県美では、開催中の「テオ・ヤンセン展」、そして常設のロダン館で、久々の美術展観賞を楽しめて満足。ミュージアムカフェでいただいたランチも素敵だったし、くつろげた。

 

静岡県立美術館にて

 

結構、長い時間をこの建物内で過ごし、私たちはようやく帰路についたのだった。

 

清水から、まっすぐ帰るのがちょっと嫌だな、と思うようになっている自分に気づく。どこかに立ち寄って、気分を変えてから帰りたい。夫とクルマで来ているときはそれが可能になるから、そう思うのかな。新幹線でひとりで来たときは、まっすぐ帰りたい、むしろ一刻も早く帰りたい、と思うのに。

 

甘えている?いや、せっかくふたりでお出掛けしてるのだから、楽しい時間も作らなくっちゃね、という思いかな。静岡の美しい場所を、夫に紹介したい気持ちも少なからずあるしね。

 

でも、夫は早く帰りたかったかも。笑
帰った翌日、軽く熱中症のような症状を見せた彼に申し訳ない思いを抱きつつ、もう少しこのプロジェクトに付き合ってね、と心で手を合わせる。また美味しいお寿司を食べようね(*^^*)

 

さあ、日常に戻ろう。
やることがいっぱいだ!




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娘たちと海を見ながら・・・

 

私たち夫婦にはふたりの娘がいて、長女は9年前に結婚し、遠方で暮らしている。
彼女と婿どのの間には3人の娘がおり、一番上の子は今年、小学校に入学した。

 

その子の初の運動会。先日、長女から「良かったら応援に来てくれない?」とお誘いがあったので、夫と私、次女の3人で駆けつけることとなった。

 

ちょうどその週末、婿どのの出張が重なってしまったのだ。長女ひとりで4歳児の双子を連れて応援に行くのも、記録ビデオを撮ったりするのも、そりゃさぞ大変だろう、と。

 

もちろん、初孫の初運動会をこの目で見たい、という気持ちもあった。また、彼の地で暮らす我が娘の日常に少しの時間でも寄り添って、元気に幸せに毎日を送ってくれているかを確かめたかった。

 

1年生になった孫娘は、双子の妹たちが生まれたとき、我が家に半年近くいたし、娘の入院中は私が母親代わりをしていたので、なんだかもう、自分の3人目の娘のような気にもなっていたりする。

 

✻当時のことを書いています↓

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5年前なのね。あのとき2歳児だったあの子が、もう小学生。なんとも感慨深い。

 


さて運動会。かけっこや玉入れ、リレー、ダンスの演目で頑張ってくれた。真剣な顔も、楽しんでいる顔も、みんな良い表情だった。

 

何一つ見逃したくなくって、私は小鳥を探すときのメガネをかけて、孫娘を探し続けた。だって、みんな同じ紅白帽、体操服姿なんだもの、見つけるの大変なのだ。

 

婿どのの母君も、クルマで駆けつけてくださった。一緒になって「どこにいる?」「あそこ、後ろから2番目」「おったおった!」とかね。ダンスのときなんて「すごい決まってるやん!」「めちゃくちゃ上手ですよね!」なんて、〇〇バカ丸出しのオバアチャンズである。笑

 

長女はホームビデオを撮りながらも、案の定、4歳児双子の世話に忙しい。
「お姉ちゃんの応援をするんだ」と張りきっていた双子だが、退屈すればわがままも言うし、トイレもふたり一度には行きたがらない(つまりいっぺんにはすまない)。夫も次女もオバアチャンズも交互に相手をして、なんとか運動会を無事楽しむことができた次第。

 

前日の雨が嘘のように空は晴れ渡り、木陰は涼しく風は爽やか。お天気に恵まれた本当に良い運動会で。その後、婿どののお母さんに連れて行っていただいたレストランでのランチも含めて、思い出に残る素晴らしい一日だった。

 


翌日は、私たちの帰る日。孫娘たちはそれを「さみしい」と何度も言ってくれた。そして当日、お別れの前にみんなで海を見に行こう、という話になった。

 

煙樹ヶ浜。
サイダーがはじけるような音のする、綺麗な波打ち際だった。時々日が差す曇り空。水平線近くの海の色は、私が見慣れた駿河湾とは全然違うな、と思った。なんというか、優しい色だ。

 

夫と娘たちと孫娘たち。みんなで海を見られたことは、きっと一生忘れないだろう。遠い日、まだ幼い娘たちを連れて、今は亡き父母と清水の三保の海岸へ行ったことを思い出す。探せばどこかに写真もあるはずだ。懐かしいなあ。

 


この小さな旅で、長女の様子も全てではもちろんないが、だいたいのところは知ることができた。

 

去年からパートタイムの仕事を始めた彼女。仕事帰りに保育所に双子を迎えに行き、続いて学童保育の長女をお迎えに。帰って座る間もなく夕食の準備。婿どのは教員で部活指導もしており、すこぶる忙しく、週末も仕事、ということも少なくない。

 

やっぱりね。幸せなんだろうけど、かなり疲れているなあと、長女を見ていて感じた。3人の幼い娘たちは、可愛いけどまだ手が掛かる。そして、すぐに喧嘩が始まる。

 

「叩いたりするのよ。さっきまで仲良く遊んでたと思ったら、あっという間に険悪」

 

打ち寄せる波を眺めながら、長女はふぅとため息をつく。

 

「それでね、ほら見て。あんな風にまたベッタリ一緒にくっついてるの」

 

まるで恋人同士のように、ぴったり寄り添って浜を歩く4歳児の双子。でも確かに、私もこの短い滞在の間に激しい喧嘩を何度も目撃した。

 

「ママー」と泣きつかれる長女。怒って泣いて訴えてくる幼子たち。仲裁も親の仕事だ。理由を聞いたり、ひどいことをしてはいけないと諭したり、仲直りの方法を教えたり。毎回これでは、大変だな・・・

 

「もう勝手にして!と放っておくこともあるよ。何度言ってもやるんだもん」

 

そんなことを打ち明ける長女。だよね・・・

 


私の娘たちは、4歳差ということもあってか、ほとんど喧嘩をしたことがない。少なくとも、叩いたり蹴ったりなんてしたのを私は見たことがない。小さい頃から今に至るまで、ずっと仲の良い(良すぎなくらい?)姉妹で、私はラクをさせてもらったのだなあと、つくづく思う。

 

しかし、きょうだい喧嘩の経験のない長女は大変だ。どうしてこんなに激しい喧嘩をするのか理解できないし、その後ケロリと仲良く笑いあっているのを見ても混乱するらしい。心がかき乱されるようだと、苦笑する。

 

子育ての悩みは私にもたくさんあったはずだが、ありがたいことに思い出すのは楽しかったり面白かったりしたことばかりだ。長女にもそんな日が来るのかな。きっと来るよね。だって、孫娘たちはみんな、あんなに可愛くて良い子なんだもの。

 

子どもって、暴君にも悪魔にも策士にも見えるときがあるが、基本、天使なのだと思う。そしてすぐに大きくなってしまうのよね。置き土産はいつも、可愛い笑顔。

 

「今日の素敵」を見つけて、子どもたちと過ごせる日々を、二度と帰らない一日一日を、大事に大事にしてほしい。

 


次女が笑顔でこちらを見ている。愛しの姪っ子たちに囲まれて嬉しそうだ。みんな、綺麗な貝殻や石を拾ったりしている。カドのとれた、丸い平らな石が可愛い。

 

夫と他愛もない話をしながら、私も三つほど石を拾った。今日の思い出に持って帰り、日付と場所を書いておこうかな、と。

 


ところで、なんともう6月になってしまった!
5月は母の日があり、結婚記念日があり、HIDEKIの命日があり、母の命日もあって、ここに書いておきたいことがたくさんあったのに、時間が取れなかった。残念・・・

せめて、ローズガーデンに行ったときの写真だけでも、記録として載せておこうと思う。
豊田市にあるガーデニングミュージアム「花遊庭」で、今年も薔薇の香りに包まれることができた♡
幸せなことだよね。全てに感謝!

 




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自分をちゃんとケアしているかな?―風薫る5月に思う

 

朝、ベランダに出るとなんとなく良い香りがする。外を歩いていても、どこからともなく花の甘い匂いが漂ってくる。清々しい、青い匂いも。ああ、5月なんだな、と思う。まさに、風薫る・・・

 

お花見に始まった4月はその後も予定が重なって、いろいろなことが起き、なんだか目まぐるしく過ぎていった。ここに書いておきたい出来事もいくつかあったのだけど、時間がなく焦っていたり、疲れて脱力していたりで、落ち着いて記録する余裕がなかったのが残念。

 

体調崩していた時期もあったしなあ。疲労困憊してからの回復力が、年々落ちているのを認めざるを得ない。

 

若い頃から私は、連日予定を入れるのが苦手だった。友人たちが遊びに誘ってくれるのは嬉しいのだけど「いつが空いてる?」と言われるたびに「えーっと、どうしよう」と思ってしまう、ノリの悪いヤツだったっけ。

 

予定の入っている日を提示され、「その日はちょっと」と言うと「じゃあ、その次の日は?」とくる。ああ、レンチャンは疲れるなあ、というのが本心。忙しくした日の次の日は、家で休んでいたいのだ。

 

人と会うのは楽しい。でも楽しいことも疲れる。
リフレッシュするけどストレスにもなるのだ。遊ぶのもほどほどがいいな。

 

体力のあった20代の頃からそうだったんだもの。アラカンになってる今は推して図るべし、である。それにしてもちょっと虚弱だなあ、私。

 


去年の秋から始めた通信講座。その課題の制作にかなりの時間を割いている。でもこれ、私の温めている小さな夢の卵のひとつを孵すために始めたこと。好きなことなので時間を忘れて夢中になってしまう、というのが正しいか。もはや、これが日常のベース。提出後に審査してもらってる間の数日が、他の制作に充てられる自由時間になっている感じ。

 

早く次のステージに行きたい。という焦りに似た思いもあって、年甲斐もなく頑張ってしまう私。休憩を入れることも忘れる。時には食事も。気付けば目も指関節も悲鳴を上げているありさまだ。頭痛もし始めていた。

 

そんな折、夫と久しぶりに行ったスーパー銭湯は気持ち良かったなあ。岩盤浴で額にじんわり汗を浮かべて、何にもしない時間を愉しむ。いくつもの種類のお湯で、体中のこわばりがほどけていくのを感じる。一番嬉しいのは、帰りの生ビールね。今日は晩御飯作らなくていいっていうのも、ほんと幸せ。笑

 

楽しいお出掛けもした。野鳥に会うために、海上(かいしょ)の森までシェアカーでドライブ。葉が生い茂る季節は、なかなか小鳥の姿を見つけられないんだけどね。三毛猫柄のヤマガラさんが、沢で水浴びしている姿を発見できたのはラッキーだった♪ただ、撮影は間に合わず、残念!

 

駐車場から結構歩いたのだけどね。それが森全体のほーんの一部だと知って驚いた。どれだけ深い森なんだ。それでも、多分あれはオオルリさんだと思うんだけど、メロディアスな美しい歌声を聴けて良かった♡

 

そうそう、お馴染みのウグイスくんも本当によく鳴いていた。澄みきった伸びやかな声。これまで聴いてきたたくさんのホーホケキョの中で、最高の歌の上手さなのではないかな。あまりにも完璧で拍手したくなるほどだった!

 

海上の森の画像

海上の森

 

野鳥観察(歌声鑑賞?)の後、そのまま足を延ばして香嵐渓へ。新緑の猿投グリーンロードを走れて嬉しかったなあ。香嵐渓はこの地方では紅葉狩りで有名な観光地なのだけど、青もみじも秋に負けていない。素晴らしかった。キラキラと輝く若葉のまぶしさといったら!

 

香嵐渓の青もみじの画像

香嵐渓の青もみじ

 

私は人混みが好きではないので、お出掛けはなるべくゴールデンウィークを外したい。そんな思いも4月を忙しくしていた要因かもしれない。野鳥と青もみじの感動も冷めやらぬまま、私は清水にも行ってきた。数か月に一度、実家の片付けのため通っているのだが、前回は12月だったから、なんと4か月ぶりとなってしまった。

 

12月のときは夫とクルマだったけど、今回は新幹線を利用し、私ひとりで。なんというか、着いて家中の窓をあけて風を通し、水道の栓をひねり、布団乾燥機をかける、というところまでで、すでにヘトヘト。伯母やご近所さんに挨拶して、近くのローソンで夕食を買って戻ると、グッタリしてもう何もできなかった。頑張りがきかなくなってきたことを実感する。

 

交通費をはじめ、光熱費とか固定資産税とか駐車場代(近くにコイパがないため月極で借りている)とか。清水の件でかかるコストのことは、ある程度仕方ないと思っていたけれど、もう体力的にもきつくなってるなあ。そういつまでも通えない。この家のこともそろそろ決着をつけないと。

 

そんなことを考え始めると寝付けなくなり、疲れのとれぬまま翌日も草取りと断捨離にフル稼働。その晩も全然眠れず、早朝、雨の中、7つのごみ袋を指定場所に出したら、もう息も絶え絶え。父母の遺影に「ごめんね、今回はここまで」と謝り、午前中に逃げるように帰ってしまった。

 

案の定、翌日は寝込んだ。疲れると弱い場所にガタがくると聞くが、私の場合は片頭痛、腹痛、耳鳴り、といったところか。今回は歯茎にも痛みがきた。これが、痛み止めの薬を飲んでも保冷剤やアイスノンで冷やしてもおさまらない。微熱まで加わって弱りきった。

 

運よく、翌日がデンタルクリニックの予約日だったので、2か月に一度の定期健診とお掃除に加え、痛む箇所を診てもらった。歯周ポケットがかなり深くなっているらしく、翌月に麻酔をかけて深いところをお掃除しましょうと言われてしまい、ゲンナリ。コワイ。ほんと、疲れるとろくなことがない~。涙

 

その翌日は、次女が泊まりに来た。彼女の誕生日は過ぎたけど、お祝いがまだだったので、週末を一緒に過ごそうということになって。27日。ゴールデンウイークが始まった日だ。

 

一緒にケーク・サレを作りたいという次女のリクエストに応え、何年振りかでパウンドケーキ型2本、焼いたのだった。昔はあんなに頻繁に作っていたのに、もうすっかりやり方を忘れている。レシピ本と首っ引きで作った。娘とキッチンに立つのはやっぱり楽しいね。美味しくできて良かった。KEN NISHIOのバースデーケーキも素敵だったし♡

 

ケーク・サレの画像

春野菜とソーセージのケーク・サレ

 

ゴールデンウイーク中、イベントはこれだけだったなあ。歯科で処方された抗生物質と頓服薬のおかげで、娘が帰る頃には歯茎の痛みもとれ、私は課題の制作に没頭した。

 

学ぶ喜びはいくつになってもあるのね。本科から高等科に進んで4か月。ここでの最後の課題を無事クリアしたい。

 


連休のあけた一昨日、気分転換に外出することにした。夫は実は今、仕事でトラブルに巻き込まれて大変なことになっている。市主催の法律相談に行くというのに付き合って出掛けたのだった。30分ほど待って、その後、一緒にショッピングモールへ向かう。

 

「プラネタリウムに行ってみようか?」
少し元気のない夫を励ましたい気持ちもあって、誘ってみる。私自身も、一度入ってみたかった「コニカミノルタプラネタリウム 満天」だ。

 

コニカミノルタプラネタリウムの画像

コニカミノルタプラネタリウム 満天

 

プラネタリウムは時々行きたくなる。でも最後に行ったのは10年くらい前になるなあ。名古屋市科学館にある内径約35メートルという世界最大のプラネタリウムが気に入っていた。実はここのドーム設計から施工、システム機器・音響機器の納入まで手掛けたのはコニカミノルタだったということを、今頃知った。

 

コニカミノルタプラネタリウムのどこがどうすごいのか、技術的なことはよくわからないけれど、リクライニングシートを倒して、美しい映像と音楽に全身を包まれるかのような没入感、この心地良さはクセになりそうだ。フワッと浮遊感を感じる瞬間もあり、これはなんとも不思議な体感。

 

私たちが選んだプログラムは『水の惑星‐星の旅シリーズ‐』LEDドーム用リマスター版だった。星空や宇宙だけでなく、南国の綺麗な海の風景や月が創り出す虹の映像などもあり、リラックスできるけど退屈はしない内容だったと思う。40分間、短かったな。他にもたくさんの上映作品があったし、また行ってみたい。

 

planetarium.konicaminolta.jp

 


プラネタリウムで美しいものを見て、リフレッシュできて、さぞやよく眠れるだろうと思ったのに、この晩、私は全く眠れなかった。なんなんだろう。やっぱり夫のことが心配なのだろうね。

 

それで、寝不足の昨日はまた一日、パフォーマンス悪く過ごすことになった。
睡眠、ほんと大事。ちゃんと良い眠りを得られれば、多少の疲れや不調は回復する。それに、夜眠れないと、悪いことばかり考えてしまって心まで傷つけていく。

 

大好きな5月はまだ前半。これからもっと、この美しい季節を楽しみたい。そのためにも自分のケアを怠らないようにしよう。疲れるから何もしないということでなく、疲れすぎないようにする、疲れたら休む、頑張ってくれた自分の体に「ありがとう」を言っていたわる。つい忘れがちだけど、気をつけたいと思う。大きく深呼吸。

 

昨夜はおかげさまでよく眠れて、今日は快調♪
朝からサラサラと風が流れ、明るくキラキラした5月らしい光に包まれる一日だった。
爽やかな風を心にも通して、体と相談しながら上手くギアを切り替えている。この調子、この調子!

 

ふと目を上げた先の本棚に、先月お迎えした美男子くんがいる。嬉しいやり取りの末、はるばる四国から我が家にやって来てくれた編みぐるみさん♡そう、忙しかった4月だけど、楽しいこともたくさんあったんだよね。

 

大丈夫。きっとこれから、もっともっと良くなっていく!

 

 

 

ぴできくんの画像

目が合うとほっこり。誰かわかる?

 

✻空に浮かぶオブジェ・・・
ちょっと不思議な冒頭の写真は、プラネタリウムの上映前に撮ったものです。

久しぶりの更新になりました。長文、申し訳ありません。
さらっと近況報告的に、と思っていたのに、書き出すとつい長々となってしまって。
次は短く書きます。笑

良い季節になりましたね。
皆さま、どうぞ頑張り過ぎず、お元気に楽しくお過ごしくださいね(*^^*)




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