一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

レトロな佇まいを味わった半田の町

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移り気な秋の空を、毎日気にして見上げている。出掛けたいところがいろいろあるのだが、できれば暗い雨の日は避けたいのだ。そして昨日の土曜日、みるみる雲を押しやって昇ってくる太陽を見て、お出掛け日和を確信。夫と二人、義父のお見舞いに美浜町の病院を訪ねた後、かねてから訪れてみたかった町、半田へ向かった。

 

まずは118年前につくられたビール工場の赤レンガ建物。ジブリの映画『風立ちぬ』にも出てくるカブトビールが、ここで作られていた。

 

このビール、なんと1900年パリ万博で金賞を受賞したそうである。この幻のビールを再現した復刻版を、明治時代と大正時代の2種類、併設のカフェで味わってみた。色も香りも味もそれぞれの個性が楽しく、とても美味しい。レトロなラベルもいい味わいだ。

 

時代を経た渋い色味が魅力的な赤レンガの建物は、横浜赤レンガ倉庫などを設計した妻木頼黄(つまきよりなか)によるもの。明治時代のこの町の人たちには、さぞや自慢の建物だったことだろう。カブトビールにしても赤レンガ建物にしても、今のレトロはかつてのハイカラ、ということを感じさせてくれて心楽しい。

 

ここから半田運河を目指して、紺屋街道を歩く。紺屋とは江戸時代の染物屋のこと。当時から酒造業が盛んだった半田は、江戸や大阪に海路で酒を運んでおり、港に出入りする千石船の帆を染める染物屋がこの界隈に何軒もあったとか。現在はゆるやかなカーブを繰り返す静かな細い道だが、かつてはこのあたりのメインストリートであり、賑やかに人の行き来があったそうだ。

 

『ごんぎつね』で有名な半田市出身の童話作家新美南吉も、この道をよく歩いていたとのこと。黒塗りの板塀や石垣、大樹のある寺社など、当時の名残をところどころ感じさせてくれる古い道は、ゆっくり散策するのが好きな私にはぴったりだった。

 

清酒「國盛」で有名な中埜酒造の博物館である「酒の文化館」や、豪商・中埜半六の邸宅や庭園を眺めながら、ミツカンのマークが白抜きされた黒塗りの醸造蔵が立ち並ぶ半田運河へ。広々とした運河は穏やかな表情をしていて、傾き始めた陽の光を照り返していた。特産の酒や酢が、ここから江戸などへどんどん運ばれていったのだ。足を止めて、風に吹かれながらしばらく眺めいっていた私。気持ちのいい場所だった。

 

今回はパスしたけれど、ミツカングループ本社の敷地内にある「MIZKAN MUSEUM」も、半田散策では人気スポットのようである。また、赤レンガ建物では毎月第4日曜日に「半田赤レンガマルシェ」を開催、地元の野菜やスイーツ、クラフトなどが集まり、生産者や作家たちと交流しながら買い物やワークショップを楽しめるという。

 

町歩きだけではない。前述の新美南吉の生家にほど近い矢勝川の堤には、300万本の彼岸花が咲き誇る一帯がある。秋のお彼岸の頃、ぜひ一度訪ねてみたい。

 

久しぶりに1万歩以上歩き、正直とても疲れたけれど、なかなか充実したウオーキングだった。歴史を感じながら知らない町を歩くのは、趣があって良いものだ。

 

朝お見舞いに行った義父の回復を祈り、一抹の切なさを抱きながらの散策でもあった。夫と二人並んで歩きながら、他愛ないことを喋ったり黙ったり。

 

「お義父さん、昔はよく、ひょっこりクルマで遊びに来てくれたよね」

 

もうそんなことは二度とないのだ。あの頃……子供たちは小さく、私たちはとにかく忙しく、そして親たちはまだ若く、今よりずっとずっと元気だった。長女が初めて歩いた日、義父はうちに来ていて、手を叩いて喜んでくれたっけ。

 

昨日の朝から、次女は嫁いだ長女のところへ泊りに行っている。なので、私たちはこの日、帰宅時間を気にする必要はなかった。気が楽でもあるが、少し寂しくもあり。時代の流れを想う散策の帰り道、我が家での時の流れも感じた。