私は静岡県の清水(今は静岡市だが、当時は清水市)で生まれた。父が転勤族だったため、この町で過ごした年月は短く、今も付き合いのある友人というのはいない。でも、約30年前に両親がこの地に居を構えてからは、私のふるさとはやはり清水なのかな、と思っている。
二人きりで暮らす両親は、今もう80代になっていて、病歴も華やか(!)だし現在も複数の病や後遺症に悩まされており、揃って障害者手帳も持っている。はっきり言って、不安でしょうがない。いつもとても心配しているのだが、実家までDoor-to-Doorで3時間。なかなか帰れないのが実情だ。
前回訪れたのは、3月。曾孫の顔を見てもらうために、長女一家の旅に同行したのだった。あれから7カ月。今回は次女の提案で、彼女と二人で老夫婦の様子伺いに行ってきた。
いつも悩むのが、泊まるかどうかということ。母の負担にならないよう、前回も今回も宿泊は最初、遠慮していたのだが、「泊まっていきなさいよ」と言ってくれたため従った。近所に住んでいれば、そんなことを気にせず、頻繁に会いに行けるのだろうけど。
どうなんだろう。行くことが迷惑になっていないだろうか。あれこれ先回りして準備したいのに、それができないことを気に病む、そんな母の性格を思うと、どうしてあげるのが一番良いのかわからなくなってしまう。不甲斐ない娘なのだ、私は。
「一緒に清水に行こう」と次女が言ってくれて、私はもちろん嬉しかった。でもきっと、弱った祖父母を見て、次女が気落ちするのではないかとも思った。だから、合わせ技でお楽しみも用意しようと考えた。翌日、東京・自由が丘を一緒に散策する、という。
何故、自由が丘?
それは、ふと思いついただけ。でも多分、私が彼女くらいの年齢だった頃、楽しく過ごした経験があったからだろう。あの可愛らしい町が今どうなっているのか、私自身が確かめたかった気持ちも強い。
そんなお楽しみも待っていたせいか、あるいは次女と一緒で少し気が楽なせいか、清水に向かう私の心は久し振りに晴れやかだった。空も秋晴れ。
そして、実家に着けば両親は笑顔で迎えてくれた。あちこち不具合を抱えながらも、なんとか二人で支え合って暮らしている様子に、ひとまず安堵する。
前日、頑張って庭の草取りをしたと言うので、そんな無理をしなくて良かったのに、と返したら、頑張れたことに達成感があり、嬉しいのだと言う。思っていたより気丈で、なんだか救われた。
父は腰の痛みが続いているらしい。私は早速、持参のアロマオイルを用いてマッサージする。そういえば、この父には子どもの頃から「揉むのが上手い」と褒められていたっけ。
横たわり、目を細めながら昔話をする父。ちょっと説教混じり。その老いたからだから辛い痛みが消えてなくなりますようにと祈りのハンドパワーを送りながら、私はわざと軽口をたたいていた。
一方、次女は持ち前の明るさでおばあちゃまのハートを鷲づかみ。二人でガールズトークよろしく、きゃっきゃっと何時間でも笑っていた。
「こんなにおしゃべりしたこと、最近ないわ。顎が筋肉痛になりそう」と母。
「もーメチャクチャ楽しい。だって、おばあちゃま、可愛いんだもん」と娘。
この二人、気が合うのだろう。ちょっと妬けるくらいだ。(笑)
翌朝、二人に別れを告げて、私と娘は東京へ向かう。静岡から新横浜まで、新幹線で44分。11時頃出発しても、ランチタイムを自由が丘で過ごせる。静岡に住むのもいいかも、なんてね。
自由が丘は思っていた通り、30年前の面影はなかった。道・・・全然、わからない。
次女がスマホを駆使して案内してくれなければ、一人では楽しめなかったかもしれない。昔はこんなにお店の数はなかったし、人もこれほど歩いていなかった。
でもやはり、お洒落な佇まいの建物や、ディスプレイの素敵なお店がいっぱいで、女の子好みの町であるという点では変わりない。駅前だけでなく、住宅街まで足を延ばしても、フォトジェニックなスポットがたくさんあった。そうそう、“自由が丘のヴェニス”と謳う「ラ・ヴィータ」は、昔、名古屋にあったイタリア村を思い出させた。
オープンエアのテラス席で、秋の風を感じながらのランチ(ワインも)、雑貨店巡り、可愛いカフェでの休憩。心の弾むお散歩タイムだった。予報になかった雷雨さえ、楽しい思い出になりそう。
ピーターラビットだらけのカフェの窓際で、雨の音を聞きながら、娘といろんな話をした。
「一緒に清水に行ってくれて、ありがとうね」と言えば、
「なんでお礼?二人に会えて嬉しかったし、すんごく楽しかったよ」と娘。
「早く彼に会いたいでしょう」と聞けば(この後、娘は彼氏とデート)、
「今はお母さんといられることが嬉しいから」と娘。
「次はお父さんとお母さんと彼と、4人で自由が丘に来ようね」だって。
長女といい、この次女といい、性格の良さは誰に似たの?夫譲りなのだろうか。物事を良い方に捉え喜べる力、素直になんでも面白がれる才能は、頼もしい限りだ。私も見習いたい・・・。
ふと、思う。親孝行って、なんだろう。
私はずっと、親に心配や迷惑をかけ通しだったという負い目がある。あまり自慢できる娘ではなかった。大人になってからも、旅行にも連れて行ってあげられていないし、相変わらず心配ばかりかけている。
もし、私に親を喜ばせるものがあるとすれば、それは二人の娘たちだけだ。あなたたちの孫をこんな良い子に育てたよと。それだって、夫の力かもしれないが。
東京駅。改札で次女に見送られながら手を振った。彼女はこの後、彼氏と食事をし、翌日は一緒にボーリングをするのだそうで。
仲良しでいいね。遠距離恋愛、切ないけど楽しいよね。その笑顔があれば大丈夫だよ。そう、心でつぶやく。
娘たちが日々、幸せな気持ちでいてくれる。私にはそれが一番の願いだし、何よりの親孝行だなあ、と実感するのだ。もしも私の両親もそう考えてくれているとしたら・・・?
私も娘たちを見習って、もっともっと幸せ上手にならなくては、ね。
(いや、旅行に連れていけ、という父の声が聞こえそうだけど!)