一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

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雨と虹とサーフボード―ホ・オポノポノ手帳2023

 

たったひとりでも、誰かに頼らなくても、ハワイ伝統のヒーリングメソッドを実践することができる、SITHホ・オポノポノ。

 

2015年の秋、翌年の手帳「毎日を幸せにするホ・オポノポノ手帳2016」を新聞広告で見掛け、何か引き寄せられるように感じて入手したことが、私がこのメソッドと出合うきっかけだった。

 

tsukikana.hatenablog.com

 

そして今年も、来年のホ・オポノポノ手帳をお迎えした。
この手帳、23年版で10周年を迎えるそうである。私にとってはこれが8冊目。毎日の記録や計画を記し、自分との対話をするのに、今ではもうすっかり欠かせない存在となっている。

 

構成は毎年同じだ。巻頭のふたつの詩のバック写真と、この手帳オリジナルの新しいクリーニングツールの紹介、そして巻末のヒューレン博士とKRさんの対談だけが新しく、その外に目新しいものは全くない。

 

でも、日々のクリーニングを促してくれる“切り取れるメモ”と、あちこちに配されたホ・オポノポノの素敵なメッセージがあれば、私には今のスタイルで十分だ。欲を言えば、もう少し裏写りしにくい紙を使ってもらえると、とても嬉しいのだけど。

 


10月に入って、謎の頭痛が続いてはいるものの、少し身辺が落ち着いてきて、私は入手した手帳を改めて開いてみた。来年を共に過ごす相棒への、挨拶の気持ちも込めて。

 

今年の1月にヒューレン博士が逝去され、訃報を知った新幹線の中で、自分でも意外なほどショックを受けたのが、つい昨日のことのようだ。

 

tsukikana.hatenablog.com

 

あの後、2月には父も空へ旅立ってしまった。それから春が来て、夏が来て、秋になった今、来年の手帳を手に取り、何とも言えない複雑な気分を味わっている。窓の外の、冷たい雨のせいかもしれない。

 

手帳の巻末の対談は、ヒューレン博士が亡くなってどうなるんだろう、と心配していたが、生前の対談を収録したようだ。来年(24年版)はどうするのかな。

 

対談の題は「雨の才能、あなただけの才能」。どういう意味?と思ったが、読み進めていくうちにわかった。SITH創始者モーナ・ナラマク・シメオナ氏の「雨には雨の才能があるように、草にも木にも、それぞれの役割があります。そして、わたしたち人間にも」という話からつけられたタイトルだった。

 

さらに読み進めていくと、「平和を強く求める気持ちの裏には自分の恐れがある」という小見出しがあり、ここにも「ん?」と引っかかった。ここで言う「平和」とは、世界平和などではなく、自分ごととしての平和。つまり、心の平穏、安心して日常を過ごせる幸せ、を意味しているのだろう。

 

紙を1枚用意して、そこに今、あなたが恐れていること、不安なことを書き出してみましょう、とある。

 

A4の裏紙を持ってきて、試しに書いてみた。書き出すと、思っていたよりたくさん出てくるのだなと、少し驚いた。

 

健康上の不安、経済的な不安、この先の仕事や住まいのことから、人間関係、死生観に関すること、今後のコロナのこと、ウクライナとロシアの戦争、自分たちの身に降りかかりそうなエネルギー問題や円安、物価高・・・いくらでも出てくる。

 

具体的に不安であることから、漠然と恐れていることまで、本当にさまざま。大きな紙は、あっという間に埋まってしまった。

 


これまで生きてきて、心配ごとや困りごとというのは、手を替え品を替え出てくるものだと私は何度も実感してきた。まるでモグラたたきのように、ひとつ解決してもまた次の問題が現れてしまう終わりのないゲーム。

 

ここ数年は、問題の大半は高齢となった両親のことだった。病気のこと、手術・入院のこと、介護のことなどなど。どうなってしまうのだろうかと、常に怖かった。

 

そして・・・辛い別れがあって。
もう私には親のことで心配することはなくなった。いや、心配できることはなくなってしまった。

 

こんな言い方をすると誤解を招きそうだが、それはすごく寂しいことであるのと同時に、ほっとすることでもあるのだった。心配できる相手がいるというのは幸せなことだけど、心配するという感情はとても苦しいものだから。

 

先月は台風15号の被害で、両親の暮らしていた静岡市清水区では、断水が長く続いた。岐阜に住む弟と、現地の従兄弟たちに状況を訊ねたりして応援できることを探ったが、なんとか乗り切れそうとのことだった。小さく安堵しながら、もし父が生きていたら…そんなことも考えた。

 

心配しなくてはいけない親が、もういない。
それはやはり、ほっとすることでもあるし、寂しく切ないものでもあるのだった。

 


さて。
紙いっぱいに書いた、濃淡さまざまな不安や恐れていること。それをどうしたかというと、もちろんクリーニングをした。対談の中で、KRさんが丁寧に方法を教えてくれている。

 

まずは、内なる子ども、ウニヒピリ(潜在意識)に向かって話しかける。「愛しているよ。こんな思いを見せてくれて本当にありがとう」と。そして「クリーニングをすれば、手放すことができるんだよ」と優しく教えて安心させてあげる。

 

ウニヒピリに伝えたら、好きなクリーニングツールを使ってすぐにクリーニングをする。それを何度か実践したら、書き出した紙はびりびりに破き、ゴミ箱に全て捨てる。

 

・・・何というか、少し、解放されたような気持ちになった。
博士によると、その解放された場所に、私の本質そのものである「平和」が戻ってくるのだそうだ。そして、内側に平和が戻れば、外側にも平和を見つけられるようになるはずだと。

 

なるほど。ホ・オポノポノでよく聞く「平和はわたしから」というのは、そういうことなのね。

 


不安とか、恐れとか、そういうものが意識の表面に上がっていないときでも、私は(私たちは、かな?)気がつけばいつも、思考の中で漂っていたり、感情の昂ぶりに踊らされていたりしがちだ。

 

KRさんは、ポジティブであれネガティブであれ、感情の中にどっぷりと浸かっているときは、パニック状態の中に置かれていることを意味し、それはつまり、記憶の波にのまれて溺れている状態なのだ、と言う。

 

そして「溺れている!」と気付けたなら、ホ・オポノポノというサーフボードの存在を思い出して、と言うのだ。そのボードはどんなときでも現れ、働いてくれ、必ずわたしたちを本来の流れに戻してくれるでしょう、と。

 

サーフボードが出てくるあたり、さすがハワイだな♡なんて思ってしまった。サーフィンはやったことがないけれど、気付くだけで現れて働いてくれるポノのサーフボードなら、どんな波にも上手に乗って、人生を楽しく遊べそうな気がしてくる。

 


ところで、手帳巻頭のオリジナルクリーニングツールは、今回はレインボーカラーでペイントする、というものだった。もちろん、心の中で。「自分自身」を、あるいは「状況」を虹の色で塗ってみるのだ。

 

そういえば、2018年では「虹のかけらをふりまく」というツールだった。ホ・オポノポノは、虹も大好きなのね。

 

ハワイのことわざに「No Rain, No Rainbow」(雨無くして虹無し)というのがあるけれど、これもホ・オポノポノ手帳か関連書籍か、あるいはWebサイトで、引用されているのを見たことがある。

 

雨には雨の才能があり、役割があり、アイデンティティがあるのだと、巻末対談のタイトルを思い出し、いろいろ関連付けて考えていたら、私、すごくハワイに行きたくなってしまった。笑

 

外の雨は上がった模様。明日は晴れの予報だ。
私の心の中にも虹の橋がかかるといいなあ、なんて思いながら、来年の手帳を見つめた。

 


毎日を幸せにするホ・オポノポノ手帳2023

 

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