一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

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バブルを知らない世代に学んだチープ&シックという豊かさ

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ちょうど10年前になる。それまで家で仕事をしていた私が、外に「お勤め」することになった。印刷物を扱う小さな会社で3年弱、書籍編集のフォローや校正、広告のコピー書きやディレクションなどをさせてもらった。

 

従業員は社長を含めて8人で、私は社長に次ぐ年長者だった。つまり、みんな私より若かったのだ。20代がふたりもいた。お給料は安かったし、いろいろ問題の多い会社だったけれど、仕事はけっこう好きだった。そして、あの若い同僚たちとはとても仲良くさせてもらい、本当に楽しかった。

 

その後、フリーペーパーの編集者として転職した新聞社の部署内にも、20代の若い女性がふたりいた。ここでは私より年上のおじさまもたくさんいらしたけれど、幅広い年代層の人たちと日々、会社で顔を合わせるというのは新鮮で面白かった。

 

私は結婚と同時にフリーランスになったので、16年間、家にいたことになる。その間ずっと、日常では自分と同年輩かそう変わらない年齢の人たちとの付き合いがほとんどだった。仕事関係でもママ友でも。具体的には「トレンディドラマ」を見てた世代、というか、バブル時代が20代の頃だった世代、というか。

 

そうバブル時代。私たちは当時の良くも悪くも華やいだ気分を、どこかまだ捨て去れずに身にまとったところのある世代である。1986年12月から1991年2月までをバブル景気と言うそうで、92年2月頃まで多くの人が好景気を感じていたとされている。後半は私、初めての出産と子育てで、世の中の雰囲気とは隔絶されていたと思うけれど。

 

「いいなあ。私、バブルの恩恵なんて全然なかったんですよね。子ども過ぎて」

 

バブル当時の話をすると、職場で同僚からこう返ってくることが何度かあり、年齢の差をひしと感じたものだ。そして、20代の彼女たちはとても美しいのだが、とてもつつましいのである。

 

お昼ご飯はコンビニのサンドイッチと紅茶。あるいは持参のお弁当。服はプチプラのお店かヤフオクで安く入手。食器などの雑貨はほとんど100円均一で。ある女の子は基礎化粧品を手作りしていた。だって、化粧品って高いじゃないですか、と。

 

私はちょっと感動していた。それでも彼女たちは綺麗だったし、何より楽しそうだった。お金を使わなくてすむ楽しみを、たくさん知っていた。女子会向きの格安居酒屋にもよく連れて行ってくれた。コツコツ将来のために貯蓄して、ときどきはパーッと海外旅行をし、自分を磨く。この海外経験すらワーキングホリデーで、というツワモノもいたっけ。

 

私たちの世代はついつい無駄遣いをして「しまった」と思ったり、お金がないと何もできない、と悲観したりしがちなのではないだろうか。それもこれも、バブル景気の後遺症なのかもしれない。分相応、という言葉で何度自分を叱ってきたか。

 

なければないで、何とかなる。お金をかけずに工夫する。ちょっと切ないけど身の程をわきまえ高い買い物は諦める。お金がなくても決してみじめではない。ささやかな幸せをたくさん見つけて、日々を心地よく過ごす。人と比べない、妬まない。お金をかけなくてもお洒落はできる。

 

…彼女たちを見ていて、私が学んだことである。若いからできるのよ、とは思わなかった。むしろ、若いのに偉いなぁと感心した。見習いたいと思った。

 

去年読んだ吉村葉子さんの『フランス流 お金をかけずに豊かに暮らす方法』にも、フランス人の多くはチープ&シックに人生を謳歌して暮らしている、とあった。類似の本もよく売れているらしい。お金をかけずにシックに暮らすのは近年の流れのようだ。家計の苦しい我が家にとってありがたい流れではある。

 

しかし、ネットやテレビ、新聞や雑誌にも溢れる広告では、高価で素敵なものの写真が輝き、惹句が躍る。華やかな時代を知っているだけに、「いいものはいいよね」と心が揺さぶられる。情報もほどほどにしないと身が持たない、とばかりに、最近はシャットダウンする時間を多くとるようにしている私なのだった。煩悩との闘いは続く。