一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

朝日のあたる家

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立春を過ぎ、寒い中にも光の強さが感じられるようになってきた。日照時間も確実に伸びていて、夜が短くなったと感じる。待っていればじきに暖かい春が来る。この早春という季節が私は好きだ。東側にあるベランダの植物たちも、春を感じ始めている様子である。

 

今住む家は東を向いている。東向きの家に住むのは私、初めて。南側に窓がないということに、実は引越し前から不安があったし、昼間暗いとか洗濯物が乾きにくいとか、今も少し不便を感じている。

 

しかし、良いこともある。この家に来てから朝の楽しみができたのだ。それは、日の出を見られるということ。今年の初日の出も自宅のベランダから拝んだ。東の空を紅色に染めて、近くの森の中から煌めき昇ってくる朝日は、本当に美しかった。

 

最近は少し北寄りの、ちょうど遊園地の観覧車のあたりから昇ってくる。やはり美しいと思う。晴れた朝は、刻々と変わる東の空を眺めてつい時を過ごしてしまう。一日として同じ空はなく、見ていて飽きないのだ。そして部屋の中も桃色や橙色に染まっていて、ああ、ここは「朝日のあたる家」なんだなあ、と思う私である。

 

米国のトラディショナルソング「House of The Rising Sun(朝日のあたる家)」は暗く寂しい内容の歌だけれど、朝日を受けて輝く家、というのはイメージとして素敵なのではなかろうか。住む人にお日様の力が注ぎ込まれるような気がしてくる。

 

そう、確かに朝、このお日様の光を浴びていると元気が出るように思えるのだ。朝の支度の手を止めて、家族揃って東の窓際に集合してしまうこともよくある。本当に綺麗だねえ、と言いながら。そして、何か良いことが起こりそう、そんな嬉しい予感をもらいながら。

 

27年間住んだ家を離れたときの、年末の心細さを思い出す。新しい住まいでは、使い慣れないキッチンや浴室などに不満もあった。いつかは住み心地が良いと思えるようになるだろうか。暗くなりがちな気持ちを振り払うように、私たち家族は努めて明るく冗談を言い合い「楽しいね」と笑って過ごしてきた。そんな私たちを、朝のお日様は優しく励ましてくれているように感じるのだった。

 

寝室にしている西側の部屋にも窓がある。夏は西日に悩まされるかもしれないが、今は夕方、光が型板ガラス(デザインガラス)を通して入ってくる様子がとても美しい。鳥が飛ぶ絵の描かれた薄手の布をカーテン代わりにかけているのだが、キラキラした光を背景にすると「夕映えの海に飛び立つカモメたち」という風情になる。なんというか、清々しい気配が漂うようで、これもちょっと気に入っている。

 

南側に大きな窓のあった前の家は、冬は特に明るく暖かく、確かに過ごしやすかった。けれども、東と西に窓がある家というのも、また面白いものだなあと思う。早春のお日様の優しさと、そのさまざまな表現力に、最近ちょっと魅了されている私なのだ。