読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

娘の母であり、母の娘である私

f:id:tsukikana:20170227183915j:plain

 

早春の柔らかい日差しには、母性のようなものを感じる。包まれて、安心していつまでもウトウトしていたい甘やかさだ。懐かしい気持ちになり、しばらく浸っていたくなる。少し風邪気味ならなおさらで。

 

風邪をひくと、特別な匂いがずっと鼻についていることがある。私の場合、2種類あり、今鼻についているのは好きな方の匂いだ。学校を休んで布団で寝ていたときの気分がよみがえってくる。体はだるくてちょっと辛いのだけど、なんとなく平和で幸せな気分。今は遠くに住む母への、恋しさを覚えるような気分。

 

二人の娘を育てている間、私は本当に楽しかった。でも私の母は、私を育てながらどうだったんだろう。そんな風に考え始めると、あまり良い娘ではなかった私は申し訳なさに身がすくんでしまう。風邪をひいた日に優しくしてもらった記憶が、私の目頭を熱くする。

 

母と娘。いろいろな形があるとつくづく思う昨今だ。

 

一昨日、姪の結婚式に参列した。赤ちゃんの頃から見てきた彼女が、28歳の美しい花嫁になったことに、理屈抜きに感動した。

 

自分の長女の結婚式では、出番も多く緊張していたためか、思っていたほど感情は乱れなかったのだけど、今回は油断していた。毎年、年に何度か会ってきた姪とのこれまでの交流が、走馬灯のように思い出されてきて、涙が止まらなくなってしまったのだ。これには我ながらびっくりした。

 

極めつけは、花嫁からの両親への挨拶。私はもう、義姉の気持ちをそのまま感受するかのように、泣き続けた。

 

お母さん、ごめんね。そしてありがとう。

 

それは、ティーンエイジャーの頃、母への反発を繰り返した姪が、この旅立ちの日に改まって素直にお詫びをし、衝突はしたがそれでもいつも応援してくれたのはお母さんだったと感謝し、心からの愛を伝える、キラキラした言葉たちだった。

 

私は最初、自分は母の立場でそれを聞いて、感動して泣いているのだと思った。でも、どうも違うようだ。実は娘の立場で姪の思いを感受し、姪の言葉に共感していたのだ。

 

できることなら、人生の大切な節目の日に戻り、私も母に謝りたい。そして感謝の言葉とともに愛を伝えたい。

 

お母さん、ごめんね。そしてありがとう。

 

結婚式には遠くに暮らす娘夫婦も参列。我が家に2泊していった。賑やかで忙しい数日が終わり、今また落ち着いて、楽しい思い出が増えたことに感謝している。

 

テーブルの上には白い花。次女が結婚式のブーケトスでキャッチした花束だ。お友達を差し置いて身内がもらってしまったことに、次女本人は困惑していたのだけど、反射的に手を伸ばしてしまったのだ。お花は地面に落ちなくて嬉しかったのではないかな。

 

そして母である私は、そんな次女を見つつ「あなたもいつか嫁ぐ日が来るのかしらね」と、ちょっと複雑な思いで花の水を替えている。鼻についている風邪の匂いがまだ消えていないことに、少し安堵しながら。