一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

心に流れる挽歌と共に―「生きる」と「アラバマ物語」

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モノクロの映画を2本、観た。
黒澤明監督の「生きる」(1952年公開)と、ロバート・マリガン監督の「アラバマ物語」(1963年公開)だ。

 

「生きる」を観たのは、先日取材したドクターのお話にこの映画が出てきて、興味を覚えたからだった。志村喬演じる主人公が、「死」を前にして初めて「生きる」ことについて真剣に考え行動するというお話で、すごくスケール感があるというわけではないのだが、私はこの映画を観て自分の死生観が大きく動かされた、と感じた。

 

古い日本映画は実は苦手で、画面の暗さやセリフの不自然さに馴染めず、なんとなく避けてきたのだが、この作品は惹き込まれるように見入ってしまった。

 

光の使い方が上手なのだろう、モノクロだけど暗さはさほど気にならず。むしろ、モノクロだからこその陰影が、大切なシーンを印象深いものにしていて美しかった。

 

セリフは「やっぱり自然な感じではないかも。この時代を体験していないからね」と思いながら聞いていたが、そのうちに自然に聞こえてきたから面白いものだ。ナレーションも軽妙で、突き放した言い方がなかなか洒落ていた。

 

命のリミットを知ったとき、死ぬまでをどう生きるか。

 

重いテーマではあるが、登場人物の可笑しみのあるキャラクターと構成の妙が奏功し、単なる悲劇になっていない。でも、後からジンジン効いてくる感じで、「命」について考えずにはいられなくなる。

 

私はまだ生きていて、何かにまだ間に合う。

 

そう感じることができたから、考えずにはいられなくなるのだと思う。そんな優しさもこの映画は届けてくれていた。

 

これまでの私の死生観はどこかシニカルで、ちょっと投げやりで荒っぽかった気がする。どんな風に生きたって、人はいつか死ぬのだと。大したことじゃないよ、くらいに思おうとしていたような。

 

それは、実は大切な人を失うことへの恐怖の裏返しだったのかもしれない。自分にもいつか訪れる死。意識すれば急ぎ足でやってきてしまうような気味の悪さも、なんとはなしに感じていた。

 

考えたくないために、単純化し矮小化しようとしていなかったか。今、例えばあと3ヶ月の命、とわかったら、自分だったらどうする?

 

そんなことを考え始め、思索の世界を彷徨いだした頃、義父が他界した。

 

・・・あれから2週間以上が過ぎたけれど、心にまだ挽歌が流れ、「生きるとは、死ぬとは」との問いかけ、思いは複雑になる一方だ。

 

部屋中を南国のフルーツのような香りが満たした約十日間は、ずっと酔っているようだった。葬儀の折の供花を帰りにたくさんいただき、4つくらいの花瓶に活けて、我が家は俄かに花園のようになったのだが、その中で大輪の百合の花が、特に強く香っていたのだった。(この季節にすごく長持ちしてくれた)

 

そんな百合の香りの中で、「アラバマ物語」を観た。こちらは30年代の米国南部の小さな町でのある事件を描いた物語で、人種的偏見の根強さに対峙する、グレゴリー・ペック演じる弁護士の正義感と勇気と父性が光る名作。

 

人種問題を取り上げたモノクロ映画、ということで、こちらも暗く重くなりそうなものを、いやな重苦しさを全く感じさせないドラマになっていた。弁護士アティカスの素敵な人間性や、子供たちの好奇心と純真さがあまりにもキラキラしていたからだろう。

 

この映画、6歳の少女スカウトと、その兄ジェムの成長物語でもあり、闇夜の冒険や大人たちへの可愛い反抗など、微笑まずに観ろというのは無理な話なのだ。見てはいけないと言われれば見たくなるし、行ってはいけないと言われれば行きたくなるよね!それが子供というものだ。

 

生命力に溢れたような彼らの存在は、しかし、心無い大人がその気になれば簡単に摘み取ることが可能なはかない存在でもある。あわや、のシーンには戦慄した。

 

子供たち。

 

そうなんだ。子供たちを見れば、命がどんなに尊いものかということが、ストンと納得できるのだ。

 

あの日、義父の訃報を聞き、遠方から長女夫婦がお別れに駆け付けてくれた。生後4か月の孫娘を伴って。

 

不幸な出来事ではあったが、図らずも彼らと数日を過ごすという幸せを味わうこともできた。

 

生まれたばかりで頼りなく、抱っこするのも怖いくらいだったあの赤ちゃんが、もう寝がえりを打てるようになっていた。目が合うとニッと笑ってくれる。純真無垢な笑顔。長いまつげの下のキラキラした瞳。ほっぺたのてっぺんに宿る光。

 

やっぱり、生命ってすごい。生きてるって不思議。命って美しい!

 

この世に生まれてきたことに、理由があるのかはわからない。何のために生きているのか、なんて、おいそれと答えられるわけがない。しかし、死を軽んじてはいけないと思う。また、恐れ過ぎるのも違うと思う。

 

死は、生の先に必ずあるもの。誰にも等しく訪れるもの。

 

謙虚に受け止めて、今をただ、一生懸命生きよう。今生きていることに感謝しよう。

 

そんな当たり前のことを、義父の亡くなった後、噛みしめるようにつぶやいている。ちゃんとできていなかったから。

 

私はまだ生きていて、何かにまだ間に合う。・・・さあ、これからどうしよう?

 

思索の旅は続く。

 

あるHSPの仕事事情―この気質であればこその幸福

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8月も残すところあとわずか。夜になると虫の声も聞こえ始めた。しかし、やはり夏はしぶといね

 

殺人的な名古屋の暑さに加え、今年は例年以上にゲリラ豪雨も多い。それで例年以上に引きこもりがちな私の夏が続いている。

 

とはいえ、時には出掛けなくてはならないこともあって。先日はバスに乗って取材に行った。

 

ドクターをインタビューする仕事で、これが4本目。毎度、緊張する。そろそろ慣れてもいいのにさ、と自分に文句のひとつも言いたくなるが、まあ、HSPだから仕方ないか。

 

 HSP(Highly Sensitive Person=とても敏感な人)についての以前の記事。
 あるHSPの小さな決意―この「生きづらさ」を減らしていこう!(2017.2.14)
 不寛容の時代の空を見上げて(2017.1.17)

私はこの仕事を大切にしたいと思っている。しかし、仕事の前の段階がとてもしんどい。HSPという自分の気質に手を焼いているのだなあと、今回は改めて認識した。

 

当然のこととして取材準備はしていくのだが、取材そのもの以外の周辺部分で準備(?)をするのが常だ。深刻なことからくだらないことまで、もう、それはそれは様々な事態を想定し、その対応策をひとつひとつ考え、本番前に疲れている。

 

どんなことを考えているか、例を挙げると・・・

 

〇ドクターの都合で急に取材時間が変更となったら、どこで時間をつぶそうか?
(これは驚いたことに、この日本当に1時間、開始が延びたのだった)

〇今回はいつもより取材に立ち会う人が多いらしい。自分の位置取りに戸惑わないだろうか?
(大丈夫、スムーズだった)

〇取材は今回、日の入りの時間帯。日傘はいるか?雨が降るかもだから、晴雨兼用の折り畳み傘にするか?
(折り畳みで正解。帰りはひどい雷雨となった)

〇もしもこの後、皆で食事、ということになったら、地元の者として(関係者の皆さん、大阪や東京からいらしているので)近所のお勧めの店を調べておくべきか?
(終了後、現地解散だった・笑)

 

これはほんの一部。
もちろん、1週間くらい前から当日に着ていく服に悩むし、髪型にも悩む。暑がりだから、ペットボトルの水と保冷剤を用意する。長期予報で気温をチェックする。

 

そうして、「あと何日だ」と自分を追い込んでわざわざ緊張感を煽る。ただでさえ暑いのに、変な汗が出てくる。食欲が消える。やれやれだ。

 

しかし、いざ取材が始まると・・・これが不思議なのだが、パチンとスイッチが入り、緊張はものの見事に感じなくなるのだ。あっけないほどスムーズに進んで仕事が終わる。しかも多くの場合、楽しくさえ感じている。

 

ついさっきまでのあの緊張感は何だったんだ!

 

要するに取り越し苦労をあえてしているようなもので、気質もあるだろうけど、これはもう、ほとんど趣味だと考えた方がいい、とも思えてくる。取り越し苦労が趣味だなんて、嫌だなあ。

 

この仕事自体はまだ4回だが、私は取材というものをもう何十回、何百回もやってきた。思えば毎回、飽きもせず、こういう取り越し苦労を重ねてきたのだった。

 

なんでだろう。不測の事態が起こることが嫌いなのは確か。その場でパニックになりたくないから、思いつく全ての不測の事態に、時間のある限り対応策を用意したいのかな。やっぱりHSPだから?

 

でもなぁ。昔はもうちょっと、当たって砕けろ!的なところも、自分にはあった気がするのだけど。うーむ、トシのせいかしら。

 

ともかく、前述のとおり、私はこの仕事を大切にしたいと思っている。多分、好きなのだと思う。が、今回、好きかどうかではなく、向いているかどうかを改めて考えてみた。

 

動揺したり圧倒されたりすることが多い上に誤解されることも多く、社会で生きづらさを感じやすいHSP。こういう気質の人間には、取材とかインタビューとか、そういう仕事は向いていないのか?

 

・・・ううん。首を横に振るしかない。むしろ私は「インタビューって自分に向いているのかも」と思っているようだ。

 

時間配分をしながら進行していくのは性に合っているし、それは多くの場合、取材相手に喜ばれる。また、結構下調べをちゃんとしていくから、早い段階で相手の信頼を得やすい。

 

そして何より、相手が何を伝えたがっているのか、本当は何を聞いてほしいと思っているのか、どんな気持ちでいるのか、といったことが、なんだかとても自然に読めてしまうのだ。

 

インタビューに集中していくと、ふと自分が相手と同一人物になったような、不思議な浮遊感を感じていることがある。相手の話す生い立ちを、自分も経験しているように思えたり、価値観にすごく共鳴したり。ああ、私ならこの人の良さをもっと引き出せるぞ、そんな確信に近いものを感じることも。

 

インタビューが終わると、とてもスッキリした気持ちになっていて、早く原稿を書きたくて仕方なくなる。良いお話が聞けて楽しい時間だったな、とニコニコしてしまう。だからきっと、私にはこの仕事は向いているのだと思う。

 

もっとも家に帰れば、クラクラして、立っていられないほどの激しい疲労感に襲われるのだけど。そこはやっぱり、やっかいな気質なのだ。

 

まずは疲労を回復させることに専念。そこはだいぶ、慣れてきた。いつものルーティーンをして、ゼラニウムとラベンダーの香りに包まれて穏やかな気持ちで眠りにつく。後は、一人でゆっくり原稿に向かう至福の時間が待っている・・・。

 

HSPであることは大変なことも多いけれど、自分を理解し自分に合ったケアさえできれば、幸せを感じることも多いのだと、最近では肯定的に捉えることが増えてきた。この気質と上手く付き合って、これからも自分らしく仕事をしていけたらいいな、と思っている。

 


※こちら↓のサイトで、HSPであるかどうかのセルフテストができます。
The Highly Sensitive Person

私のセラピストは私自身

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どうして夏にイベントが多いのだろう。こんなに暑いのに。

 

知り合いから展覧会のご案内やワークショップのお誘いなどが届く。ベルギービールのお祭に行きたいね、と次女が言う。

 

ごめん。無理。仕事だったらともかく、そうでなければ私、頑張れないよ。こう暑くてはね。

 

結局、不義理を重ねたし、娘は友達とビール祭へ行った。申し訳ないが、仕方ないと思っている。
炎天下、駅までの徒歩15分が、私にはとても辛い。

 

夏は苦手だ。
昔からそうだったが、年々苦手度が上がってきて、恐怖すら感じるようになってきた。昔の夏よりかなり暑くなってきているしね。
許されることなら、秋が来るまでずっと引きこもっていたいくらいだ。冬眠ならぬ夏眠?

 

暑くなってから家にいる時間が長くなった。もうウオーキングすらダメで。
体がなまるといけないので、家でちょこちょこ、ストレッチや体幹を整えるエクササイズをしている。何日か続けると、やらないことが気持ち悪くて、いつの間にかルーティーンになっているのが我ながら面白い。前は三日坊主なヤツだったのに。

 

ルーティーンと言えば、他のことでも増えてきた。就寝前にアロマディフューザーで芳香浴をしながら夕刊を読み、そのままベッド脇までディフューザーを持って行き、眠りにつくこと。これを始めてからとても寝つきがよくなり、睡眠の質も上がった気がする。

 

そして大事なのが、ホ・オポノポノ。一瞬一瞬のクリーニングだ。
2年ほど前に実践してみようかなと思った頃は、とにかく忘れがちだったクリーニング。それを今では常に、当たり前のようにしている。

 

「ありがとう」
「ごめんなさい」
「許してください」
「愛しています」

 

この四つの言葉を、心の中で、口ぐせのようにつぶやいているし、部屋やベランダの植物たちはもちろん、買い物の行き帰りに目にする植物たちにも「アイスブルー」とささやく。

 

自分の中の潜在意識、ウニヒピリには、一日に何度も話しかける。朝、起きたら「おはよう」と言い、「今日はどんなことがしたい?」と尋ねてみる。何か出来事があれば「びっくりしたね、ウニヒピリ」とか「面白かったね」「うわあ、なんか気が重いよね」とか声をかける。返事はないけど、すっと落ち着く。

 

特に出来事が起こらなくても、何かの情報をきっかけにおしゃべりを始めだす表層意識とそれに伴う感情の動きについても、気づいた時点でウニヒピリに声をかける。これらはクリーニングする「記憶」なのだと、ウニヒピリが見せてくれているもの。だから「教えてくれてありがとう、ウニ。一緒にクリーニングしましょう」と言って、四つの言葉をつぶやく。

 

ネガティブな感情になったときはもちろん、ポジティブな心の動きにも注意深くクリーニングをする。それはワクワクすることを否定するのではなく、今心が動いたことそのものから自由になるために行うのだ。思考からの自由。判断からの自由。

 

本当に心というのはおしゃべりで、常に何かをキャッチしては昔の記憶を引っ張り出してきたり、思い出したがったり、先のことを心配したがったりする。
放っておくと感情のダダモレ状態になる。こういったもののために、本来届くべきインスピレーションが遮られている。そのためにクリーニングが必要なのだ。

 

ゼロの私に戻りたい。世界を整えたい。

 

それで私は、朝起きてから夜寝るまで、ウニヒピリに話しかけ、出来事や心の動きに対して四つの言葉をつぶやき続ける。眠っている間はできないので、その間の心の動き(夢、かな?)は表層意識の私に代わってクリーニングしてくれるよう、ウニヒピリにお願いしているところだ。

 

なぜこんなことを2年近く続けてきたのか、そしてこれからも続けていきたいと思っているのかと言えば、自由を取りもどせてきた実感があるからだ。

 

私をがんじがらめにしていたもの(ポノではそれはすべて記憶だと考える)。次から次へと襲ってくる不運や心配事、心身の不調から、人生を続けることに悦びを感じられなくなってきた不自由さ。むしろ、生きていることが面倒とさえ思えてくる気持ち。そういったものから、解放されてきている。それを実感しているのだ。

 

私の周囲の空気が澄んできた。だからインスピレーションがまっすぐ、ちゃんと届く。それを幼い頃のように、素直に受け止められる自分になってきた。

 

記憶をクリーニングすることをルーティーンにしてしまうと、小さな奇跡が毎日のように起こり、もう疑いようがなくなってくる。そうすると嬉しくなって(すごく楽しく幸せな気分になる)、ますますルーティーンが増えてくる。

 

だから、猛暑を避けて家に引きこもっていても、これで結構忙しいのだ。で、ニコニコしている。

 

3年前に心を病んで通院し、薬も飲んだ。ドクターのカウンセリングも、受けて良かったと思っている。お年を召していてもう引退されたようだが、人間味のあるとても良い先生だった。

 

でも、ポノをしているとつくづく思うのだ。
自分のセラピストは他ならぬ自分なのだと。

 

疲れ切ってしまって、誰かに自分の運命を委ねたらラクになれるかなあ、なんて思ったこともあったけれど、今は違う。

 

自分で自分を整え、幸せへと導いていこう、導いていけそうだと思っている。

 

波はもちろんあるが、全体的に人生は好転してきていると感じている。潜在意識(ウニヒピリ)をケアすること、大事にして愛することが、私が私を生きていくために何より大切なことだと、実感を伴ってやっとわかってきた。

 

この夏。あまり外には出ないけど、内なる自分を磨いていくよ!

 

糸始末まで、心を込めて

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器用な方ではないけれど、手芸とか工作とか、昔から私、結構好きなのである。仕事が忙しかったり、目が悪くなってきたりで、ほとんど何も作らなかった時期が長くあったけれど、最近になってまた、小さなものなら作りたいと思うようになってきた。まあ、シニアグラスをお伴に、だけど。

 

最近は、刺しゅうが楽しい。何十年ぶりかで、チクチク刺している。

 

昔、学校の授業で習ったから全くの初心者ではないし、色とりどりの刺しゅう糸、刺しゅう針や刺しゅう枠も、まだ手元にある。刺しゅう糸って本当に綺麗で、模様替えや引越しのとき、道具箱に入っているのを見つけるたびに、「ああ、この糸を使ってそのうちまた、何か刺しゅうしたいな」と思っていた。

 

ただ、「じゃあ何に刺しゅうをするの?」というところで、この案件はいつも「検討中」フォルダに戻るのだった。ハンカチ?クッション?ブラウスの襟?うーん・・・なんか違う。

 

刺したいものが、見つからない。それでもちょっと何かに刺しゅうがしたい。そんなぼんやりした気持ちに火を付けたのは、書店で手に取った一冊の図案集だった。

 

桜井一恵さんの、その名も『刺しゅう図案集 愛しの草花、雑貨、風景…、日々の暮らしのスケッチ』(日本ヴォーグ社)という本で、パラパラめくるうちに、すっかり惚れ込んでしまったのだ。

 

とにかく、そのテイストがとってもお洒落で、可愛い!
本当にスケッチ画のような刺しゅう作品で、ナチュラルな細い線と優しい色使いに癒される。よくぞこれを図案化してくれた、という感じだ。

 

というわけで、簡単そうなデザインからチクチクを始めてみた。とりあえず刺しゅうをしたいがために、特に装飾を必要としているわけでもないその辺のカバーとかに、チクチクしている。次女のお弁当袋を手作りしてあげることになったのも、単に私が刺しゅうをしたかったためという、よくわからない展開になっている。

 

ブローチも作ってみた。手持ちのどの服に合うのかわからないけど、まあ、シンプルな布製のトートバッグに付けても可愛いし、と思って。刺しゅうを合わせる相手をいろいろ変えられる、ブローチという形態は便利だな。

 

トレーシングペーパーに写し取った図案を、布にチャコペーパーとトレーサーで写す、という作業が一番、大変で苦手。麻布など目が粗い布を使うことが多いので、なかなかきれいに線が写らないのだ。水で消せるチャコペンでなぞって、何とか下描きらしくした。

 

チクチクするのは、本当に楽しい。一針ずつ、好きな色の糸を布に載せていく作業は大好き。昔、習っていたとはいえ、覚えているステッチはほんのわずかだ。桜井さんの本の後ろの方にあるステッチの説明を見て、「おお!なるほど。こうすればこういう形になるのか」と、感動しながら刺し進めていく。

 

そして、仕上がりが近づくワクワク感。でも実はこれ、嬉しいけどちょっと曲者で。

 

桜井さんの図案はシンプルだし、私は小さなものばかり作るのですぐに完成が見えてくるのだが、「あと少し」と思うと何故か心が先走り、焦ってしまうのだ。「次、こうしてこうやったら、出来上がり!」と思うと、夢中になってしまう。

 

で、刺しゅうした布の裏を見ると・・・「ああ!」となることがある。後で糸始末をするために放置してある刺し始めの糸(10cmほど)を、途中から巻き込んで刺しゅうを進めてしまっている。

 

こういうとき、やり直すかどうか一瞬迷う。裏だから、見えないし。

 

でも昔、学校の先生が言っていた言葉がよみがえってくるのだ。
「刺しゅうが上手な人は、裏も綺麗」
と。

 

別に学校に提出するわけじゃないし、裏を人に見せるわけでもない。でも、なんとなく気持ちが悪くって、結局、やり直す私なのだった。「ドンマイ。もっと落ち着いて丁寧に刺していこうぜ」と自分を励ましながら。

 

裏まで気を配って仕上げる。糸始末まで綺麗に整えて、刺しゅうは初めて完成なのだ。

 

私は仕上がりを急ぐあまり、変に焦るところがある。それは刺しゅうだけでなく、手芸だけの話でもなく、仕事においても家事においても、時々見受けられる性質だ。尻切れトンボ的というか、詰めが甘いというか、「もうこれでいっか」と最後に手を抜いちゃう。

 

それでこれまでの人生、何度残念な思いをしてきたことだろう。せっかくそこまでキチンとやってきたのに、最後の最後で台無しにしてしまうという残念さといったら。

 

「わかっているのに、なんでそうなの」
と自分を悔しがる。面倒くさがり屋のくせに、手を抜く自分であることは嫌なのだ。往生際が悪く、そこがまた悩ましい。そんな性格も自分でよくわかっている。だったら、面倒くさい自分が出てくるたびに、注意信号を出すしかないのだ。反射的に。

 

丁寧に仕上げよう。裏も美しい刺しゅうは、実に気持ちのいいものだからね。
うんうん、本当にそうだよね。面倒がらずに、最後までね。

 

仕上げの頃、自分の中で会話する。刺しゅう布の裏側の糸始末をしながら、最後まで気を抜かずに心を込めるということを、訓練させてもらっている私なのだった。ちょっと成長している。

 

散歩する。雨の日だけど?雨の日だから!

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6月も終わろうとしている。梅雨の真ん中にいるんだろうな、今。
外は雨。結構、降っている。

 

以前は、雨の日が苦手だった。できれば外に出たくなかった。
傘があると荷物が増えるし。靴も服も濡れてしまうし。
何より暗くてジメジメした雰囲気が嫌だった。

 

最近は・・・そうでもない。雨の音が好きだ。

 

明け方近くに、遠くで雷鳴が聞こえた今朝。
なんとなく、今日は雨の中を歩いてもいいな、なんて寝ぼけた頭で考えていた。
レインブーツをはいて、透明のビニール傘の下から落ちてくる雨粒を見上げ、鼻歌まじりに歩いている自分を思い浮かべて、悪くない、と思ったのだった。

 

通勤の電車やバスの中での、あの湿った空気と濡れた床、不機嫌そうな人たちの顔を思い出すと、やっぱり雨は嫌だなと思うし、今日も満員電車に乗ってお仕事に行った人たちにはなんだか申し訳ない気持ちになるのだけど・・・外に出かけなくてはならない用事がないのに、わざわざ雨の中を歩くために出かけるというのは、ちょっとワクワクする。

 

原稿をひとつ提出して、ひと段落。今、そんなホッとした気分だからかもしれない。気分転換に、傘に当たる雨音がうってつけな気がした。

 

時間ができたらやりたい!と思ってたことはたくさんあるのに、本を読むでも映画を観るでもなく、ちょっと雨の中を歩くことに、まず惹かれたのだ。

 

マンションの下の道はそこそこ交通量があり、クルマが通るたびに水を跳ね上げられないかひやひやする。が、少し進んで川沿いの道に折れると、リズミカルに歩を進めることができる。濡れた木々の香りが心地よい。

 

雨が降っていても、小鳥たちは結構活発に飛び回っているのに驚いた。
草木には無数の水玉が輝き、蜘蛛の巣にも細かな水滴がネックレスのように連なっていた。
雨で水量が増して流れの激しい小川の上を、カルガモが一羽、川のカーブに沿って低く飛んで行った。

 

外の世界は、なんだかとっても楽しそうだ。

 

出掛けたなら、ついでに買い物でもしてこよう、となってしまうのは主婦のサガか。ちょっと遠くのスーパーから荷物を持っての帰路となる。雨は上がっていた。

 

雨上がりのムッとした空気の中を歩くのは、あんまり楽しくなさそう、と思ったのだが、周囲を注意深く観察してみると、意外と面白いものが見つかることに気づいた。

 

体長25cmはあるカメが、川にかかる橋をノロノロと渡っていたり、雨が上がって虫たちが動き出すのを、野良のネコちゃんが狩りの態勢で狙っていたり。
生き物たちはいろいろなドラマを想像させてくれる。

 

誰も見ていないことを確かめて、水たまりに足を入れた私。なんだか楽しい。実はこれがやりたかったんでしょうと、もう一人の自分が呆れていたけど。
少し進んで、ふとその水たまりを振り返ると、小鳥が二羽、水浴びをしていた。

 

水田の若い緑を、フェンスの上から哲学者のような顔をして眺めていた大きなカラス。私が後ろを通るとき、横目で警戒したけれど、知らん顔して逃げずにいてくれた。信じてもらえたようで、ちょっと嬉しかったな。

 

深呼吸した。

 

あれもこれもと、忙しがっていた日々を思う。
駆り立てられる思いにいつも不安になり、気持ちが散らかっていたようだ。
次から次に立ち現れる出来事や感情に、私は振り回されていた。ニュートラルに戻れていなかった。落ち着け、落ち着け。

 

ほんの2時間ほどだけど、雨模様の景色の中を歩くことでセルフケアができた気がする。
見渡せば、世界はこんなに美しい。

 

ゆっくりと。でも快活に。「人生フルーツ」が心にしみる

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何やらとても良い映画らしい。今年のお正月ロードショーだったが、全国各地で上映延長、アンコール上映、再アンコール上映が続いている。評判の良さが気になって、一度は観てみたいと思っていた映画を、一昨日、夫と観に行くことができた。

 

「人生フルーツ」というタイトルは正直、ピンと来なかった。でもどこか心に引っかかり、だんだん気になってきて、軽やかなんだけど重いような、不思議なインパクトを感じさせる題名だと今は思う。ドキュメンタリーの映画はあまり劇場まで観に行くことはなかった私だが、今回は呼び寄せられるように出かけたのだった。

 

90歳のおじいちゃまと87歳のおばあちゃま。それがこの映画の主人公。東大出で建築家の津端修一さんと、妻の英子さんが、名古屋の隣、春日井市高蔵寺ニュータウンの一角で畑を耕し果樹を育て、ベーコンを作ったり料理をしたり、ほぼ自給自足と言える暮らしをしている。それだけの話だが、それだけではない。そういう映画だった。

 

敗戦を経験し、戦後の混乱、高度経済成長の暴走に翻弄された経験があるためかもしれない、夫婦の確固とした、自由だが頑固にも見えるライフスタイルが丁寧に描かれていた。自分たちの価値観を貫く意志の強さと、楽しそうな表情やチャーミングな笑顔との掛け合わせ。見事としか言いようがない。

 

野菜70種、果物50種って、老夫婦二人でお世話をするのも大仕事だろう。収穫して下処理をして調理する。忙しい忙しい。二人とも本当に「食」を大切にしているのだ。御飯もおかずもお菓子も、どれもとっても美味しそう。

 

いわゆるスローライフのはしり、なのだろうけど、これは筋金入り。ちょっとやそっとの覚悟ではとても真似できない。でも素敵。憧れる。全部は無理でも、自分でできる範囲で採り入れてみたいと思う。そんな暮らしだ。

 

夫婦の距離感がまた、いい。互いに尊重し、近づき過ぎない。それぞれが自分のやるべきことに集中し、それでいて相手を常に思いやり、とても仲が良い。素敵なカップルだなあ。

 

ナチュラルな映像も音楽も心地よくて、美しい世界観に心酔しそうになる。しかしこの映画、スローライフと仲良し老夫婦を描いているだけの作品ではないのだ。映画の中では、人生の示唆がいたるところに散りばめられている。ときに詩のような言葉の力も借りて。

 

 長く生きるほど、人生は美しくなる。

 

 すべての答えは、偉大なる自然の中にある。

 

 家は、くらしの宝石箱でなければならない。

 

世界的建築家たちの言葉だそうだ。修一さんはかつて、日本住宅公団のエースだった。

 

戦後、焼け野原の都市を見て「新しい時代のお手伝いは住宅再建しかない」と建築の仕事に打ち込み、各地の都市計画に携わってきた。

 

伊勢湾台風の水害で「人間はどこに住んだらいいのか」という命題を突き付けられ、高台移転に挑むプロジェクト、高蔵寺ニュータウン計画に取り組む。修一さんの作った、地形を活かして街に雑木林を残し、風の通り道を作るという素敵なマスタープランはしかし、経済優先の時代が許してはくれなかった。山は削られ谷は埋められ、無機質な街が出現してしまった。

 

ものすごく悔しかっただろうな、と思う。修一さんは自ら手掛けたニュータウンに住むことを決意、土地を買って家を建てて、庭に雑木林やキッチンガーデンを作るに至った。自宅の庭の小さな雑木林。それが集まれば失われた里山を回復したことにならないだろうか、という挑戦だった。並みの人間には真似できることではないだろう。確かに変わり者。でも格好いいな。

 

そんな修一さんのことを、英子さんは本当に本当に大好きなのね。半田市の歴史ある造り酒屋のお嬢様。厳しく育てられたが、結婚後、臆せずものが言える快活な性格が花開く。何でも受け入れて自由にやらせてくれた修一さんのおかげだ。

 

 風が吹けば、枯れ葉が落ちる
 枯れ葉が落ちれば、土が肥える
 土が肥えれば、果実が実る
 コツコツ、ゆっくり・・・

 

何度か繰り返された、この言葉。ナレーションを務めた樹木希林の声が、今もよみがえってくる。ゆっくりと、でも快活に。自分でやれることをこつこつ、こつこつ。修一さんと英子さんのような暮らしのありようは、心の深いところに響いてくる。見せてもらえて良かったと、心から思える映画だ。

 

上映後、伏原健之監督の舞台挨拶があった。お料理を作るシーンで、あんなに沢山作るの?と思われたかもしれないけれど、あれは我々スタッフに作ってくださっていたんですよ、などと、撮影秘話(?)を披露、会場が温かい笑いに包まれた。

 

映画を自宅で観るのもいいが、他の人の気配を感じながら時に一緒に笑ったり涙ぐんだり、誰かと思いを共有しながら観るのもいいものですよね、などというお話をしてくれたり。今もお元気で暮らしてらっしゃる英子さんの近況を報告してくれたり。

 

いい人だなあ、とたちまち伏原さんのファンになってしまった。サインをしていただいたパンフレットを開けば、最後の方に監督日誌が。取材の苦労話や、修一さん、英子さん夫婦との信頼関係が築かれていく喜びなど、優しさに溢れており、想いが伝わってきてまた涙が。

 

こつこつ、ゆっくり、時をためてきた修一さんと英子さんのように、この映画を撮ってきたスタッフの皆さんも、こつこつ、ゆっくり、果実を実らせたのだと納得した。たくさんの人に、この果実を味わってもらえるといいな、と心から思う。パンフレットには「自主上映会募集」の案内もあった。

 

映画「人生フルーツ」公式サイト

 

 

「サンセット大通り」とクラシックカー

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先日の日曜日に、クラシックカーのイベント(走行披露と展示:トヨタ博物館主催)に行ったから、という訳ではないが、古い映画が観たくなり、アマゾンプライムで探してみた。選んだのは、ビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」だ。

 

この映画、30年以上前にフィルムで観たことがある。そんなに昔なのに当時ですら「大昔の映画」として上映されていた。それは名画座的に古き良き映画を定期的に上映するという、素敵なイベントで、会場は確か、今は無き青山ベルコモンズだったと思う。協賛はハーレクイン・ロマンスで、お土産に小説をもらったっけ。懐かしい。「ひまわり」や「スティング」などもここで観たのだった。

 

「サンセット大通り」は1950年の映画だものね。私の親世代が思春期だった頃だ。しかもここで描かれているのは、過去の栄光にしがみつく往年の大女優のお話。彼女が活躍したのはサイレント映画なのだ。さらに古くなる!

 

何重にも古いと、それはもはや新しいと思えるから面白い。映画の中で、この往年の女優、ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)が、自宅で、かつて自分の主演したサイレント映画を上映するシーンがある。その何とも言えないアンティークな趣が、とてもお洒落に感じた。

 

それからクルマだ。映画のモノクロの世界を走り回っているクルマの数々は、紛れもなくクラシックカーで、先日のイベントで私が見てきたようなものばかり。それなのに、ノーマが自宅ガレージに停めているクルマのことを、皆が「クラシックカー」と言っている。いやいやいや、映画に出てくるクルマ全部、クラシックカーだよ?なんて現在の私が言っても始まらない。

 

古い贅沢なものを「時代遅れ」「野暮ったい」と言ったり「貴重だ」「価値がある」と言ったり、人が判断する基準はあいまいで時に気まぐれ。カッコいい!古臭い!と同時に思うこともある。先日見たクラシックカーについてもそうだった。

 

我々世代がかつて憧れた、60年代、70年代のクルマも、クラシックカーとして陳列されていた。流線型のスポーツカー、トヨタ2000GTジャガーEタイプロードスターの周りには、少年に帰ったようなおじさんたちが目をキラキラさせて群がっていた。

 

約150台を集めたというから壮観で、クルマ好きな人にはたまらないイベントだっただろう。門外漢の私も「小さい頃、こういうの普通に走ってたよね」「わあ。これ、弟の部屋のポスターにあった」などと、思いのほか楽しめた。

 

昔のクルマは美しいデザインのものが多いなあと、一緒に行った夫と共に感心しきり。でも、今乗ったら結構大変そう、とも思う。車内が狭いし、音が大きいし、燃費も悪そう。窓もハンドルで開けなくてはいけない。

 

今見ても素敵で綺麗だけど、やはり古臭いのだ。古き良き時代に走っていたから、輝いていたんだね。

 

さて、「サンセット大通り」。昔のハリウッドの豪邸の描写に惹かれたし、栄枯盛衰への考察を誘う視点は好きだが、ストーリーはありきたりで特に面白みはなかった。昔、観たときはもっとのめり込んだ気がしたのにな。ノーマ・デズモンドのイタくて哀れなだけの描かれ方にも物足りなさがある。

 

ただ、ありきたりな描かれ方だと思ってしまうのは、ずっと時代が下って、私がこういう描写や展開を見飽きているせいかもしれない。もしかしたら、そういった展開の作品たちの大元は、実はこの作品だったりしてね。これくらい古い映画について、ストーリー展開をありきたりと批判するのはフェアじゃない。

 

昔は大スターだった女優、ノーマ。老いた今も、まだ大スターだと信じ込んでいる。もう化石扱いなのに。そんなノーマがなんと50歳なのだと知ったとき、私は一番戦慄したのだった。老女じゃなかったの?普通、その年齢ならまだまだ大女優でしょう??

 

恐るべし、1950年代。