一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

ゆっくりと。でも快活に。「人生フルーツ」が心にしみる

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何やらとても良い映画らしい。今年のお正月ロードショーだったが、全国各地で上映延長、アンコール上映、再アンコール上映が続いている。評判の良さが気になって、一度は観てみたいと思っていた映画を、一昨日、夫と観に行くことができた。

 

「人生フルーツ」というタイトルは正直、ピンと来なかった。でもどこか心に引っかかり、だんだん気になってきて、軽やかなんだけど重いような、不思議なインパクトを感じさせる題名だと今は思う。ドキュメンタリーの映画はあまり劇場まで観に行くことはなかった私だが、今回は呼び寄せられるように出かけたのだった。

 

90歳のおじいちゃまと87歳のおばあちゃま。それがこの映画の主人公。東大出で建築家の津端修一さんと、妻の英子さんが、名古屋の隣、春日井市高蔵寺ニュータウンの一角で畑を耕し果樹を育て、ベーコンを作ったり料理をしたり、ほぼ自給自足と言える暮らしをしている。それだけの話だが、それだけではない。そういう映画だった。

 

敗戦を経験し、戦後の混乱、高度経済成長の暴走に翻弄された経験があるためかもしれない、夫婦の確固とした、自由だが頑固にも見えるライフスタイルが丁寧に描かれていた。自分たちの価値観を貫く意志の強さと、楽しそうな表情やチャーミングな笑顔との掛け合わせ。見事としか言いようがない。

 

野菜70種、果物50種って、老夫婦二人でお世話をするのも大仕事だろう。収穫して下処理をして調理する。忙しい忙しい。二人とも本当に「食」を大切にしているのだ。御飯もおかずもお菓子も、どれもとっても美味しそう。

 

いわゆるスローライフのはしり、なのだろうけど、これは筋金入り。ちょっとやそっとの覚悟ではとても真似できない。でも素敵。憧れる。全部は無理でも、自分でできる範囲で採り入れてみたいと思う。そんな暮らしだ。

 

夫婦の距離感がまた、いい。互いに尊重し、近づき過ぎない。それぞれが自分のやるべきことに集中し、それでいて相手を常に思いやり、とても仲が良い。素敵なカップルだなあ。

 

ナチュラルな映像も音楽も心地よくて、美しい世界観に心酔しそうになる。しかしこの映画、スローライフと仲良し老夫婦を描いているだけの作品ではないのだ。映画の中では、人生の示唆がいたるところに散りばめられている。ときに詩のような言葉の力も借りて。

 

 長く生きるほど、人生は美しくなる。

 

 すべての答えは、偉大なる自然の中にある。

 

 家は、くらしの宝石箱でなければならない。

 

世界的建築家たちの言葉だそうだ。修一さんはかつて、日本住宅公団のエースだった。

 

戦後、焼け野原の都市を見て「新しい時代のお手伝いは住宅再建しかない」と建築の仕事に打ち込み、各地の都市計画に携わってきた。

 

伊勢湾台風の水害で「人間はどこに住んだらいいのか」という命題を突き付けられ、高台移転に挑むプロジェクト、高蔵寺ニュータウン計画に取り組む。修一さんの作った、地形を活かして街に雑木林を残し、風の通り道を作るという素敵なマスタープランはしかし、経済優先の時代が許してはくれなかった。山は削られ谷は埋められ、無機質な街が出現してしまった。

 

ものすごく悔しかっただろうな、と思う。修一さんは自ら手掛けたニュータウンに住むことを決意、土地を買って家を建てて、庭に雑木林やキッチンガーデンを作るに至った。自宅の庭の小さな雑木林。それが集まれば失われた里山を回復したことにならないだろうか、という挑戦だった。並みの人間には真似できることではないだろう。確かに変わり者。でも格好いいな。

 

そんな修一さんのことを、英子さんは本当に本当に大好きなのね。半田市の歴史ある造り酒屋のお嬢様。厳しく育てられたが、結婚後、臆せずものが言える快活な性格が花開く。何でも受け入れて自由にやらせてくれた修一さんのおかげだ。

 

 風が吹けば、枯れ葉が落ちる
 枯れ葉が落ちれば、土が肥える
 土が肥えれば、果実が実る
 コツコツ、ゆっくり・・・

 

何度か繰り返された、この言葉。ナレーションを務めた樹木希林の声が、今もよみがえってくる。ゆっくりと、でも快活に。自分でやれることをこつこつ、こつこつ。修一さんと英子さんのような暮らしのありようは、心の深いところに響いてくる。見せてもらえて良かったと、心から思える映画だ。

 

上映後、伏原健之監督の舞台挨拶があった。お料理を作るシーンで、あんなに沢山作るの?と思われたかもしれないけれど、あれは我々スタッフに作ってくださっていたんですよ、などと、撮影秘話(?)を披露、会場が温かい笑いに包まれた。

 

映画を自宅で観るのもいいが、他の人の気配を感じながら時に一緒に笑ったり涙ぐんだり、誰かと思いを共有しながら観るのもいいものですよね、などというお話をしてくれたり。今もお元気で暮らしてらっしゃる英子さんの近況を報告してくれたり。

 

いい人だなあ、とたちまち伏原さんのファンになってしまった。サインをしていただいたパンフレットを開けば、最後の方に監督日誌が。取材の苦労話や、修一さん、英子さん夫婦との信頼関係が築かれていく喜びなど、優しさに溢れており、想いが伝わってきてまた涙が。

 

こつこつ、ゆっくり、時をためてきた修一さんと英子さんのように、この映画を撮ってきたスタッフの皆さんも、こつこつ、ゆっくり、果実を実らせたのだと納得した。たくさんの人に、この果実を味わってもらえるといいな、と心から思う。パンフレットには「自主上映会募集」の案内もあった。

 

映画「人生フルーツ」公式サイト

 

 

「サンセット大通り」とクラシックカー

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先日の日曜日に、クラシックカーのイベント(走行披露と展示:トヨタ博物館主催)に行ったから、という訳ではないが、古い映画が観たくなり、アマゾンプライムで探してみた。選んだのは、ビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」だ。

 

この映画、30年以上前にフィルムで観たことがある。そんなに昔なのに当時ですら「大昔の映画」として上映されていた。それは名画座的に古き良き映画を定期的に上映するという、素敵なイベントで、会場は確か、今は無き青山ベルコモンズだったと思う。協賛はハーレクイン・ロマンスで、お土産に小説をもらったっけ。懐かしい。「ひまわり」や「スティング」などもここで観たのだった。

 

「サンセット大通り」は1950年の映画だものね。私の親世代が思春期だった頃だ。しかもここで描かれているのは、過去の栄光にしがみつく往年の大女優のお話。彼女が活躍したのはサイレント映画なのだ。さらに古くなる!

 

何重にも古いと、それはもはや新しいと思えるから面白い。映画の中で、この往年の女優、ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)が、自宅で、かつて自分の主演したサイレント映画を上映するシーンがある。その何とも言えないアンティークな趣が、とてもお洒落に感じた。

 

それからクルマだ。映画のモノクロの世界を走り回っているクルマの数々は、紛れもなくクラシックカーで、先日のイベントで私が見てきたようなものばかり。それなのに、ノーマが自宅ガレージに停めているクルマのことを、皆が「クラシックカー」と言っている。いやいやいや、映画に出てくるクルマ全部、クラシックカーだよ?なんて現在の私が言っても始まらない。

 

古い贅沢なものを「時代遅れ」「野暮ったい」と言ったり「貴重だ」「価値がある」と言ったり、人が判断する基準はあいまいで時に気まぐれ。カッコいい!古臭い!と同時に思うこともある。先日見たクラシックカーについてもそうだった。

 

我々世代がかつて憧れた、60年代、70年代のクルマも、クラシックカーとして陳列されていた。流線型のスポーツカー、トヨタ2000GTジャガーEタイプロードスターの周りには、少年に帰ったようなおじさんたちが目をキラキラさせて群がっていた。

 

約150台を集めたというから壮観で、クルマ好きな人にはたまらないイベントだっただろう。門外漢の私も「小さい頃、こういうの普通に走ってたよね」「わあ。これ、弟の部屋のポスターにあった」などと、思いのほか楽しめた。

 

昔のクルマは美しいデザインのものが多いなあと、一緒に行った夫と共に感心しきり。でも、今乗ったら結構大変そう、とも思う。車内が狭いし、音が大きいし、燃費も悪そう。窓もハンドルで開けなくてはいけない。

 

今見ても素敵で綺麗だけど、やはり古臭いのだ。古き良き時代に走っていたから、輝いていたんだね。

 

さて、「サンセット大通り」。昔のハリウッドの豪邸の描写に惹かれたし、栄枯盛衰への考察を誘う視点は好きだが、ストーリーはありきたりで特に面白みはなかった。昔、観たときはもっとのめり込んだ気がしたのにな。ノーマ・デズモンドのイタくて哀れなだけの描かれ方にも物足りなさがある。

 

ただ、ありきたりな描かれ方だと思ってしまうのは、ずっと時代が下って、私がこういう描写や展開を見飽きているせいかもしれない。もしかしたら、そういった展開の作品たちの大元は、実はこの作品だったりしてね。これくらい古い映画について、ストーリー展開をありきたりと批判するのはフェアじゃない。

 

昔は大スターだった女優、ノーマ。老いた今も、まだ大スターだと信じ込んでいる。もう化石扱いなのに。そんなノーマがなんと50歳なのだと知ったとき、私は一番戦慄したのだった。老女じゃなかったの?普通、その年齢ならまだまだ大女優でしょう??

 

恐るべし、1950年代。

 

香らない薔薇なんて

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日本には、いったいどれほどのローズガーデンがあるのだろう。

 

薔薇の季節が訪れる度、落ち着かなくなる私である。行きたい薔薇園は数多くあれど、なかなか自由に飛んでいけない身。しかし、比較的近くにある馴染みの公園、久屋大通庭園フラリエで「ローズフェスタ」を開催中と聞き、小一時間ほどを過ごしてきた。

 

要するに薔薇市場が開かれていた訳だが、フレンチローズを中心に約1000株が集まった会場は華やかで見応えがあり、足を踏み入れた途端、心が躍った。

 

色はもちろん、花の大きさや形など、一言で薔薇と言っても本当に多種多様。皆それぞれに美しく優雅で、たくさんのお姫様にお会いしているかのようだった。

 

ところが、ふと、何か物足りなさを感じる。あれ?香りは?

 

ローズガーデンを訪れたときは、まずその場に漂う香りにうっとりとした覚えがあるのだが、今回はあまり香ってこない。いや、ほとんど感じない。

 

そう気づいてから、花に顔を近づけてクンクン。ちょっと恥ずかしかったけれど、あっちでクンクン、こっちでクンクンしてしまった私。わかったのは、香らない薔薇もあるということだった。

 

もちろん、どの花も全く香りがない訳ではないらしい。でも、全体に薄い。私にとっての薔薇とは、小さくても気品を感じる芳香があるものなのだ。色や姿形も大切だけれど、香らない薔薇なんて魅力を感じない。

 

よく考えると、切り花の薔薇もここ数年、香らないものが多かった気がする。だから先日夫に買ってもらった薔薇が、ライチなどのフルーツを思わせるとても素敵な香りを放ってくれたのが珍しくて嬉しくて、毎日顔を寄せて楽しんでいるのだ。スーパーの店先で見つけた小さな花束なのだけどね。

 

30年くらい前、1人暮らしの部屋に飾った1本の深紅の薔薇。それが私の原体験だ。仕事から帰って部屋に入ると、部屋中が高貴な香りに満たされていたという記憶がある。これって、思い出補正とやらをやらかしているのか?

 

実際、例えば百合の花ほどは、薔薇は強く香らない。それはわかる。しかし、何百本もの薔薇が密に咲き誇った場所で、こんなに香らないものなのだろうか?それとも私の鼻が鈍感になってしまったの?

 

さまざまなクエッションマークをまき散らしながら、そう広くもない会場を私は何周も歩き回った。望んでいた香りのある薔薇を見つけると、その商品カードを確かめる。「強香」とあることが多く、そのタイプも「ダマスク・クラシック」とか「ティー」とか「ミルラ」とか「フルーティ」とかいろいろあるようだ。なんて微妙な世界なんだろう。嗅ぎ分けられる人はすごいな!

 

でも、顔を近づけてようやく香る程度で、わざわざ「強香」と書くくらいだから、やはり薔薇には芳香があるのが当たり前、という考えは間違っていたのかもしれない。

 

年配の女性グループやご夫婦連れのお客さんが多かった会場。皆さん、結構詳しくて、薔薇に付いている名前から系統を辿っていたり、フランスの育種会社の評判を語り合っていたり。イングリッシュローズとかフレンチローズとかすらよくわかっていない私には、漏れ聞こえてくるお話に、「へえぇ、そうなんだー」と思うことばかりだった。

 

薔薇栽培の世界にも、きっと流行があるのだろうね。遠い昔に私が出会った薔薇たちは、もう作られていないのかもしれない。

 

小さなベランダがすでに混雑してきているので、私は薔薇の苗を買うつもりはなかった。でも、もしも買えるときがきたらどの薔薇を買おうかな、などと考えながら見て回るのも楽しくて。

 

私は赤い薔薇が好きだけれど、いろいろ見ているうちに、アプリコット色とか淡いピンク色もいいな、と思えてきたし、純白の薔薇も素敵だ。

 

ただ、どうしても香りははずせないな。わが庭で咲いてくれた薔薇の花に「おはよう」と声を掛けたとき、上品な芳香で挨拶を返してもらいたい。そうしてもらえたらどんなに素敵だろう、幸せな気持ちになるだろう、と憧れるから。そしていつか、薔薇の花の香りを嗅ぎ分けられるようにもなりたいな。

 

帰宅して、「香らない薔薇」で調べてみたら、アメリカバラ協会の会長が「香りのないバラは笑わぬ美人と同じ」と言ったとか、イギリス王立バラ協会の会長が「香りはバラの魂であり、香りのないバラは花ではない」と言ったとか、わが意を得たりの言葉を見つけた。

 

そうだよね!そうだよね!

 

私はやはり、香りのある薔薇がいい。庭に植えるのも、鉢で育てるのも、切り花であっても。そんな薔薇がもっと増えてくれればいいなあ。

 

立派なローズガーデンへ出かけずとも、この季節、あちこちのお庭や公園で薔薇たちに出会える。人目を気にしながらも、つい顔を近づけてクンクンしてしまう相変わらずの私である。近づけすぎて唇が花に付いてしまうことも。お姫様に捧げるkissといったところか。そのときの、少しひんやりとした花びらの感触も、実は大好きなのだった。

 

優しく甘やかな気分にさせてくれる、薔薇は素敵だ。それにしても、薔薇のことを考えているとワインが飲みたくなるのは、何故だろう?(笑)

 

ようこそ、赤ちゃん

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母の日が終わり、5月も半分が過ぎようとしている。私の一番好きな月だ。悩みの深かった去年は気持ちに余裕がなく、十分に楽しめないまま5月が去ってしまった。しかし、今年は忙しいなりにこの美しい季節を心から堪能している。ありがたいことだ。

 

長女が第一子を出産して、1か月がたった。

 

予定日より半月ほど早く、破水して入院したと聞いて心配したのだが、母子ともに無事。生まれてきたのは元気な女の子。みんなが幸せをもらった。出産した日、クルマで4時間半の距離を飛ばし、夫と共にとんぼ返りで娘夫婦と赤ちゃんに会ってきた。

 

新生児を抱っこするのは何十年ぶりのことか。生まれたての赤ん坊はフワフワで頼りなく、とにかく小さくて。それにしても、本当になんて愛らしいものなんだろう。

 

そして、見てる間にもこの世界に順応していく様子がわかる。ほんの数時間、病院の個室で一緒に過ごしただけなのに、瞼の腫れがひいていき、頭の形が丸くなってくる。肌も艶が出てきたようだ。猛烈な勢いで細胞分裂しているんだね。人間って、生命って、すごいなあ。

 

娘は里帰り出産ではなかったので、私が娘の所へ手伝いに行くことになっていたのだが、ちょうどこの時期、私にはインタビューの仕事が2日続けて入っていた。取材準備やら旅支度やら時間のやり繰りにハラハラしたが、取材の済んだ翌日、退院の日に駆けつけて、そのまま10日間、娘の手伝いをしてくることができた。

 

初めての町、初めて入る娘たちの家。勝手のわからぬまま睡眠不足でスタートする家事、そして久々の赤ちゃんのお世話。幸せな出来事とはいえ、私にとっても試練の日々ではあった。原稿も書かなくてはいけなかったし。

 

それでも、得難い経験のできた大切な日々だ。娘が結婚して以来、こんなに長い時間を彼女と一緒に過ごすのは初めてだったし、もちろん婿どのとも。数日だけどネコちゃんと暮らすのも初めてだった。ネコちゃんにしてみれば、いきなり小さいのと大きいのが自分の家にやって来て、さぞ当惑したに違いない。

 

娘たちが住んでいるのは、住宅街ではあるけれど、自然を身近に感じることのできる町だった。窓の外には新緑の山々が連なり、見知らぬ野鳥が美しいさえずりを聞かせてくれた。春爛漫。家々の庭には色とりどりの花が咲き乱れており、買い物に出掛けるのも楽しい気分だった。

 

そうそう、隣の市に住む私の友人が、お祝いを持って会いに来てくれたのも本当に嬉しかった。彼女の明るく優しい笑顔を見て、疲れが吹き飛ぶような気がした。少しの時間だったけれど、ランチや観光にも付き合ってくれて、私の滞在にとびきり素敵な思い出を加えていただけたと感謝している。

 

さて、娘にとって初めての子育て。そりゃあ、大変だよね。心配していたが、赤ちゃんのお世話にまだ慣れない彼女が、日を追うごとにお母さんらしくなっていく姿を、この目で見させてもらった。

 

抱っこすれば泣き止むけど、寝かせるとまた泣き出す。これが一晩中続くこともある。なかなか寝てくれないとため息をつき、眠り続ければそれはそれで心配になる。ミルクをゴクゴク飲めば、まだ母乳が足りていないのかと切なくなり、ミルクを飲まなければ、それならなぜ泣き続けるのかと困惑する。

 

抱っこ、オムツ、おっぱいで日が過ぎてゆき、母親はまとまった睡眠をとることができない。赤ちゃんが寝ている隙に一緒に寝ればいいのに、スヤスヤ眠るその寝顔に見とれてしまい、身動きがとれなくなる。可愛すぎる。なんという罪深さだ。

 

わかるわかる。私もそうだった。

 

赤ちゃんだった長女は私を悩ませ、そのくせ私を一番幸せにしてくれたっけ。悩みの原因に慰められている自分を面白がっていた、遠い昔。

 

よく「孫は特別可愛い」と聞くが、私にはまだ実感はない。もちろん赤ちゃんはとてもとても可愛いが、私には赤ちゃん以上に、娘が愛おしかった。あの赤ちゃんが成長し、今、母になっている。

 

26年前、私の母もこんな風に私を見ていたのかな。当時は自分のことだけで精一杯で、母の気持ちまで推し量る余裕なんてなかったな、と申し訳ない気持ちになる。私は、母が私にしてくれたことの数分の一も、娘にしてあげられなかったよ。スミマセン!

 

1週間が過ぎた頃、娘の産後の回復も順調だったので、いつ帰ろうかとタイミングを探っていた。原稿の仕上げは家でしたかったし、実は締め切りを早めたいと電話もあったのだ。ちょうどゴールデンウィークで、婿どのがカレンダー通り休めそうなこと、娘も沐浴を一人でできるようになったことなど、安心材料が揃ってきたところへ、夫と次女がクルマで来てくれたので、その日の夕方、私も一緒に乗って帰ったのだった。明日からは、夫婦二人で力を合わせて頑張ってね、と。ちょっと後ろ髪を引かれつつ。

 

さてさて。怒涛のような日々が、先週末になってようやく落ち着いた。原稿も手持ち分はすべて書き終わったし、その他の用事も大きなものは一通り済んだ。久々に本を読んだり映画を観たりしている。ふと目を上げると、ベランダにゼラニウムの赤い花。頑張ったことへのご褒美のように、綺麗に咲いてくれている。

 

正直言って、私はバリバリ忙しくするのは好きじゃない。そういうタイプではないし、疲れやすい性質だし、もうそんなに若くはないし。特に初めてのことが重なったり、情報が多すぎて脳内処理が大変だったりすると、これまでは大抵、一連のことが終わった途端、倒れるか寝込むかしていた。

 

でも、今回は心が穏やかだ。倒れてないし寝込んでない。

 

毎日のように長女から送られてくるコメントと、ベイビーの写真のおかげかもしれない。たくさんの労いの言葉を掛けてくれた夫と次女のおかげかもしれない。多忙の中で書き、掲載された原稿を、認めてもらったり褒めてもらったりしたからかも。そしてゼラニウムの赤い色のおかげもあるかも。

 

もちろん全部だろう。その上で何よりも心を落ち着かせてくれたのは、電話で母に心からの「ありがとう」を言えたことなんじゃないだろうか。私が「お母さんの大変さが今になってわかったよ」と興奮気味に話した体験談に、母が声を立てて笑ってくれた。その声の明るさ。これまでで一番、良い母の日だったと思う。

 

赤ちゃん、サンキュー♪

 

天に花、地にも花

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今日まで生きてきて、いったいどれほどの数、桜の写真を撮ったことだろう。毎年、毎年、まあ飽きもせずに、似たような写真をたくさん撮っている私。案外みんな、そうなのかな?

 

「さあ、私を撮って」

 

桜の花にはいつも、そう言われている気がしてしまう。

 

今年も数十枚撮影した。でも私は満足していないし、少し悔しい。どうしても撮りたいショットがあるのだが、それが叶わないまま、今年の桜の季節も終わってしまいそうなのだ。

 

去年の今頃は、近所の雑貨店でパートタイムで働いていた。12時から17時まで。帰りにスーパーで買い物をし、自転車で川沿いの道を走って帰る毎日。そう、ちょっと悩み事を抱えていたっけ。

 

ある日、夕暮れの光がキラキラと川面に反射するのを見ながら、いつものようにペダルを漕いでいた。考え事をしていたのだが、ふと対岸の1本の桜の木が花吹雪を散らしているのが目に入った。

 

遠目には、大きなパウダーブラシからラメの粉が振り落とされているようで、夕陽を受けて輝く桜の大木は、全体が淡く発光しながらボーッと浮かび上がって見えた。ほのかに赤みがかった金色の姿。幻想的で、この世のものとも思えないほどの美しさだった。

 

思わず自転車を止め見とれていた私は、その後、魂が抜けたようになって家に帰ったのだった。神様からの贈り物に、ただただ感動し、悩み事の輪郭も薄れていた。

 

どうして「あれ」を撮影しなかったのか。もちろん後悔した。夕景の中、桜の花びらがキラキラと散り落ちる様子を、動画に収めておけたらどんなに素敵だったか。

 

来年こそ、と思ったのだった。だから、今年は2度ほど、晴れた日の夕方にその場所に行っている。

 

しかし、あの瞬間は訪れない。同じ時間、同じ場所、同じような夕暮れの光の感じでも、あの日見た表情を桜は見せてくれない。もう二度と…多分見られないのだろう。

 

無数に撮ってきた桜だが、心から満足できる写真というのは本当に数少ない。この目で実際に見た美しさを、完全に再現できたこともない。所詮、無理なのかもしれない。それでもやはり、今年も何度もシャッターを切った。

 

木の下から上を見れば、枝と花がレースの模様のように広がっている。春霞の空が花模様に彩られ、楽しい。

 

地面を見れば、花びらがドット模様を作っている。椿が敷き詰められたように落ちている中にも、桜の花びらが可愛らしく点在していた。

 

天にも花、地にも花。そういえば、このシーズンは桜のついでに撮る花の種類も多い。気がつけばレンズをあちこちに向けている。アスファルトの隙間に咲くスミレの花も、みずみずしくて本当に愛らしい。

 

幻の一枚が撮れなくても、この世はこんなにフォトジェニックにできている。実際の美しさを切りとるのは難しく、悔しい思いもするけれど、写真を撮るのは楽しくてやめられない。そして、桜はやっぱり、春の素敵な被写体のエースなのだ。

 

湿った日が続いても腐らないでいよう

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各地で桜が開花している。いよいよ、春本番かな。スズラン、ムスカリタンポポスイセン…。いつも通る緑道にも様々な花が咲きだして、歩いていても心が弾んでくる。

 

3月が終わる。毎朝見ていた連続テレビ小説の「べっぴんさん」も明日が最終回だ。

 

私は卒業して就職したのが神戸のアパレルの会社だったので、神戸が舞台で子供服の会社の創立者を主人公にしたこのドラマ、温かな物語を楽しむと同時にいろいろな部分で興味深かった。(もちろん過ごした年代は違います!)

 

そしてオープニング曲、Mr.Childrenの「ヒカリノアトリエ」がとても好きになり、毎朝楽しみにしていた。特に

 

 大量の防腐剤 心の中にしのばせる
 晴れた時ばっかじゃない
 湿った日が続いても腐らぬように

 

この部分が気に入っている。え、そこ?って感じかもしれないが、ロングバージョンのときに聞ける、ここ、が私は好き。

 

湿った日って、続くことが多い。明日はきっと晴れると期待すればするほど、朝が訪れてもまだ湿っているという、そのことに気が滅入るものだ。

 

人生を通してずっとポジティブに生きる人なんて、本当にいるだろうか。どんなに前向きに考えようとしても、それができないときというのが必ずあると思う。

 

前向きになれない。立ち止まって俯くしかできない。私には何度もそんな時期があった。まあ、長く生きていればそれなりにいろいろなことが起きるというのもあるけれど。

 

何度も傷を負えば、その経験値から鍛えられてタフになれそうなものだが、そういうものでもないらしい。毎回激しく落ち込み、人生を続けていくことに怯える。

 

ただ、タフにはなれないが、学習はしているようだ。ある程度、ピンチが訪れる予兆を感じられるようになり、回避する方法を前もって考えようとする知恵はついた。上手くいかないときも多いけどね。

 

上手く回避できずにやらかしてしまったときも、「これまで何度もピンチになったけど、こうしてなんとか生きてきたじゃないか」とは思えるようになった気もする。前向きになんて考えられないよ!というときでも、少なくとも腐らないではいられるのだ。

 

防腐剤を、心の中にしのばせられるようになったのかな。

 

傷つくということは自尊心が高いということで、どんなに自己嫌悪に陥っても、自己肯定感が急降下しても、どこかで自分を信じているのだと思う。腐らせたくないのだと思う。

 

とにかく腐らないことだけ気を付けて、陽がさしてくるのを信じ、長く続く湿り気の多い日をやり過ごす。すぐに前向きになれないときは、それでいいんじゃないかな。

 

明日から4月。環境が変わる人も多いよね。桜だけじゃない、これからますますたくさんの花が咲きだして、見る人に元気や癒しを与えてくれるはず。防腐剤じゃなくて「可愛らしい花」を心にしのばせるのも、いいかもしれない。

 

カレンダーの新しいページが、カラフルで優しい花の色に染まりますように。

 

学びたい!学ぼう!と思える理由

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ここ一週間ほど、よく勉強している。いわゆる「仕事の下調べ」というやつだ。来週のインタビューで取材相手に気持ち良くお話をしていただけるように。なんて、本当はそれ以前の問題で、まず自分がトンチンカンな質問をしないように、である。

 

全くの未経験分野の仕事を引き受けた。少しでも不安を払拭しておきたい。

 

昔、定期刊行物の編集者だった頃は、特集を手掛けるたびに「俄か専門家」になっていた。短期間でそのことについて詳細に調べ、読者に伝えて喜んでもらえるものに仕上げるのは楽しかったが、調べた詳細はすぐに忘れていった。びっくりするくらい速く。本当に「俄か」なのだった。

 

まだインターネットのない時代。図書館や書店を駆けまわって書物にあたり、詳しそうな人に電話をかけ、公的機関などから資料を集めて、一生懸命原稿を書いていたのを懐かしく思い出す。

 

そう、そんな時代だった。まさにアナログ。しかし、そんな必死な調べ方をしているにもかかわらず、次の取材を始める頃には忘れてしまうのだ。

 

ネットで大抵のことは調べがついてしまう今なんて、忘れる速さは当時の比じゃない。簡単に手に入った情報はアウトプットした途端に記憶から消えていく。

 

でも、今回の仕事はちょっと趣が違う。

 

全く関心がなかった分野ではなく、むしろ、いずれ知っておきたい気持ちがあったことがひとつ。もうひとつは、調べるほどに奥が深いジャンルで、知ること自体が面白いのだ。ライターとしてこれを伝えることに関われるのは、誇らしいことだとも思う。

 

だから、受験生でもないのに、毎日5時間も6時間も勉強してしまう。報酬面から考えれば「見合わない」ということになるだろうが、仕事の準備であるこの勉強が価値のある知識となり、今後の自分の人生に役立つと思えば、大変良いきっかけをいただいたということで、本当にありがたい。

 

そもそも、依頼してくれた人は「それだけのパワーはかけられないということでお断りいただいても」と、あらかじめ気遣ってくれている。「いや、これはやるでしょう!」と決めたのは自分なのだ。正直に言うと、最初はちょっと怖気づいたし迷ったけど。

 

その依頼が嬉しかった、というのが一番大きい。彼は、私が5年前に半年弱だけ在籍していた会社の社員さんである。と言っても勤務地が違ったので直接会ったことはない。しかし、電話やメールでだったが一緒に仕事をしたことは、とても強く印象に残っている。優秀だが腰は低く親切で、本当に信頼できる人だった。

 

今はフリーランスとなったその人が、今回「手伝ってもらえませんか」と打診してくれたのだ。相変わらず丁寧に、しかも明るく。

 

私のことを覚えていてくれたんだ、というだけでも嬉しかった。頑張っていい仕事をして、声を掛けてくれたその気持ちに応えたい。また一緒に仕事をしてみたい。こんな考え方は甘いのかな?

 

というわけで、目下、鋭意勉強中だ。知らないことだらけで難しいし、奥が深すぎてめまいがしそうだが、後には引けない。とにかく悔いのないように、ベストを尽くそうと思う。そして、この仕事では「俄か専門家」にはなりたくないな。

 

面白いもので、「学ぼうという姿勢」は私の中で眠りかけていた向学心を揺り起こしてくれた。よーし、この仕事がひと段落したら、次はあれとこれについても学ぼう!学びたい!と、今、ちょっとワクワクしている。