一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

荒ぶる自然への畏怖、被災地への思いに向けて4つの言葉を

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梅雨が明け、厳しい日差しの日々がやってきた。向日葵の明るい黄色が青空に映えるけれど、どこか悲し気に見えてしまう。

 

毎朝、西日本豪雨の被害状況を見聞きするにつけ、胸が苦しくなる。とりあえず今の私にできることは、義援金を送ることと、ホ・オポノポノによるクリーニングをすることだ。

 

ありがとう
ごめんなさい
許してください
愛しています

 

自分の中に湧き上がる「ひどい。悲しい。あんまりだ。気の毒過ぎる」という感情に向けて、ひたすら4つの言葉を降り注いでいる。まず自分の内側に平和を取り戻すことが大切だと信じて。

 


ポノを実践して3年目。嬉しいシンクロニシティやちょっとしたミラクルが増えてきて、毎日を幸せと感じられるようになってきた私がいる。

 

でももちろん、いろいろな出来事がある日常では、ネガティブな感情も度々立ち上がってくる。ただ、昔よりその頻度は減り、解決までの時間も短くなっていると実感しているのだ。

 

クリーニングが習慣になっているからなのかな。多分、ネガティブな感情に対して反射的に、まず客観的にそれを眺められるようになってきたからだと思う。繰り返し行うことで、訓練されてきたのだろう。

 

ああ、私、今、落胆しているな。
この感情はきっと、嫉妬だよね。
なんだかないがしろにされてる気がして怒ってるのか。
仲良しの輪の外だと思ってしまって、寂しいんだね。

 

落胆とか嫉妬とか、怒りとか寂しさとか…。
今、痛みを感じているその感情に名前を与えると、クリーニングがしやすくなる。ただなんとなくモヤモヤ、イライラを胸に抱えているときよりも、数段。それは最近、気づいたことなんだけど。

 

ネガティブとまでは言えないような焦りも、期待も、判断もクリーニングする。

 

すると、私がこうなってほしい、こうしたい、と想像していたはるか上を行く感じで、シンクロニシティやミラクルは起こり、いつの間にか問題はきれいに解決していく。無理のない、とても穏やかな形で。自分では考えもつかないようなコースで。そんなことが本当に多くなった。

 

実は最初のうちは、ポノのおかげかどうか半信半疑だった私。けれど今は、クリーニングすることによって、自分が本来持っているはずのパーフェクトな流れにうまく乗れたんだな、と、理屈でなく肌で感じられるようになった。

 

ホ・オポノポノとは、「物事を正す」という意味とのこと。人は本来、パーフェクトなタイミングの波に乗って、いのちを輝かせることができるように出来ている、というのがポノの考え方のようだ。妨げてしまっているもの(太古からの膨大な記憶)を、クリーニングし続けることで、本来の完璧な流れと自由を取りもどせるのだ。

 

もしかしたら、ポノをしていなくても問題は同じように解決していたかもしれない。過去はやり直せないので、それは検証できないのだけど。

 

ただ、以前の私は、問題が起こると慌てて、何とかしようともがくことが多かった。早くこの苦痛から逃れたい、そのためにはどうしたらいいの?とばかりにジタバタして、結局さらにこじらせたりしていた。苦しかった。

 

今は、とても気持ちが楽だ。何か問題が起きても(歓迎はしないが)、ポノがあるから慌てなくていい、「ほら、頑張らなくちゃ!」と自分を追い立てなくていい、そう思えるだけで、明日も怖がらずに生きていける。

 

私が本当に怖いのは問題そのものではなく、問題が起きた時に狼狽して上手く対応できないんじゃないか、という不安なのかもしれない。健康上のことも、経済的なことも、離れて暮らす老親のことも、自然災害のことも、そして愛する者との死別、自分の死についても。

 

もちろん今も、それらの問題に対応できる自信はない。でも、ポノとともに日々を丁寧に生きていけば、先々起こることにいたずらに怯えながら過ごさずに済む。そして、ポノとともにあるというのはウニヒピリ(私の中のもう一人の私、潜在意識をポノではこう呼ぶ)を尊重しながら生きるということで、そこに難しさはなく、むしろとても楽しいし、機嫌よくいられるのが嬉しい。

 

 ※ウニヒピリについてはこちらでも書きました。

  今年もウニヒピリとともに
  

ところで、夢とか目標とか、持った方が良いと一般的には言われていることについても、ポノではクリーニングするのだそうだ。

 

望んでいることが自分にふさわしいかどうかはわからない。だから、夢や目標に対する思いをクリーニングすることで、望んだ夢へと導かれるか、あるいはその夢への思いが変わっていくのか、いずれにしても正しい道に導かれるのだと言う。

 

私は私でしかなく、他の誰にもなれない。なろうとしなくていい。本当の自分を生きることが、本来の流れであり、幸せはそこにある。…ポノに出会うまでは、そんな考え方を知らなかった。

 

でも、そう考えてみると、これまでギュッと握っていた「こうなりたい」「こうしたい」という大小の野望(笑)から自由になれて、かたくなさから解放されて、すごく軽くなれるような気がする。

 

手放すことは心地良い。まだまだ、道半ばだけれど。(貯め込んだ煩悩をひとつづつ消しているところ笑)

 


さて、今は被災地の痛みを自分の問題として捉え、4つの言葉と「アイスブルー」という言葉で、クリーニングを繰り返している。

 

ポノを実践しているといっても、私はクラスにもセッションにも行ったことがなく、ただ「ホ・オポノポノ手帳」を愛用し、何冊かの書籍を読んだだけのビギナーである。どれほどのクリーニングができているか心許ないが、とにかくシンプルにやっていこうと思う。

 

いや、もっとクリーニングツールを増やした方がいいのかな。その方が各々の状況に合わせた丁寧なクリーニングができるのかな。実は、迷っているところである。

 

それにしても、西日本各地の豪雨被害はあまりにもむごい。これからの酷暑も、本当に心配だ。台風も増える季節。荒ぶる自然を前に立ちすくむ。…私たちは何かに試されているのだろうか。

 


ありがとう
ごめんなさい
許してください
愛しています

 

少女時代の忘れものを胸に抱いて―西城秀樹さんと少女マンガ

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梅雨空には紫陽花。と、すぐにセットにしがちだけれど、真っ白なクチナシの花も雨によく似合う。どこからか香ってくれば、思わず周囲を見回して探したくなる。なんとなく、異世界から呼びかけてくるような、ちょっと神秘的な甘い香りだ。

 

じわじわと、くる。
5月16日に彼が亡くなって、もう1カ月以上が過ぎた。西城秀樹さん、享年63歳。

 

訃報を聞いたときはもちろんショックだったけど、それでも、遠い昔に好きだった芸能人が他界してしまった、という程度の認識だった。こんなに後から後から、彼の歌声が、歌う姿が、胸によみがえってくるとは思わなかった。

 

気がつけばYouTubeで彼の歌う姿を追い、涙を流している。なんと、私の手の中で彼は歌う。スマホの振動が、彼の命の拍動のようで切ない。HIDEKIの思い出…。ただし、10代の…。

 

思春期の頃、レコードを何枚も買った。テレビの歌番組で姿を追った。映画『愛と誠』を観に行った。

 

でも、ファンクラブに入らず、コンサートにも行ったことがない私など、コアなファンの人たちの足元にも及ばないだろう。ただ、彼が歌う姿を見ることが、声を聴くことが、地方に暮らす冴えない一中学生の日常を輝かせてくれていたことは間違いない。彼のまぶしい笑顔が大好きだった。

 

中学3年生になって、受験を前に「もうHIDEKIを卒業しよう」と決意したことを覚えている。勉強しなくては、という気持ちもあったけれど、あまりにも人気者になり過ぎた彼に好意の寄せ方がわからなくなってきた、ようだった気がする。

 

高校生になり、テレビに出演する姿やCMを見れば、やはり素敵だな、美しい人だな、と思っていたけれど、レコードは買わなくなっていた。20代の彼は、もう私をときめかせてくれた人とは違う人になっている気がしたし、ハイティーンになった私は他のたくさんのことに興味が広がって忙しかったり、リアルな恋もしたりで、だんだんテレビも見なくなっていった。

 

だから、彼の代表曲のように言われている「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」も、私にとっての彼の代表曲ではない。大ヒットしている頃、「うーん、それはあんまり好みじゃないかも…」なんて思っていた。ごめんなさい。


(私にとっては「薔薇の鎖」「恋の暴走」あたりがベストかな。小6のとき「青春に賭けよう」で彼を知り、なんてピシッと振り付けをキメる人なんだろうと驚いた。初めて買ったレコードは「情熱の嵐」)

 

こんな風に、年齢が上がってアイドルから離れていく女の子って多かったんだろうか。今はどうなんだろう。私は薄情だったのかな。

 

パッと出て、すぐに消えていく歌手が多い中、西城さんはずっとスターだった。だから、私が30代になっても40代になっても、ふとテレビを見ていてその姿をみとめることも多かった。

 

ああ、元気に活躍しているね、HIDEKI。
やっぱり圧倒的に歌が上手いね、さすがだわ。

 

そんな風に、60代になっても70代になっても、ときどき遠くから活躍を見ていられると思っていたのに…。

 


ところで。
今週、すごい本を読んでしまった。萩尾望都さんの『私の少女マンガ講義』(新潮社)だ。イタリアの大学での少女漫画講義と質疑応答、インタビューの収録、そして創作方法や自作関連エピソードなど、盛りだくさんの興味深い内容に夢中になった。

 

中でも、日本の少女漫画史を、とても詳しく丁寧に、愛情込めて語る様子に感銘を受けた。黎明期から現在に至るまでの他の作家たちの作品を多数取り上げ、日本の少女漫画がどのような変遷を辿ってきたかを、他国の学生にわかりやすく紹介している。日本文化や少女漫画の研究者ではない、現役の漫画家である萩尾先生がだ。その知識の広さと考察の深さといったら!

 

読みながら、どうしようもなく懐かしい気持ちになった。そして、それを心地よく感じていた。里中満智子わたなべまさこ浦野千賀子望月あきら山岸涼子池田理代子山本鈴美香いがらしゆみこ美内すずえ……etc。知ってる、知ってる。私、読んでた!

 

内気な小学生が、自転車を飛ばして、商店街の本屋さんへ急ぐ姿が見える。「別冊マーガレット」の発売日なのだ。あのお話の続きを早く読みたい。読み終わったら「リボン」を買ってるあの子と貸しっこしよう。漫画は、少女マンガは、いつも私を待っていてくれる夢と冒険の扉だった。

 

あんなに楽しい世界を、どうして捨ててしまったんだろう。多分、「漫画なんて子供の読むもの。中学生になったのだからもうやめなさい」的なことを親に言われたのだと思う。私自身も、あの派手な配色の背表紙が自分の本棚を占めていくことを、ちょっとカッコ悪いと思い始めていた。

 

でも、子供っぽいお話ばかりでなかったのは確か。今も鮮やかに思い出す、素晴らしい作品も多かった。萩尾作品のように、作家の豊かな教養に裏付けられた芸術性の高いものもあり、少女マンガは決して、絵のない文学作品に劣っているものではないと、今ならわかる。

 

だから、いくつかの作品は大人になってから単行本を入手しているし、私の娘たちの少女時代には、彼女たちが漫画に夢中になるのを注意したことはなかった。

 

今、朝のNHKのドラマ「半分、青い。」で、主人公は漫画家として奮闘している。このドラマがとても面白くて、萩尾先生の本に出てくる“若い作家たち”の一人なんだね、などとリンクさせて楽しく見ている。

 

そして、漫画に夢中になるのを終わりにしようとした私、HIDEKIのファンであることを卒業しようとした私。背伸びしたあの中学生の頃を甘酸っぱく思い出しているのだ。そういえば、西城秀樹さんも少女マンガから抜け出してきた王子様のようだった。

 

ためらいながら置き去りにしてきた、少女時代の忘れもの。少しの悔いと、申し訳なさ。そして、たくさんの懐かしさと感謝。それらを花束のように胸に抱えてみる。

 

かつて自分が憧れ、心を泳がせていた世界を、もう一度心によみがえらせてみることは、ひとつの癒しになるものなんだなと思う。多くの年月を重ねたけれど、まだよみがえらせることができるんだと、安心しているのかもしれない。クチナシの香る風を感じながら。

 


追記:今、Wikipediaで「西城秀樹」の項目を読み、これほどまでに凄い人だったんだと、正直、圧倒されています。知らなかったことばかり。書いてくださった方、ありがとう。
そして改めて、西城秀樹さんの素晴らしい63年の人生を称えたいと思います。合掌。

 

まずは自分のからだの声を聴こう

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ちょっとした繕い物をした。ほんの15分ほど、畳に座って膝の上で。終わって立ち上がろうとしたら…動けない。膝が固まっている。

 

びっくりした。これが、年を取るということか。こんなことで、立ち上がるのにも苦労するんだ。5分ほどかけて、ゆっくりと元に戻る私の体。膝だけでなく、腰もなかなか伸びない。哀しくなってくる。

 

でもさ、と思い直す。当たり前のことじゃん、トシなんだから。何歳だと思ってがっかりしてるの?(笑)

 

ここで、情けないわーとか、もういやだわー、とか嘆き落ち込む必要はないし、そんなネガティブな気持ちを引きずることこそが、自分を貶めてしまうことにつながる。何十年も頑張ってきてくれた自分のからだに対して失礼だ。

 

膝と腰に掌を当てて、私は心の中で謝り、感謝する。

 

ごめんね、15分も同じ姿勢でいて。
ありがとう、また元通りになってくれて。

 

ここ数年、からだの声に耳をすませるようになった。繰り返し意識してそうしていると、どうしてほしいのかがわかってくる。

 

歩き過ぎだよ。後でふくらはぎをマッサージしてよね。
もう2時間も椅子に座ってるよー。腰を伸ばすストレッチをして。
また猫背になってる。首が痛いよ、姿勢正して。

 

ごめんごめん!教えてくれてありがとう。
からだにそう伝えて、素直に従う。からだは、食べすぎや寝不足などについても、サインを送ってくれる。そして、ふと思うのだけど、私は若い頃よりも病気をしなくなっている。

 

まあ、私の若い頃というのは、やせ我慢とかっこつけで出来ていたようなものだから、からだにも随分無理をさせていた気がする。

 

徹夜で仕事してボロボロでも、ユンケルとか飲んで「全然平気」みたいな顔をして、クライアントの所へ行く。クタクタなのに、仕事仲間との飲み会ではハシゴもしてしまう。深酒もする。そうだ、タバコも吸っていた。…からだ、イジメスギ。

 

若い頃は、あんまり長生きしたくないし、長生きできないだろうなーなんて、自分のことなのに、他人ごとみたいに思っていた節がある。今も特に長生きしたいとは思わないけど、長生きしちゃうかもしれないなーと、何となく思う。

 

人生100年時代なんて言われている。私はどんなふうに老いていくのかな。長患いで苦しんだり、人に迷惑をかけたりせずに、寿命を全うできたらいいのだけど。でも、先のことをあれこれ思い煩っても仕方ない。

 

私は、もう何十年もお世話になっているこのからだと、最期まで仲良く付き合っていきたい。そのために、今日のこのからだを大事に思う。同じように、今日のこの心も、大事に思う。他人ごとでなく、自分のこととしてちゃんと自分の心身を見つめ、声を聴き、必要があればメンテナンスしようと思う。

 

自分を大切に扱ってもらっている、とわかると嬉しい。親切にされれば、嬉しい。自分のことをわかってくれようとしていると知れば、それも嬉しい。よね?

 

だから、自分のからだにも、自分がそうしてあげる。心にも、そうしてあげるのだ。

 

それだけのことなんだけど。これがなかなか難しくて、自分のからだや心に対しては、どうして暴君になってしまいがちなんだろう。どうして無理をさせてしまうのだろうね。

 

年を重ねてきた私のからだと心に、もっと感謝していこうと思う。

 

目も見づらくなり去年と今年、新しくメガネを二つ作った。こうして文章を書いているときや、読むとき、針仕事をするとき用と、運転や絵画鑑賞などできちんと見たいとき用。そう、私は老眼だけでなく近眼にもなってしまったのだけど、このメガネたち、普段はかけない。

 

まず、目、の声を聴く。今はラクにしていたいよ、とか、ここはピント合わせてちゃんと見たいから手助けして、とか。

 

例えば部屋の掃除。メガネをかけると細かい汚れが見えすぎて(笑)本当にキリがないので、掃除のときにかけるのはやめた。良く見えればいいというものでもないかと、最近は視力低下にすら寛大な私だ。目が悪くなってきた頃は、あんなに嘆いていたのに。

 

物忘れが増えたのも、何でも覚えていたらしんどいでしょうから、忘れられて上等、くらいに思っているし。人名や地名が出てこなくても、本当に困ったことって思い当たらない。あれ、これ、それ、が増えてきても、笑ってしまえばそれでおしまい。

 

年齢を重ねていくことは、ネガティブに捉えられがちだけど、できるだけポジティブに考えられたらいいな、と思っている。からだは硬くなっても、心の柔軟性は失いたくない。頑固なおばあさんにはちょっと憧れるけどね。(笑)

 

ある職場で「あなた、カッコよく歩くねえ」と褒められたことがある。すごく嬉しくて、今でも私の励みになっている。ときどき思い出しては、はっと背筋を伸ばし、顎を引き、スッスッと足を出す。

 

歩き方はちょっと気を付けたいなと、実は最近また思っていて。ショボショボ歩くと、心までショボショボになってしまうことを実感したから。すごく直接的に心にリンクするようなのだ。

 

家の中でも、油断するとドスドス歩いてしまっていて。あ、カッコ悪いな、と思い、すぐに直すようにしている。イメージはネコ。音を立てずにエレガントに歩く、長女の家の飼い猫を思い出しながら真似してみる。良いと思ったならば、ネコだってお手本にする!(笑)

 

先日のこと。日傘をさして前を歩く女性がいて、よろよろ歩いていたからてっきりご年配の方かと思っていたのだけど、追い越したときチラリと見たら、うら若き女性だったことに驚いた。スマホを見ながら背を丸めてヨタリヨタリ…。もったいないなあ。

 

やっぱり、歩き方って大事。若く見られたいから、でなく、素敵に見られたいから。いや、見られたいからじゃなく、自分で自分を肯定的に見たいから。これは、年齢に関係なくそうありたいと思う。

 

無理をさせずに鍛えて、甘やかさずに労わって。頑張ったり力を抜いたり、加齢との付き合い方はなかなかに難しい。ただ、まずはからだの声を聴いてみる、というのは、自分とのコミュニケーションをとる上でもお勧めだ。大事に思っていることが伝われば、からだはきっと、応えてくれる。

 

力の入らない雨の日も、刺しゅうで「やる気」モードにスイッチ

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朝からずっと雨が降っている。九州・四国地方に続いてもしかしたら今日あたり、この地方も梅雨入り認定されるかも?

 

大好きな5月が、終わってしまう。
この美しい季節にやっておきたかったことはいろいろあって、全部とは言わないが、ほぼ気が済む程度にはできたと思う。でも、もう終わってしまうのかと思うと、やはりちょっと寂しい。私は5月が好きすぎる。

 

四季のある国に生まれて、何十年も生きてきて。あれ?と思う。春と秋が短くなっている。そして、梅雨という名の雨期が、やけに長い。日本は亜熱帯になりつつある、なんて話も耳にしたことがある。

 

私は、蒸し暑いのが寒いのよりも苦手なので、梅雨から長い夏につながるこれからの季節は、冬以上に憂鬱のタネだ。外は過酷。できることなら、どこにも出掛けたくない(避暑地は別だけど!)。

 

春を謳歌するように我がベランダで勢いを誇っていたハーブたち。しかし、既にくたびれ始めたようなものもいる。セージとか、レモンバームとか。あの絵心をくすぐるような、フレッシュで美しい緑の競演はどこへ?

 

植物のデッサンは、5月にやりたかったことのひとつ。ちょっと機を逃してしまったようだ。光の粒を浴びたタイムは神々しいけれど、その光もそろそろ精彩を欠いてきた。素敵に輝いていた頃にスマホで撮影した写真をもとに、今からでも描いてみようか。

 

好きな季節の自然美をこの目に焼き付けておきたくて、とにかく出歩くことの多い5月だった。しかし、今年は悪天候も多く・・・。なので、読書の機会も、手芸の機会も、例年のこの時期よりはたくさんあった気がする。

 

今はまっている手芸の刺しゅうについても、そこそこ楽しむことができたのは、ご機嫌ななめになったお天気のおかげかもしれない。

 

不思議に思ったのは、雨模様の気圧のせいか力が入らず、何もやる気がしなかったときでも、針を持って布に向かうと嘘のように頭がスッキリしてきたことだ。

 

以前、“手芸脳”(だったかな?)というのがあるらしいと、TVの何かの番組で聞いたことがある。手芸をすることで、脳が活発に動き出しやる気がアップ、他のことにも意欲的になれる、といった内容だった。

 

つまり、だるおも~な気分のときは、とにかく針と糸を持って、編んだり縫ったりすれば良い。これでスイッチがONになる。いったんスイッチが入れば、仕事でも勉強でも家事でも、「よーし!やるぞ!」という意欲が湧いてくる、ということだ。

 

ずっと前に『のうだま―やる気の秘密』(上大岡トメ&池谷裕二著、幻冬舎)という本を読んだことがあるが、“手芸脳”の仕組みはここに書かれていた内容と同じようなことなのだろうか。

 

脳の中の「淡蒼球」という部位を動かせばやる気は引き出されるので、この蒼い玉を動かすために、カラダを動かす、等のスイッチを入れよう、みたいなお話で、スイッチを入れる方法が具体的に述べられていて、すぐに試したくなった。脳って騙されやすいんだ、という新鮮な学びもあった。

 

上大岡トメさんの別の本、『キッパリ!』も読んだなあ。あのポーズ、今でもときどき思い出してやってみたりする。健康ドリンクよりも効く気がするのは、私の脳が人一倍、騙されやすいせい?

 

そして、手芸だ。手先を動かすことに没頭していくというのが、「淡蒼球」を動かすスイッチになっているのだろうか。また、脳内伝達物質のドーパミンは、楽しさや幸せを感じるとたくさん出るということだけど、そんなドーパミンを出す働きが、手芸にはあるのかもしれない。

 

私の場合、刺しゅうに対しては図案を見ている段階から、脳内の何かが踊りだしている実感がある。いわゆる、ワクワクしているってやつだ。だから、刺しゅうなら何でも良い、というわけではない。好みのデザインがたくさんある中から、どれを選ぼうか、どれにトライしてみようか、と嬉しく悩むことが重要になる。

 

今回は、キッチンのキャビネットのカバーに、さり気ないワンポイントが欲しかったので、桜井一恵さんの図案集からキッチンツールのデザインを選んでみた。桜井さんの刺しゅうの、日常を切り取ったような題材、スケッチ画のように軽やかでお洒落な作風が、とても好きなのだ。

 

図案を決めたら、それをトレーシングペーパーで写し取った後、布に片面複写紙と鉄筆で写していく。実はこの作業が、これまで私にはとても難儀だった。麻布の目が粗いせいもあるが、とにかく写りが悪くて。

 

刺しゅうはしたい。でも、写すのが上手くいかないからメンドクサイ。

 

これはかなりネックになった。しかし、100円ショップで買ったチャコペーパーをやめて、COSMOの「刺しゅう用コピーペーパー」を使ってみたら、あら素敵。くっきり鮮やかに写るではないか。

 

ストレスから解放された。道具って、やっぱり大事である。

 

道具が良くても、まあ、技術がアレなんで、出来栄えはちょっと・・・だけど。それでも好きな図案を自分で刺していく喜びと、仕上げた達成感はある。少し、上達したかな?という自己満足も。

 

少なくとも、低血圧気味の朝のやる気のなさは、すっかりなくなっている。集中しながらもリラックスした状態が続いていたので、とても気分が良くなっている。他のことに対しても、「やる気」モードに入っているようだ。

 

次は何に挑戦しようかな。シライカズミさんの小さなモチーフも好きだし(先日、ブローチを購入。ホンモノはやっぱりスゴイ!)、最近、atsumiさんのデザインもとっても気になっている。

 

ふと外を見たら、目の前の電線にいつものツバメがとまっている。3階のこの部屋は、彼らと視線が合いやすく、その度につい挨拶してしまう。

 

今日も元気?楽しくやってる?

 

雨空にツバメは、よく似合うなと思う。機嫌良くいられることは大切だね、なんてツバメに話しかける。

 

雨は小降りになり、少し日が差してきた。うん、なるほど。世界はやっぱり美しい。

 

光も雨も、美しい5月を存分に味わおう!

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1年で一番忙しいのは、私には12月より5月かもしれない。薫風に揺れる若葉が美しく、気温も湿度もちょうど良く過ごしやすい、一番好きな月。だから、とにかく無駄にしたくない。味わい尽くしたいという気持ちで、焦りさえ覚える。(笑)

 

まずは、わが家の植物たちと親しむ。モンステラを一回り大きな鉢に植え替え、ローズゼラニウムの挿し木をし、ベランダのハーブたちを整え、少し花を買い足す。

 

ぐんぐん大きくなるハーブは、どんな料理に使おうかと楽しく悩ませてくれる。チャイブやセージは、可愛らしい花も収穫。彩りになるだけでなく、結構、美味しい。

 

次に、薔薇のフェスタをやっている公園に出向き、春咲きの薔薇たちの極上アロマを心ゆくまで堪能する。自分の家では切り花で薔薇を楽しむ。香り高いイングリッシュローズ系の小さな花束を、夫に買ってもらった。(是非、毎年恒例にしたい。小さくなくてもいいけど!)

 

母の日も5月だ。実家の母への贈り物、今年は「愛彩祭」プリザーブドフラワーリースにした。「生花はちょっと…だけど、お花を贈りたいな」というときに、とても重宝するショップだ。もちろん自分用にも。昔、ドライフラワークリスマスリースをお願いしたら、とても素敵に仕上げて送ってきてくれた。細かな要望を聞いてくれたり、贈り物のときは、仕上げた作品の写真を確認のため送ってくれたり、丁寧なメールのやり取りも好印象。


花やグリーンで心は華やぐが、同時に害虫対策の季節でもあることを、忘れてはならない。私以上に虫を怖がる次女とともに、今年も真剣に取り組んだ。次女はハッカ油で虫よけスプレーも作ってくれた。

 

窓ガラスや網戸を綺麗にするのにも、5月はピッタリ。窓を開けても寒くなく、暑くもなく、まだ蚊もいないから。サッシレールもしっかりブラシで洗い流す。ピカピカに磨き上げたガラス窓から見る外の景色はクリアで、思わずニッコリ。気持ちいい!

 

同時にカーテンも洗う。濡れたままカーテンレールにかけても、窓を開けておけば、この季節はすぐに乾く。今年は寒暖差がジェットコースターのように激しかったが、五月晴れの日を選んで、私は毎年これをやる。10月にもう一度、窓ガラスとカーテンの手入れをすれば、師走の大掃除がずっと楽になる。

 

そして、5月で忘れてならないのは、外歩きの楽しさ!
晴れた日は、寸暇を惜しんで散歩をする。家にいるのがもったいなくて。

 

自然豊かな場所へピクニックにでも行けたら一番なのだけど、なかなかそれも難しいので、私は近所の川沿いの緑道や、少し離れた所の田畑の脇道などを歩いている。百花繚乱の季節、あちこちのお庭の様子にも心がときめく。

 

どこもかしこも、キラキラと光が溢れている!

 

植物も良いが、鳥も楽しい。5月10日~16日は、愛鳥週間だしね。巣作り、子育てシーズンの小鳥たちは、活発に動き回り、可愛らしいさえずりを聞かせてくれる。この時期、渡りの途中で立ち寄る野鳥が多いので、見たことのない小鳥に出会えたりもする。
「はじめまして。あなたは、だあれ?」

 

野鳥の名前を、もっと覚えたいな。

 

以前からなんとなく、そんなふうに思っていた。日本野鳥の会のオンライン野鳥図鑑なども何度か見ては、自分の見た鳥が何という名前だったのかを探したり、「こんな美しい小鳥がいるのね、どこに行けば会えるのかな」などと夢を膨らませたりしていた。

 

そして昨日、ついに探鳥会に初参加(無料)。夫に付き合ってもらって、集合場所へ。双眼鏡を貸していただき、大きな公園内でのバードウオッチングを楽しむことができた。

 

初心者もいいところの私である。ちょっと勇気が必要だったのだけど、本当に行って良かった。こんなに楽しいとは思わなかった!

 

あいにくの雨。しかし、鳥たちは雨の中でも動き回っていた。ツバメもシジュウカラムクドリも、空中で、木の上で、芝生の上で、一生懸命餌を探していた。池ではアオサギが魚を狙って忍び足。私は見られなかったが、カワセミも飛んだらしい。

 

コブハクチョウが優雅に泳ぐお堀のそばに来たとき、「あ、オオヨシキリがいますね」と、小さな声がした。鳴き声でわかる人を尊敬の目で見る。双眼鏡で探したが、私には見つけられなかった。

 

参加人数は17人だった。去年は50人くらいいたとのことで、雨の影響で少なくなってしまったのだろう。けれど、そのおかげで、鳥に詳しい会員の方から頻繁にお話を聞くことができた。皆さん、親切で優しい。そしてもちろん、鳥が大好き。話しているだけで、嬉しくなってしまう。

 

そして、双眼鏡ってやはり、すごい。小鳥は近づくと逃げてしまうから、いつも遠くから見るだけだった。けれど、双眼鏡なら近づかなくてもすぐ近くに見える。手に取るように様子がわかる。そんな当たり前のことに感動していた。

 

傘をさしながらの鳥探しは、やはりちょっと大変だし、袖や足元が濡れて不快ではあったが、嫌な気持ちにはならなかった。5月は雨の日も綺麗なんだなぁ、と感じて。

 

花や葉が雨粒に輝き、池やお堀の水面に光の散乱が起こる。樹々を見上げれば、まだ柔らかい緑色が夏とは違う深みを見せ、グレーの空に彩りを添えている。雨音の向こうから聞こえてくる鳥たちのさえずりは、耳に心地よい。

 

「いる、と思って探すと、見つけられることが多いよ」

 

小鳥いないねーと参加者が言っていたら、ある会員さんが、そうおっしゃった。深い言葉を聞いたようで、ちょっとハッとする。樹木の発するアロマを胸いっぱいに吸い込んで、なんとなく夫と目を合わせた。

 

5月は半分、残っている。週末は長女一家の家まで遠出するし、そういえば我々の結婚記念日も。さあ、まだまだ楽しい、忙しい。

 

「ひとり暮らし」してた、懐かしい町へ

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最近、「ひとり暮らし」という言葉が、私の頭の中を巡っている。次女が「そのうちひとり暮らしをする!」宣言をしたり(時期等未定)、大学生になった姪っ子が、岐阜の実家を離れ、我が家の近所でひとり暮らしを始めたりしたせいだろうか。

 

新聞広告で見てなんとなく気になっていた『ていねいなひとり暮らし』(shoko著、すばる舎)を買い、あらこの人もご近所だわ、どんな方かしら、などと思ってみたり。ひとりでも、こんな風に丁寧にスッキリと暮らせるなんて偉いなあ、と感心してみたり。

(その後、インスタグラムでshokoさんはふたり暮らしとなりお引越しをしたと知る。おめでとうございます!お幸せに♡)

ホント、こんな暮らし方できなかったな、私には。

 

20歳の3月から26歳の8月までの約6年半、ひとり暮らしをした。最初の半年は会社の寮で、後の6年間は目黒のアパートで。

 

先日、1泊2日で上京した折、ふと気が向いて、このアパートのあった町を訪れたのだった。代官山からバスに乗って、月光原小学校前というバス停で降りる。この小学校の名前、昔から「素敵だな」と思っていた。

 

狭い道を縫うように、バスも自家用車も走っている。こんな場所にどうやって駐車したんだろう、というクルマもよく見かける。東京の人は運転が上手なのかな。

 

私には懐かしい町だが、同行の夫には何の変哲もない町。せっかく東京に来たのに、次の日は彼は仕事なのに、なんだか申し訳ない。けれど、珍しそうに楽しそうに、一緒に歩いてくれた。

 

私の住んでいた建物はもう跡形もなく、見覚えのある家や店もほとんどなかった。それでも、この道をこう曲がって投票所に行ったなあとか、大雪が降った朝、この辺りで転んだっけとか、歩いていると細かな思い出がよみがえるから面白い。

 

生まれて初めて明太子おにぎりを買ったセブンイレブン、その脇の釣り堀のある清水池公園が健在だった。噴水前の、置物だと思っていた大きな鳥が動き出したのでビックリ。あれは鷺?鶴のように大きかったけど。

 

4月の、光る風がそよぐ。「帰って来たよ」とつぶやいてみた。怖れていたよそよそしさは全く感じられず、「お帰り」と言われた気がした。

 

ここに住んでいる間、辛いこと、苦しいことも多かったけど、若かった私はたくさん夢を描いたし、物語を紡いだ。武蔵小山駅からの帰り道にある商店街は、当時、活気があって、店の人が気さくに声をかけ夕食のヒントを教えてくれた。仕事でうまくいかなかった日も、家に帰るまでには笑顔になっていたりして。元気をもらっていたのだろう。

 

散歩するのが楽しい町で、桜並木の道、すずめのお宿緑地公園、サレジオ教会、林試の森公園などなど、お気に入りの場所をいろいろ見つけたなあ。お隣の碑文谷の町は高級住宅街で、お家や庭を見て歩くだけでも楽しかった。

 

思い出はいい感じに風化して(笑)、優しい気持ちで懐かしめるようになっている。深呼吸しながら、ああ私、この町がやっぱり好きだなー、と素直に思い、そんな自分に安心した。いつか、東京に帰りたいな。

 

次女が本当にひとり暮らしを始めたら、きっと寂しくなる。でも、応援したい。遊びに行きたい(笑)。狭くても自分のお城だ、好きなものだけに囲まれて暮らす夢は、楽しくないはずがない。不安や寂しさもエッセンスにして、人生の冒険を楽しんでほしい。

 

さて私は、この先の人生、またひとり暮らしすることがあるだろうか。夫よりも先に逝きたいと願っているので、ちょっと考えにくい。でももし、そういうことになったとしても、どんなに年を取っていたとしても、毎日を「希望」とともに暮らしていたいと思う。できれば、丁寧にスッキリとね。

 

春の海で集合!―伊勢志摩に遊ぶ4人旅

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いったいどれだけ笑っただろう。仕事に家事に介護にと、忙しい毎日を送る4人が伊勢志摩の旅をした。「みんなで春の海を見ようよ」と、関東と関西、東海から現地集合で。

 

この4人での旅行は約3年ぶり。

 ※そのときの記事↓
 再会の旅は、夏の軽井沢(2015.8.31)

軽井沢の旅があまりにも楽しかったので、年に1回くらいの頻度で集まりたいね、と言っていた。しかし、皆それぞれ多忙な上、年相応な親や子供たちのライフイベントが頻発、本人の体調も不安定という現実が続く中、この時期になってようやく実現した二度目の旅行だった。

 

なんだろう、すごく楽しい。すごく浮き立ってしまう。鳥羽に着いた最初の晩に、部屋で私たちがやったことは、驚くなかれ、バースデーパーティーだ。

 

小さなホールのケーキを現地で買って、ロウソクを立てて「ハッピーバースデー」を歌う。1回だけではない。ひとりひとり、順番に祝っていく。動画を撮るのだが、ちゃんとリハーサルもする。延々とこれをやるので、ついにはロウソクが短くなってしまった。

 

はしゃぎ過ぎだろ、ばあちゃん!

 

今はまだヨチヨチ歩きの孫たちが大きくなったら、きっとこう呆れるに違いない。

 

でもね、ちゃんと理由があるんだよ。おばあちゃんたちはみんな、毎日本当に頑張っているの。それを、このグループの仲間はちゃんと知っていてくれて、ひとりひとりを心を込めて労いたいと思っているの。湿っぽいのは私たちには似合わない。だから、こんなふうに笑いながら、はしゃぎながら、歌いながら、手を叩きながら、お互いの頑張りを称え合っているんだよ。1年分のみんなの誕生日を、祝い合っているんだよ。

 

おっと!うっかりおばあちゃんと書いてしまったが、みんな、とても孫がいる年には見えないので、そこのところは強調しておきたい。一番年長のTちゃんには、本当にまだ孫がいないし、ダイアン・レインみたいに綺麗だ。他の2人も素敵で、純情でとてもチャーミング。

 

関東組の2人は、お伊勢さんが初めてとのことで、下宮、内宮ともにゆっくりと歩いて回った。五十鈴川のせせらぎに目を細め、大きな杉の木をまぶしく見上げる。さすがにこういう場所では、大人女子は、はしゃがない。桜のはなびらが舞い落ちる中、神様にご挨拶をし、愛と感謝を伝えた。

 

そして、伊勢から志摩へ。美しい英虞湾が近づいてくると、ドライブはぐっとリゾートの雰囲気を増す。やっぱり、春の海はいいな。仕事のためこの日帰らなくてはならなかったMちゃんも、いつかまた一緒に行こうね。

 

お天気に恵まれた。汗ばむほどの陽気で春コートは出番なし。潮風の心地よさといったら!

 

ホテルの広い庭を散策すれば、ウグイスやイソヒヨドリの可愛らしい声。沈んでいく夕日と、昇ってくる大きなオレンジ色の月。目にも、心にも、焼き付けておきたいと思った。

 

でもやっぱり、ケラケラ笑ってしまうんだよね、私たち。もう、なんでそんなに面白いことばかり言うの?(笑)

 

夜遅くまで話し込む。疲れて眠いのに、寝てしまうのが惜しい。打ち明け話もするし、真面目に相談もするけど、いつの間にか他愛のないことでベッドに突っ伏して笑っている。全然性格の違う私たちだけど、どうしてこんなに仲が良いのだろうね。

 

遠い昔、アルバイトで滞在したことがある賢島にも出向いた。志摩観光ホテルで美味しいケーキをいただき、2年前のサミットで米国のオバマ前大統領も歩いたと言う道を通る。そんな場所でもカラスに気を取られ、駐車場を見失ってしまう私たちである。

 

37年前の今頃だ。入社式後の私たちは、神戸の研修センターで寝食を共にしていた。あのときに、この友情の芽が生まれていたのだろう。研修を終えて東京に戻ってからも、何でも話して支え合ってきた。転職してからもよく会っていたし、一緒に遊びにも行った。私が東京を離れるまで。

 

あれから長い年月が流れた。年を重ねるにつれて、本音を言える相手はぐっと少なくなってくる。心から心配してくれる友だちというのも。だからこそ、長く続く素敵な友情を手にしたことの幸せを噛みしめる。大事にしていきたいと強く思う。

 

「20年後の私たちかな?」
Yちゃんが目をやった先には、70代とおぼしき女性客4人組。楽しそうに語らってくつろいでいる。とても良い笑顔だ。目尻のシワに、互いを慈しむ優しさと誇らしさが感じられた。

 

Tちゃん、Mちゃん、そしてYちゃん。これまでも、そして今もなお、問題や課題の多い私たちの人生だね。でも希望を持って、笑いながら歌いながら、歩みを続けて行こうね。

 

それぞれ歩く道は違うけど、残りの人生もずっと励まし合って生きていけたらいいね。そしてまた、何度でも一緒に旅をしましょう!