一筋の光、降り注ぐ光。

人生はなかなかに試練が多くて。7回転んでも8回起き上がるために、私に力をくれたモノたちを記録します。

ウニヒピリ、いつも一緒だよ―ホ・オポノポノ手帳2020

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今年も残すところ・・・なんて言葉をよく聞く季節になってしまった。毎年、師走の気忙しさを先取りして落ち着かない気分になっていた私だけど、今年はヘビー級の気忙しさが既に一段落したせいか、何となく例年よりのんびりしている。

 

先月入手した「ホ・オポノポノ手帳2020」(これが5冊目となる)も、時々ゆっくりとめくり、来年もこの手帳を相棒に日々クリーニングしていこうと、穏やかな気持ちで思う。

 

手帳の表紙カバーには、こんなコピーが載っていた。

 

ハワイに伝わる教えと癒し
「ありがとう」「愛しています」「許してください」「ごめんなさい」
4つの言葉で、この瞬間しかない素晴らしい体験が訪れます。

毎日をクリーニングすると
◎過去のしがらみから解放される
◎最高のタイミングで出会いがやってくる
◎本当の自分を取り戻せる
◎インスピレーションがわいてくる

 

そして、この手帳の4つの特徴も。

 

①ヒューレン博士とKR女史の対談『ウニヒピリの再教育をはじめよう』を収録!
②本手帳オリジナル!2020年の「クリーニングツール」を紹介!
③ヒューレン博士とKR女史の言葉を、月ごと、週ごとに掲載!
④「切り取れるメモ」で365日を、毎日、ゼロの状態に戻して、クリーニング!

 

一通り読んでから、そのカバーをはずした。表紙カバーはリバーシブルになっており、私は毎年、裏返して使うのだ。

 

カバー裏面。今年のデザインは、去年に続いてKAPAだった。樹皮を打ち伸ばしてつくるハワイの布だそうだ。落ち着いていて素敵だけど、私は2016年版や2018年版みたいな、美しい植物の写真や絵の方が好みかな。

 

そんな感想もクリーニングしながら、今年も、巻末のヒューレン博士とKRさんの対談を、アンダーラインを引きながら読んだ。この対談と、その年の手帳オリジナルのクリーニングツールが、いつも楽しみなのだ。

 

 ホ・オポノポノ手帳の去年の記事はこちら↓

tsukikana.hatenablog.com

 


今回の対談のタイトルは「ウニヒピリの再教育をはじめよう」だった。

 

教育、という言葉に少し違和感を覚えた。いつも愛を待っているインナーチャイルド、内なる子どもに対して、ちょっと強い言葉だな、と。で、その反応もすぐにクリーニングする。

 

対談を読み進めると、教育というのがマナーや作法、アカデミックな知識などではないとわかる。ウニヒピリの再教育とは、ウニヒピリを開放し、自由になってもらうこと、だった。

 

私の表面意識(ウハネ)と潜在意識(ウニヒピリ)の間にある絆の大切さをしっかりと自覚すること。その上で、膨大な記憶の蓄積に苦しんでいるウニヒピリを、暗い世界から救ってあげることこそが、親である私、ウハネの役目なのだと。

 

KRさんは語る。

自分が何かを体験しているときに、「今、まさに記憶が再生していること」、そして「その記憶を手放すことができること」を自分のウニヒピリに根気強く教えてあげましょう。そうすれば、ウニヒピリは自信を取り戻すことができるでしょう。

「そうか、こういう気持ちがあったんだね。見せてくれてありがとう。一緒にクリーニングしようね」とやさしくクリーニングの道に導いてあげるのです。

と。

 

クリーニングができるんだ!と気づいたウニヒピリは、ようやく本来の仕事をはじめることができる。ウハネと一緒に記憶のクリーニングをする。ウハネが眠っている間もクリーニングしてくれる。

 

そうして、神聖なる存在からのインスピレーションを受け取れるようになる。本当の自分を生きていくことができる。そう、ホ・オポノポノはウニヒピリの協力なしには成立しないメソッドなのだ。

 

私は・・・最初の頃に比べて、かなりウニヒピリとは仲良くなれていると思う。でもまだ、一緒にクリーニングしてもらっている実感はない。

 

「あ、今のはウニが見せてくれた記憶だね。忘れていた、というか封じ込めていた辛い思い出。わざわざ取り出して私に見せたのは、これをクリーニングしてよ、という意味なのね。わかった、ありがとう。愛してるよ。一緒にクリーニングしよう」

 

そういうシーンは、最近頻繁にあるのだけど(これ、嫌な記憶がよみがえって結構メンタルしんどいけど、感謝してクリーニングしています)、果たして4つの言葉をウニヒピリも唱えてくれているのだろうか。

 

うーん。期待もクリーニング、だね。判断もクリーニング。焦りもクリーニングだ。

 

 ごめんなさい
 許してください
 愛しています
 ありがとう

 

クリーニングツールとしての4つの言葉は、ただ唱えるだけで気持ちを込めなくても大丈夫、とのことだ。でもウニヒピリに語り掛けるときは、心を込めて優しくつぶやくようにしている。

 


ところで。
実は、ホ・オポノポノに関する記事を書くときは、ちょっと緊張する。私のような素人が、わかったようなことを書いてはいけないのではないか、と。間違ったことを書いてしまったらどうしよう、と。

 

それで、持っている本を読み直したり、他のベテラン?の方が書いたブログをあれこれ読んでみたりして。で、思いの外、長いこと読みふけってしまって、書き出すまでに時間がかかるのだけど。それはそれとして、ポノに対する理解を深めたり、クリーニングしていくことの大切さを改めて噛みしめる、良い機会にもなっている。

 

ただ、シンプルながら奥の深いホ・オポノポノなので、勉強するほどに自分の浅さを思い知る。どこか勘違いして書いている部分もあるかもしれません、悪しからず。

 


ポノに関しては解釈に今一つ自信が持てない私だけど、ウニヒピリの存在は感じ取れるようになっているし、守ってあげたいと思っている。

 

私の中の、もうひとりの私。小さな子ども。ずっと放っておかれて、愛されることを待ち望んでいた、私の中にいた本当の私。

 

その存在を知った今は、もう寂しい思いはさせたくない。ずっと寄り添っていたいし、いつも一緒だと感じていたい。ウニヒピリが「クリーニングしてほしい」と記憶を再生させたなら、素早く気づいて願いどおりにしてあげたい。

 

ウニヒピリの再教育は・・・私にはまだ、早いのかもしれない。でも、「いつも一緒だよ」と、毎日何度でも話しかけて、「こうしたいんだけどどう思う?」と相談したり、「楽しかったね」と笑い合ったりしたいな。今はそれでいいよね。

 

2020年の手帳には、きっと今年以上に、ウニヒピリと一緒に笑い合える出来事がたくさん書けるはず。そう信じたい。

 

暮れていこうとする今年と、近づいてくる新しい年を、2冊の手帳を手にクリーニングしている日々だ。

 

 

毎日を幸せにするホ・オポノポノ手帳2020

 

追記(11/26):ダ・ヴィンチニュースに、ホ・オポノポノに関するわかりやすくて素敵な記事が載っていました。

news.goo.ne.jp

お金も日常的なクリーニングの対象ですね。
私は日々、レジで支払いをするとき、取り出した紙幣に
「ありがとう、愛しています」
と伝え、もひとつおまけに
「行ってらっしゃい。お友達をたくさん連れて帰ってきてね♡」
とも、心で叫んでおります!笑

 

隙間時間でも達成感。ありがとう!「100ネエサン」刺しゅう

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長女たちが帰ってから、急に秋が深まり寒くなった。毎日あんなに、暑い暑いと言っていたのに。

 

そう、2週間前は半袖で走り回っていた私。今日はカシミアのカーディガンを着ている。気温以上に、室温が下がったのかな。4人分の体温が消えて・・・

 

もう既に懐かしい。まるで子育て中の頃に戻ったかのような、慌ただしい日々だった。

 

忙しかったけど、自分に使える時間がまるでなかったという訳でもない。特に、長女が入院するまでの時期は、細切れだけど自由時間を作り出せる日もあった。

 

長女もちょこちょこと手芸をするのが好きで、一緒に刺しゅうしたことも数回。2歳児には、隣でお絵かきをしてもらったっけ。

 

楽しい思い出の時間が作れたのは、ある商品のおかげかもしれない。

 


ああ、隙間時間でちょっと何か作りたいなぁ。心が華やぐような、綺麗なものが作りたい。ただし、あまり作業スペースを取らず、すぐに片付けられる、という条件は外せないよね・・・

 

そんな風に考えていたとき、インスタグラムの広告が目に飛び込んだ。

 

 「100ネエサン」

 

シンプルなお姉さんたちがズラリと並んだプリント柄の布。そこに、ぬり絵のように自由に刺しゅうをして、彩っていく。

 

ただそれだけのものなんだけど、妙に惹かれる。妙に可愛い。「何かチクチクしたい!」という望みを、即、叶えてくれそうだし!

 

サイトを見ると、

手芸作家 中島一恵による「刺しゅうやペンでスタイリングできるぬりえみたいなファブリック」。
着せ替え気分で、ひとりひとりのネエサンの髪型や服、足元を刺しゅうや布ペンでスタイリングすれば、オリジナル作品ができあがります。

とある。3秒迷って衝動買い。

 

私が買ったのは、スターターセットというもの。刺しゅう糸、刺しゅう枠、針が付いて1980円(税別)と、お試しで始めるのに手頃感があった。糸も針も枠も既に持っていたけど、刺しゅうを始めたばかりの長女に針と枠をあげるつもりで買った。

 

届いて早速やってみたら、これ、思ってた以上に楽しくて!

 

服に合わせて髪の色を決めたり、イヤリングをビーズにしてみたりと、お洒落の工夫が気分を上げてくれる。

 

なんといっても、小さい刺しゅうなので、ネエサン一人分ならすぐに仕上げることができるのが魅力だ。完成したという達成感を、隙間時間で得られるのだから。

 

しっかりした生地なので、私は枠を使わなかった。下絵がプリントされているから、図案を写す手間もない。糸も指定がないから、手持ちの余り糸を好きに利用することができて、なんだか本当にお手軽。

 

小さな針山とハサミ、余り糸の入った小箱を木製のトレイにのせ、下絵の布を裏返しにかぶせて棚に置いておく。時間ができたら、そのトレイをひょいとダイニングテーブルに持ってきて、糸選びを楽しみつつ刺していく。散らからない!

 

仕上がったネエサンたちのスタイリングを眺めながら、
「次のネエサンのドレスは、どんな色・柄にしようかな」
などと考えるのも、ちょっとワクワクして。

 

ああ!自由だ!

 

刺しゅうは、なにもどこかや何かを飾るためだけにするものじゃないんだね。もちろん、ネエサンたちをひとつひとつ切り離してオーナメントやチャームにしてもいいし、そのまま額装したって、クッションやポーチに仕上げたっていいのだけど。

 

これまでは、好きな図案があると、これをどこに刺しゅうしようか。これを使って何を作ろうか、ということを、当たり前のように考えていた。考えるべきだと思っていた。舞台があっての刺しゅうだと思い込んでいたのだ。

 

でも、何にするあてもなく、ただチクチク刺しゅうがしたいというときもある。絵を描きたいのと一緒。100ネエサンは、そんな気分にもマッチしている商品なのだろう。

 

役に立たなくてもいい。上手にできなくてもいい。この手で何かを生み出すことで、ワクワクして満たされて、他のパフォーマンスにも気持ちが入っていくことは、手芸の効能のひとつだよね。

 

まあ、「そろそろ、役に立つものを上手に作りたいものだなあ」とは、一応、思ってはいるのだけど。少なくとも、誰かに喜んでもらえるものが作れたら、プレゼントできたら、素敵だよね。

 

もうすぐクリスマス。(自分にプレッシャー?)

 


100ネエサン(ルシアン オンラインショップ)

 

 

双子プロジェクト完了―寂しさと清々しさの中で

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抜けるような青空。真白な雲。
美しい9月の朝に、双子は生まれた。
2歳児に、ふたりの妹ができた。

 

あの日から、2カ月がたつ。5日前、長女と長女の娘たちは、迎えに来た婿どのとともに、遠方の町へ帰っていった。
残された私と夫と次女は、一抹の寂しさとともに、やり切った清々しさの中にある。仰ぎ見る11月の空は、さらに深く青い。

 

5カ月と少しを一緒に暮らした2歳の孫娘。ママっこで人見知りだったから、最初、どうなることかと心配していたが、すぐに打ち解け、我が家にも慣れ、楽しく日々を過ごしてくれた。

 

1カ月ちょっとの娘の入院中、私が母代わりをしていたので、なんだか自分の3人目の娘のような気さえしている。寝かしつけで甘えてこられたときなど乳腺が張ってきたこともあり、我ながら母性の不思議に驚いた。
・・・別れるのはやはり、辛かった。

 

我が家に来たばかりのときを思うと、彼女の成長ぶりには驚くばかりだ。本当に大きくなった。賢くなった。優しくなった。次々と変わる環境の中で、パニックも起こさず、よく頑張ってくれたと思う。

 

私たちの双子プロジェクトは、3つのフェーズに分けて、それぞれの課題とミッションを掲げることから始まった。なかなか得難い経験だったので、今、ここに記録しておこうと思う。

 


まずは、ざっくりと背景を。

 

私は夫と次女と、東海地方に住んでいる。長女は4年半前に結婚し、関西に。婿どのと2歳児とネコと暮らしている。この春、双子妊娠がわかり、我が家の近くにある大学病院で出産(帝王切開)することになった。

 

当初は、出産日1カ月前からの管理入院に合わせて里帰りする予定だったが、検査結果の数値に不安点があったため、2カ月早めての里帰りとなった。

 

★第1フェーズ
長女が管理入院するまでの2カ月と4日間

 

ここでの課題は、2人が加わった5人家族の生活に、それぞれが慣れること。
母体の健康管理への協力と、2歳児との信頼関係の構築が、私のミッション。

 

双子妊娠には安定期はないそうで、一番大事なのは安静にして、赤ちゃんたちにできるだけ長くお腹にいてもらうこと。長女も主婦だがなかなか手伝いは頼めない。買い出し、食事作り、洗い物、洗濯・・・私の家事はざっくり2倍量になった。特に妊婦と幼児の食事には、禁じ手が多いので気を遣った。

 

でも、長女とあれこれおしゃべりしたり、2歳児の可愛らしい言動に笑ったり、我が家は楽しく華やかになったのは間違いない。夫も次女も、本当に嬉しそうな顔をすることが増えた。

 

ただ、この頃は皆、この先のことが心配でたまらなかった。とにかくリスクの多い双子妊娠と出産。無事、笑顔でその日を迎えられるように、祈るようにして暮らしていた。

 

実際、検診時に子宮頚管が短くなっていると指摘され、次回の検診でそのまま入院するかもしれないと、毎回覚悟していた。義父の三回忌があったが、諸々心配なため、夫一人で行ってもらった。不義理をしてごめんなさい!

 

ハラハラしたけれど、なんとか無事、予定通りの日に入院することができた。

 


★第2フェーズ
長女が管理入院し、出産を経て退院するまでの1カ月と9日間

 

ここでの課題は、ママ無しで過ごさなければならない2歳児に、寂しい思いをさせないこと。楽しく暮らしてもらうこと。私のミッションは、母親代わりを徹底することだ。

 

それから、猛暑の中、2歳児を連れて長女の入院先に通うことも、課題であり、ミッションだった。でも、これは私一人ではやはり難しく、それはまた、日々の買い出しで外出することすら難しいということで、夫の協力があってなんとかしのげた。目いっぱい年休を取ってくれたのだ。

 

食事は、妊婦がいなくなった分、気楽にはなった。長女の栄養面は、病院にお任せできて安心だわ、と思っていたのだが、入院食はひどく素っ気ないものだと聞いて苦笑。おやつの差し入れも私のミッションとなった。「早くお母さんの美味しいごはんが食べたい」という言葉に、甘やかな気持ちになる単純な母親。笑

 

このフェーズでは、お盆休みの婿どのが2歳児を5泊6日、預かってくれた(いや、こちらが預かっているのだから一時お返しか?)。彼のご実家はクルマで1時間以上かかるが同じ県内にある。孫娘はそちらにも台風をはさんで2泊お世話になり、戻るとき、彼のお母さんも長女の見舞いにわざわざ来てくださった。

 

明るくて、優しくて、さっぱりとしてていつもニコニコ。彼のお母さんが私はとても好きだ。お会いできたのも嬉しかったし、彼女もこのプロジェクトを一緒に成功させようとしてくれてる仲間なんだと、とても心強く思うことができた。

 

そして、9月6日、無事に双子は誕生した。今度は婿どののお父さんも、お母さんと共に遠方から来てくださった。狭い病室に大勢の笑顔がはじける。はしゃぐ2歳児。大仕事を成し遂げた長女は、幸せそうに微笑んでいた。

 

退院までは、ママ代わりの役どころが私の使命。2歳児は朝起きると「おばあちゃまー」と私を呼ぶ。「ママー」と呼んだのは長女が入院した最初の1日だけだった。我慢してた?それとも順応力が高いの?どちらにしても、私からは「ありがとう」だね。

 


★第3フェーズ
長女の退院から、彼女たちが帰って行くまでの1カ月と21日間

 

ここでの課題は、双子を迎え入れての生活に、全員が慣れること。赤ちゃんたちのお世話をすること。荷物が増えた狭い家で、(気持ちだけでも)風通し良く、仲良く暮らすこと。

 

産褥期の長女のケアと、また生活が変わってしまった2歳児のケア、5人分の食事と7人分の洗濯が、私のミッション。

 

これは正直、プロジェクトの初期から大変だろうと怖れていた。
だって、新生児1人だって大変なんだもの。それが2人いて、2歳児もいて・・・

 

沐浴も2人分。授乳もオムツ替えも2人分。泣き止まない赤ちゃんたちを抱き上げて、を繰り返す。遊んでほしがる2歳児の相手もする。ご飯を食べさせ、お風呂に入れて。1日中大騒ぎだ。

 

日記を読み返すと、みんな体調崩したり、腰を痛めたり、精神的に不安定になったり、疲労がたまって限界っぽい日が続いていた。双子はだんだん寝ている時間が少なくなり、泣き声も大きく激しくなってくるし、昼夜構わず交代で泣き続けるのだから、そりゃあみんな、疲弊するよね。

 

夫も次女も、仕事から帰っても休まらなかったことだろう。それでも、夜中も早朝も惜しみなく協力してくれた。それもこれも、長女を守りたい、小さい人たちを守りたい、という強い思いがあったから、なんだよね。それにやはり、双子の赤ちゃんは抜群に可愛いから。

 

体力的にもきつかったけど、精神的にも揺さぶられることの多かったこの5カ月ちょっと。たった1日でいい、ひとりで静かに過ごせる日が欲しい、と私は渇望したっけ。洗い物をしながら涙が出てしまったこともあった。なんで、こんなに長いこと大変な思いをしなくてはならないのか、と。そして、そんな風に思ってしまってはいけないのかな、自分は冷たい母親なんだろうかと落ち込んだ。

 

長期にわたるサポートだったから、頭も疲れていたのだろう。多胎妊娠、出産のリスク、育児の過酷さについて、全く知らなかったところから始まったことも、ここまで大変なのか、と精神的負担を感じた原因かもしれない。そして今も多くの人は、多分知らない。みんなきっと長女の苦労は想像できるけど(確かに長女は大変だ)、そこは実母が助けてくれるものでしょう、くらいに思っているんじゃないかな。

 

どうかあまり無理をしないでね。
実家に甘えられるうちにたっぷり甘えさせてもらいなよね。
・・・と。

 

以前の私でも、そう言いそうだ。おめでたいこと、幸せなこと、という事実の前に、受け入れ側の生活や時間の犠牲は些末なことと、世間に軽く扱われている気がする。

 

私は娘を愛しているからサポートした。夫も、次女も。でも、それを「実家なんだから、母親なんだから当たり前」と言われることは、なんだか釈然としない。

 

双子に限らず、里帰り出産の受け入れ側の苦労にも、もっと想像力を発揮してもらえたらいいなぁと思う。誰もが体力的、時間的、空間的、経済的に余裕があるわけではないのだから。

 

もちろん、長女は何度も心からのお礼を言ってくれた。改めて「ありがとう」と言われると、泣きそうになった。本当にいい子。「私こそありがとうだよ」という返事も、心からのものだ。素晴らしい経験をさせてもらった。幸せだった。それは、確かなのだ。

 

 

11月の晴天が続いている。
朝、駆け寄ってくる2歳児は、もうこの家にいない。外出先から帰っても、パタパタと走ってくる足音はしない。誰かが出掛けるとき、ハグの輪の真ん中に入って「ギュー」と言い、キラキラの瞳で見上げて「みんないるね」と笑う、あの子はいない。

 

抱き上げるとスッと泣き止んだ赤ちゃんたち。その軽さと温かさ。石鹸とミルクの匂い。この世で一番、大切に扱わなくてはいけないもの。

 

カップでもフレームでも、2つ並んでいるのは可愛いものだとずっと思っていたけれど、2つ並びの可愛さを、寝ている彼女たちにも感じた。同じ方向を向いていても、向き合っていても、そこにいるだけで幸せな気分にしてくれた。

 

長女といろいろな話をした。他愛ない話、真面目な話。お互いの「推し」の話も。笑
素直で優しい彼女には、悩みもいっぱい聞いてもらった。手を伸ばせば触れられる所に、何カ月もいたのに、今はもういない。

 

・・・ひとつひとつのシーンを思い出すたびに、まだ喉の奥がグッと詰まるけど、私は感謝して今日を、明日を新しく生きていきたい。

 

長女たち一家にとっては、双子プロジェクトの第4フェーズが始まっている。きっと、すごくすごく大変なはずだ。もっと預かってあげれば良かったのかもしれないと、何度も繰り返し思ってしまう。

 

でも、「頑張ってみる」と言った娘の意志を尊重したい。応援していくし、SOSがあれば飛んでいくつもりだ。

 

そして我が家には引き続き、大きなイベントがある。

 

今月末、次女が一人暮らしを始めるため、引っ越していくのだ。またまた寂しくなってしまうけど、親として彼女の成長を喜びたいし、エールを贈りたい。

 

2019年。長女と暮らせた夏を、孫娘と過ごせた夏を、私は忘れない。そして、次女と過ごせる残りわずかな日々を、一瞬一瞬を、大切にしようと思う。

 

思いは千々に乱れ、揺れるけど。
空を仰ぎ「清々しい」と感じた心のありようを、ずっと継続していけたらと、今、強く願っている。

 

 

・・・とても間があいてしまいましたが、久々に更新しました。
長いですよね、スミマセン。
次回は短くなると思います。
で、多分、わりとすぐに更新すると思います。多分・・・

 

そんなときは空を見上げる―双子プロジェクトと西城秀樹さん

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梅雨が続いている。

 

雨の風情は嫌いではないけれど、あまりにも長い。どんよりと暗い空で、頭も気分も重くなりがち。我が家に2歳児が来て7週間たったが、この子がお日様の代わりに家中を照らしてくれているような気もする。

 

とは言え、やはり忙しい。そして、やはり疲れる。ツバメがヒナに餌を運ぶように、毎日買い物の自転車を飛ばしている私。隙あらば、シーツを洗おうとしている私。雨よ、お手柔らかに。昨日は久し振りにエナジードリンクを飲んだ。

 

双子を宿した長女は、妊娠8ヵ月だけどもう臨月のような腹囲で、少し動いても息が上がると苦笑している。やっぱり双子妊娠は大変そうだ。

 

でも、無事ここまで来られて良かった。あと2カ月しないうちに、お腹の子たちに会えるのだ。ありがたいこと。まだまだ気は抜けないけれどね。

 

長女が管理入院するまでを、双子プロジェクトの第1フェーズと私は考えている。そこでの主な目標は長女(=母体)の体調管理、そして、2歳児との信頼関係の構築(大袈裟・笑)で、大体において達成されつつある。今はそれが嬉しい。

 

でも、第2フェーズはもっと不安だ。長女の約1カ月半の入院中、ママっこの孫娘がどんなに寂しい思いをするだろうか、と。そして、いくらなついてくれてきたとは言え、日中、私一人で対応できるだろうか(私がもつだろうか)と。

 

ここでの目標は、2歳児にママなしでの生活に慣れてもらい、楽しく過ごしてもらうことだ。子連れで入院先へ通うことや買い出しに出ることも、暑い最中、なかなかの難題だろうな。

 

さらに、退院後の第3フェーズとなると、物理的な問題も出てくる。双子との対面は感動的であることは間違いないだろう。だが、その後、退院してこの狭い我が家にやって来たら・・・どうなるのだろう?

 

産褥期の長女のケアと、2歳児のケアと、未体験の双子のケア。ご飯、作れるかな?7人分の洗濯って?・・・想像もつかない。

 

まあ、でも多分、なんとかなるよね。夫も次女も、頑張ると言ってくれているし。ただ、仕事から疲れて帰ってきて、ツインの新生児の世話で寝不足になってしまうのは気の毒過ぎるので、やっぱり私が頑張らなくてはいけないよね、と思っている。

 

思ってはいるけど、心配だし不安であることは打ち消せない。このように、疲れ以外にも、ミッションの大きさに対する不安と責任から、楽観と悲観を行き来している私である。

 

そして、私が倒れてしまっては本当に立ち行かなくなるので、それが怖い。だから、第1フェーズである今のうちから、セルフケアを心掛けている。

 

自分のために使える時間は、全くないという訳ではない。ただ、細切れなので、まとまったことをするのはちょっと無理で。これまでのライフワークの中から、外せるものと外せないものを仕分けるようになった。

 

勉強系はちょっとお休みかな。読書や散歩も、なかなか難しくなってしまった。映画やショッピング、お洒落な外食もしばらくはお預けだ

 

外せないセルフケアとしては、まずアロマ。就寝前、アロマディフューザーで自律神経を整えてくれる香りを中心に楽しみ、自分を労わる時間を作っている。ホ・オポノポノとともに。

 

次に、余裕があればリンパを流すセルフマッサージとストレッチをしている。あとは、できるだけ睡眠時間を確保すること。

 

それでも、あれやこれや考えて気持ちが不安定になり、なぜだか"悲しみ"の感情が沸き上がってしまうときがある。「こうありたい」のに「そうできない」。前向きに考えたいのに否定してしまう。自分は弱いんだな、大人になりきれていないんだな、と、持っていきようのないマイナスの気分に翻弄される、そんなとき。

 

空を見上げる。晴天でも曇天でも、雨が降っていても。
私はHIDEKIを求めて空を見上げている。

 

そう、西城秀樹さん。こう書いてしまうと、大スターがそびえ立ってしまうけど、実際大スターなんだけど、私にとってはこの1年ですっかり心のよりどころとなっているHIDEKIなのだ。

 

HIDEKIなら、どうする?

 

空に向かって私は尋ねる。HIDEKIだったら、きっとこんな風に考えて、こんな風に振る舞うよね。私も真似してみるよ、と心でつぶやく。

 

訃報のショックと寂しさから、YouTubeで西城さんの動画巡りをして、ブーメランで彼に戻って1年以上になる。その間に、同じようにHIDEKIに戻ってきた人たちがたくさんいることを知った。そんなブーメラン組の人たちや、古参のファンの人々から、彼にまつわるたくさんのエピソードや個人的な思い出を聞かせてもらうことができた。

 

ほぼ全てが美談で、こんなに心根の優しい人だったのか、努力の人だったのか、それほどまでに素敵な人だったのかと驚いた。思わず吹き出すような可愛い失敗談や、ハラハラさせられる言動も含めて、なんとも魅力的で、愛さずにはいられない人。こんな人が本当に実在したんだね。奇跡みたいだ。

 

12歳の夏、同じクラスのタカコちゃんが、私に『情熱の嵐』のレコードを買うことを勧めた。あれから新聞のテレビ欄で「西城秀樹」の文字を探す日々が始まった。私の恋が始まった。タカコちゃん、今頃どうしているだろうか。

 


 その瞳 僕のもの
 この体 君のもの
 太陽が燃えるように 二人は愛を
 永遠にきざもう
   (1973年5月25日発売『情熱の嵐』より)

 


HIDEKIは本当に私たちの瞳をくぎ付けにして、姿も声も、その体全てを私たちに捧げてくれたんだね。

 

HIDEKIに夢中だった頃を思うとき、中学の教室や中庭の風景がよみがえる。辛いことの多かったあの時代を、それでも懐かしく思い出すことができるのは、彼の存在があったおかげだ。逆に言えば、HIDEKIを恋しく思う気持ちは、郷愁に裏打ちされているのかもしれない。HIDEKIが好きな女の子たちと、他愛もない話をしていたあの頃の思い出は、ソフトフォーカスの写真みたいだ。

 

HIDEKIがすごく好きだった。すごく好きだったけど、コンサートにも行ったことがないし、アイドル雑誌も買ったことがない私は、もしかしたら本当のファンとは言えなかったのかも。今だってブーメラン組と名乗るのはおこがましいのかもしれない。ほとんど新規ファンなのだ。

 

なので、この1年で見聞きしたことは、知らないことばかり。長くスターでいた方だから情報量も多く、知れば知るほど素敵な方なので欲も出て、もっともっとと知りたがる自分を制御するのが大変だった!笑

 

素晴らしい歌唱力と表現力。日本を代表するエンターティナー。芸能界に疎い私でも、それくらいはわかる。だから、「こんな偉大なスターが亡くなったというのに、追悼番組が少ないことやマスコミのどこか冷めた扱いってどういうことなの?」と、これまで歯がゆく思っていた。

 

それが、だ。ファンの想いが大きなうねりを作ったのだろう、一周忌を境に潮目が変わったようなのだ。

 

HIDEKIを再評価してくれる動きが目立ってきた。フィルムコンサートが開催され、初のオールタイムシングル集『HIDEKI UNFORGETTABLE-HIDEKI SAIJO ALL TIME SINGLES SINCE1972』も命日の5月16日に発売された。雑誌での特集も増えたし、9月26日には没後初の写真集『HIDEKI FOREVER blue』が発売される。

 

これからもっともっと、西城秀樹さんは注目され、彼のファンは増えていくことだろう。その色彩豊かな歌の世界に夢中になり、映像に残るパフォーマンスに心躍らせ、出演作のドラマや映画を楽しむ人が増えていくだろう。HIDEKIやご家族、HIDEKIファンのことを思うと、本当に嬉しい。

 

もちろん、私も。何の力もないちっぽけなファンで、頑張ってくださってきた人たちの足元にも及ばないけど、それでも、好きな人(今は"推し"というのですね)がこれからもっともっと認められていくのは嬉しい。

 

でも少しだけ、少しだけなんだけど、寂しさもあって。

 

それは、14歳の秋、あまりにも大スターになってしまったHIDEKIに戸惑いはじめた私に通じる寂しさ。あのとき私は高校受験を言い訳に「HIDEKIを卒業しよう」とした。でも、今の私は卒業はしないよ。ずっと"推し"ていく。

 

HIDEKIはみんなのもの。だけど私には私のHIDEKIがいる。私の生活に合ったペースで、心のままに彼の歌を聴き、姿にときめき、彼にまつわる思い出話に想いを馳せ、彼の生き方に憧れ続けていく。彼がこの世にいてくれたことに、シンガーになってくれたことに、感謝と幸せを感じながら。

 

時々は、空を見て泣いちゃうけどね。そこにいてくれる喜びと、そこに行ってしまった哀しみとが、同じ大きさで迫ってくる。

 

こんな状況の今、隙間時間でしか歌を聴けないし、SNSもなかなかできないけど、「いつも心にヒデキを」の言葉が私の胸にはある。短時間でもHIDEKIタイムは効果絶大で、沈みがちな心も魔法のように浮上してくる。アロマより効くかもよ?

 

「もっともっと多くの方が、西城さんの歌に癒され、励まされ、日常を輝かせてくれるといいなあ」と心から思っているので、ライトなファンではあるけれど、そのときどきで私でもできるささやかな行動はしていきたい。

 

この記事も隙間時間を集めて書いている。アップできるか怪しかったけど、なんとかなりそうで良かった。

 

それにしても、青空が恋しい。
HIDEKIを求めて見上げる空は、やはりブルーが似合うと思うのだ。


西城秀樹さんについてはこれまでも書いています)

tsukikana.hatenablog.com


蛇足:我が家にいる2歳児も、上手に「ヒデキ」と言えるようになりました。笑

 

ハッピー探偵ドゥードゥー?―2歳児のいる景色

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金曜日に、私の住む東海地方は梅雨入りした。洗濯物と空を見比べてため息をつく日々がまた始まる。洗濯物、増えたしなぁ。

 

遠方に暮らす長女が、2歳の娘とともに我が家にやってきて1週間。我が家の暮らしはがらりと変わった。小さい子のいる毎日って、こんなに慌ただしかったっけ。

 

私、曲がりなりにも子どもをふたり、育ててきたはずなのに、もうすっかり忘れている。困惑の連続だ。1時間くらい一緒に遊ぶのなら楽しいのだけどね。きりがないから困ってしまう。ニコニコしてたと思ったら急に機嫌が悪くなったりね。相手をするのもなかなか大変。

 

自分の時間を作り出すのは至難の業になりつつある。家事の量も倍増し、いつもご飯と洗濯の心配をしている。12キロを抱っこして歩くのもかなりこたえるし、若い頃のような体力はないと思い知った。くやしい。

 

今、私がダウンしたら大変なことになるので、疲れやストレスをためこまないように気を付けなくては、と自分に言い聞かせている。実は長女のお腹には今、双子が宿っているのだ。

 

その報告を受けたのは2月のこと。みんなが幸せな気持ちになり、新しいふたつの生命の芽生えを喜んだ。素敵なことだと微笑み合った。それは今も同じなのだ。

 

ただ、不安も大きいのは否めない。双子は妊娠中も出産時もリスクがとても高いことを知ってしまったから。

 

無事にふたりともお腹で育ってくれるのか。ちゃんと生まれてきてくれるのか・・・長女がナーバスになってしまうのは仕方のないことで、そんな彼女を、夫も次女も私も、なんとか守ってあげたかった。

 

長女は、彼女の暮らす町ではなく、私の住まいに近い大学病院でお世話になることが決まり、何事もなければ9月に帝王切開で出産する。その前に1カ月間、管理入院するので、それに合わせて里帰りするはずだった。それが、検診時の数値でちょっと引っ掛かり、心配なため2カ月前倒しの里帰りとなった次第。

 

双子妊娠には安定期はない、と言われているようで、とにかく気が抜けないのだ。ようやくツワリがおさまったら今度は張りや痛みに悩まされる。妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病なども怖いし、長女は最初の子のとき、切迫早産で入院したことがあるので、それも心配だ。

 

自分の健康管理だけでも大変なのに、2歳児の世話もある。婿どのはこの時期、週末出張が多く、ひとりでは心細いことだろう。そもそも、さあ入院、となったら、2歳の孫娘はどうなるのか?

 

今は体調は安定しホッとしているが、2カ月前倒しで我が家に来て良かったのだろうと思う。少なくとも、子どもの相手ができる大人の頭数は我が家の方が多いから。

 

そんなわけで、狭い3DKで5人暮らしが始まった。9月には7人になる。時々婿どのが来れば、そのときは8人。本当にいったい、どうなることやらだけど。笑

 

賑やかでいいね。また長女ちゃんと暮らせていいじゃない。お孫ちゃんと過ごせるなんて幸せよ。双子ちゃんなんて素敵、うらやましいわあ。・・・と言っていただくことが多いのだけど、一面的には本当にそうなのだけど・・・。あんまり簡単に言ってもらいたくないなあ、とモヤモヤ思ってしまうのだ、正直なところ。

 

毎日、みんなが少しずつ努力して、支え合って、不安や心配を軽減しようとしている。それは多分、2歳の孫娘も。慣れない環境で、パパに会えないのも我慢して、精一杯、楽しく生きようと頑張ってくれている。

 

「はっぴーたんていどぅーどぅー」

 

最初に彼女がそれを言ったとき、ハッピー探偵ドゥドゥ?そういうキャラクターでもいるのかな?と思った。

 

これ、ハッピーバースデートゥーユー♪と歌っていたのだ。2歳児にはこういう類のことがとても多い。「キロミー」が「黄緑」のことだったりね。

 

可愛い言い間違いをたくさん披露してくれたり、昨日言えなかったことが言えるようになったり、大人の言うことを意外なほど理解していてビックリさせられたり。2歳児、本当に面白い。みんなが笑顔になる。

 

そして、笑い返すその顔のなんと愛らしいことか。瞳には星がいっぱい。

 

大変だけど、可愛い。悩みのタネなのに、そのタネに慰められている。・・・ああ、こういうこと、確かに昔、経験した。思い出してきた。

 

そう、もう一度これを経験するわけね。しんどいけど、嬉しいよね。嬉しいけど、しんどいよね。毎日、笑って泣いて怒ってまた笑うキミと、これから数カ月過ごしていこう。無理をし過ぎないように。でも、病気や怪我をさせないよう細心の注意を払いながら。

 

今、長女は次女と買い物に出掛けている。長女が嬉しそうに過ごしている様子を見ると、本当に良かった、と思う。

 

夫が洗い物をしてくれていて、2歳児はお昼寝中。そのすきを狙って、これを書いている。隣の部屋でスヤスヤと眠る孫娘は、いつまでも見ていたくなってしまうので「危険」だ。でもつい、見に行きたくなっちゃう。

 

昔、新聞に連載されていた小説『愛しの座敷わらし』(荻原浩)に出てくる座敷わらしがとても可愛くて、毎日読むのが楽しみだったのを思い出した。みんなを幸せにしてくれる座敷わらし。あの子もこんな感じだったのかな。

 

それから、私の日常に欠かせないホ・オポノポノで、大切な存在であるウニヒピリ(潜在意識)。一番ケアしなくてはいけないこのウニヒピリについて、2歳くらいの子どものイメージなのだということを、どこかで読んだ気がする。

 

私の中のウニヒピリは、気のせいか最近とても反応が良い。自分と同じ年頃の子の登場に興味津々、といった感じなのかな?

 

我が子が2歳だった頃には思いもつかなかった視点で、今、我が家に来た2歳児を観察できるのも楽しい経験だ。この子が私に、私たちに、もたらしてくれるもの。それはもしかしたら、とてつもなく大きなものなのかもしれない。

 

先々のことは心配だけれど、とにかく“今”を丁寧に生きることを大切にしたい。
一日一日を、愛おしんで生きていこう。

 

ローズガーデンに行こう!

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ここは、天国なの?

 

気がつけば私は歩みを止めて、ポカンと周りを見渡していた。夢のように美しい。おとぎ話の花の迷宮に迷い込んでしまったようだ。

 

・・・いや、もちろん迷い込んだわけではなく、嬉々として入っていったのだけど。

 

咲き誇るとは、まさにこのこと。その圧倒的な数、豊かな色彩、香りの心地良さ。あまりのことに「ここはどこ?」「これは現実?」と固まってしまった私。

 

綺麗な青空。清らかな陽光。5月の風が頬をなでる。

 

日曜日に、岐阜県にある「花フェスタ記念公園」を訪れた。とにかく薔薇が素晴らしいと聞いていて、以前から行ってみたかった、世界最大級をうたう薔薇と花のテーマパークだ。

 

80.7haの広大な敷地。「バラのテーマガーデン」はその一角を占めていて、約5,000品種の薔薇が植えられ、17ものテーマに沿って多彩な魅力を味わえる。

 

感嘆の声を上げながら、いくつかのテーマガーデンを巡った。手入れが行き届いているのが、素人目にもわかる。枯れていたり、病害虫に侵されているような残念な姿がどこにもない。これほどの量の花々を、こんなに美しく保てるものなのだろうか。

 

どのコーナーも素晴らしかったが、中でも「オールドローズのバラ園」はこの上なく優雅で華やかだった。芳しい香りが漂う中、色とりどりの愛らしい薔薇の姿形を眺めていると、我知らず夢見心地になってきて、冒頭のポカン状態になってしまった次第。

 

これまでもいくつかのローズガーデンを訪れたことはあるが、これほど感動したのは初めてだと思う。季節も良かったし、朝のうちに到着したのも良かった。薔薇は朝、よく香るからね。

 

薔薇は香り重視である私には、強香種を集めた「香りの庭」も印象的だった。貴婦人のような薔薇たちに顔を近づけると、少しひんやりとした水分の蒸発とともに、瑞々しいフルーティな香りが立ちのぼる。フレッシュな芳香が楽しめるのは、生花ならではだ。胸いっぱいに清涼感のある香りの粒子を吸い込む贅沢。何時間でもいたくなる。

 

(以前も薔薇の香りについて書いています。よろしければ)↓

tsukikana.hatenablog.com

 


薔薇の香りは、香り成分の配合バランスによって7タイプに分けられるそうだ。「南国のフルーツみたい」とか「甘ーいお菓子みたい」くらいにしか表現できない自分が情けないのだけど、まあいいか。とにかく、薔薇の香りは美しい♡

 

ティーローズエレメントという成分には、森林浴の香りと同様の鎮静効果や抗ストレス効果があることが実証されているとのこと。単に良い香りが楽しめるだけでなく、心にも効いてくれる。薔薇の香りって、なんて素敵なんだろう。

 

同行した夫と次女と、「なんか、幸せだったね」と帰り道に話した。美しいものをたっぷり見られた充実感だった。あと、香りのリラックス効果ね。すごく歩いて、疲れたけど。

 

そう、広大過ぎる、この公園。最初に「世界のバラ園」の一角に入り、「ターシャの庭」には2度も入り(笑)、ポピーの小道に歓声を上げ、花のタワーに上り・・・。「バラのテーマガーデン」にたどり着くまでに、くたびれてしまっていた。

 

17のテーマガーデンの大半は諦めて帰ってしまったのが、今更ながら悔やまれる。次は逆コースでリベンジしたい!笑

 

実はこの日、結婚記念日の前日で。平成元年に結婚した私たちは、30周年の真珠婚。元号も変わった今年の結婚記念日は、ちょっと特別なアニバーサリーだったとも言える。

 

しかし、夫は今、休みがなかなか取れないほど仕事が忙しく、この日も食事の後、泊まる支度をして職場に向かった。そして記念日当日も仕事で帰宅できず・・・。

 

ちょっと寂しいし切ないけど、申し訳なさそうに謝る本人が、一番可哀そうなわけで。過労が心配だわ。そんな中、ローズガーデンの約束だけは果たしてくれたことに、感謝しよう。(秘かにリベンジを期待してるけど!)

 

花フェスタ記念公園にはきっとまた、薔薇の季節に行くことになるだろう。その他にも、私がまだ知らない素敵なローズガーデンは日本中にたくさんあるはず。薔薇に満たされる幸せ体験を、これからも重ねていきたいな。

 

そして、いつか南仏グラースの薔薇農園に行き、早朝の薔薇摘みを体験する!
・・・というのが、今の私の野望である。

La vie en rose!

 


花フェスタ記念公園(6/16まで「春のバラまつり」開催中)

www.hanafes.jp

母に長い手紙を書く

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私にとってとても貴重な、「あれもしたい、これもしたい」の5月が始まっている(そういえば今月から令和ですね)。体調を崩してのスタートだったけど、今は元気。膝の痛みも耳鳴りもなく、肩凝りすらない。どうしたの?っていうくらい、絶好調。ただ、忙しい。

 

先日の日曜日、友人夫婦に誘われて、ベルギービールのお祭りに行った。待ち合わせの時間より少し早く着き、最寄りのデパートで母の日のプレゼントを物色。花の寄せ植えを選んだ。

 

配送を頼むと、翌日か翌々日、届いてしまうという。そうか、花は生ものだものね。ネットショッピングで麻痺してしまっていたが、お届け日は選べないのだ。母の日よりだいぶ前についてしまうが仕方ない。

 

それで、火曜日の夜、母から「ありがとう、届いたわ」と電話があった。母は携帯電話もスマートフォンも持たないので、いつも家の電話から我が家の固定電話にかけてくる。

 

この固定電話、だいぶ前から調子が悪く、買い替えるか何か、対処しなくてはと思っているのだが、ほとんど使っていないので(かけてくるのは母かセールスか選挙運動くらい)ついそのままにしてしまっている。数分で子機の充電が切れ、会話がブツブツになり「かけ直すね」と言って、私のスマホから父の携帯にかける、ということがこれまで繰り返されてきた。

 

ただ、今回は私、思うところあって「手紙を書くね」と言って通話を切ったのだった。

 

お花に付いていたカードに「いつもありがとう」と書いたけど、なんだか足りなくて。電話でも、充分に伝えられるか心許なくて。ちゃんと、丁寧に伝えたかった。感謝を。

 

2年前の記事にも書いたが、長女の出産で手伝いに行ったとき、私は同じことを母にしてもらった当時を思い出し、母の大変さを思いやれていなかった自分を反省した。帰ってからそのことを電話で母に伝えたけれど、サラッと終わってしまった感じで、実はちょっと心残りだった。

 

そのときの記事↓

tsukikana.hatenablog.com


さて、書き始めると、これがなかなか大変。手紙を書くのも久し振りだし、きちんと伝えようと気負っているから余計に。3時間くらいかかったかな。便箋7枚にわたり、あの頃の若気の至りで気遣えなかったことを詫び、感謝と尊敬を言葉にした。

 

文章にしてみると、心が整理されていく。手紙を書きたいと思った衝動の本質が見えてくる。そして28年前の記憶がよみがえる。

 

まだ若かった母。高校時代はソフトボールの選手で運動神経が良く、動くことが大好きだった。「おばあちゃん」になる頃も、ダンスを続けていて。今は杖がなければ外出できないなんて、あの母が・・・と辛くなってしまう。

 

昔から本が大好きで、私の家にも数冊の本を持ってきたが、足りなくて我が家の本棚からも数冊抜き取り、赤ん坊が寝ている間に読んでいたっけ。

 

夫の両親と祖母が3人でお祝いに駆けつけてくれたとき、得意のおはぎをこしらえて来客を喜ばせてくれた母。今はもう、その3人は鬼籍に入っているのね・・・。

 

豆板醤を使って麻婆豆腐を作ろうとする私に「偉いわね、麻婆豆腐の素とか使わないでちゃんと作るなんて。私はやったことがないわ」と、感心し褒めてくれた母。私だって、母が作るもので自分ができない料理なんてたくさんあるのに。

 

数週間、一緒に暮らせた。一緒に赤ん坊の世話をし、一緒に台所に立った。それは出産直後の大変な時期だったけど、娘として母に甘えられる幸せな時間でもあった。母も嬉しいんじゃないかな、なんて思っていた。単純で愚かだった私。

 

静岡に母の暮らしはあり、その生活を犠牲にしてはるばる来てくれたのだ。一人残された父は、ほとんど家事ができない人だ。心配だったことだろう。慣れない台所も使いにくかっただろうし、少ない予算での買い物も、よく知らない若い男(私の夫ね)とのコミュニケーションも、気を遣ったことだろう。

 

居心地は良くはなかったよね。我慢を、多分、いっぱいさせてしまった。それを、一言も愚痴らず、甘えから出る私の無礼を笑って受け流したり軽く諭したりして、頑張りなさいよ、と手を振って帰っていった母。さっぱりしていた。

 

あの頃の私は、もっといてくれたらいいのに、くらいのことは思っていただろう。本当に馬鹿だね。子どもを生んだら誰かに助けてもらっていいんだなんて決まりごとは、どこにもないのに。助けてもらったら、感謝でしょう!

 

母自身は、私や弟を生んだとき、実の母親に手伝ってもらっていない。しかも、転勤族だった。どうやってあの大変な時期を乗り切ったんだろう。すごいなあ。

 

私の母は、どちらかというとクールで、私はハグとかされた覚えがない。昔の女性はそういう人がほとんどなのかもしれないけれど、なんとなく、子どもに対して冷めている感じがして、私のことをあまり好きではないのかなと、ずっとちょっと寂しかった。社交的な母は人気者で、私は母を楽しそうに笑わせる人たちにやきもちをやいていた。

 

母娘とはいえ、好きな所、苦手な所があるのは当然なんだけど。私は20歳で家を出たし、母と離れて暮らす年月の方が長くなって久しい。長く離れていると、不思議と良くしてくれたことばかりが思い出されて、懐かしく、胸が熱くなる。

 

思い出の中の母は、いつも物分かりが良くて優しい。母にとっての私は、どんなふうなのかな。

 

長い手紙を書きながら、高齢の母に、あと何回会いに行けるだろうかと考える。切なさと申し訳なさと、恋しさが募る。私の中の甘えん坊がべそをかく。

 

迷ったけれど、最後に「今度会ったとき、ハグさせてね」と書いてしまった。手紙っていいね。
明日は母の日。

 

ポノと人生とマインドフルネス

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真新しいランドセルを背負った、黄色い帽子の子が歩いている。私の娘たちにも、そんな頃があった。花吹雪の中を、弾むような足取りで帰ってくる姿を、歩道橋の反対側で見守りながら待っていた。

 

桜の花びらはガラス質の成分が入っているかと思うほど、一粒一粒が光をまとっていて、その下を歩く小さな人たちは眩しく、無条件に世界から祝福されているのだと思ったものだ。

 

その娘たちも成長し、長女の娘は2歳の、次女は25歳の誕生日を、今日迎えた。

 

トートバッグの底に、少し小さく色濃くなった花びらを見つけ、嬉しいような寂しいような気持になる。毎年、家族でお花見をすると、花びらは何枚か家までついてきたっけ。娘たちのパーカーのフードの中とか、夫の襟元とか、たたんだ日傘の中とか。

 

始まりの月でもある4月は、気持ちを新たにした思い出が多くて、舞い落ちる桜の花びらを見ると鮮やかに、スイッチを入れたかのようにその映像がよみがえることがある。

 

竹内まりやさんの歌に「人生の扉」という素敵な曲があるが、今、しみじみとその気分に浸ってしまう。

 

 満開の桜や 色づく山の紅葉を
 この先いったい何度
 見ることになるだろう
 ひとつひとつ 人生の扉を開けては
 感じるその重さ
 ひとりひとり 愛する人たちのために
 生きてゆきたいよ

 


そう、人生の扉は、いつからかどんどん重くなっていった。子どもでいられた頃は、無邪気で軽やかな、好奇心の扉ばかりだったのに。

 

特にここ10年ほどは、とてもきつかった。不運とか病気・怪我が続き、更年期も重なり、人生における大きな危機が短い周期で訪れた。我ながら、よく乗り切ってきたと思う。

 

毎日を機嫌よく、心豊かに暮らしたい。春風のように人に優しく、穏やかに。口角を上げて、感じのいい笑顔を向けて。

 

それだけを目指した。たったそれだけのことが、本当に難しかった。心に余裕を持てず、人にも自分にも丁寧に対応できない時期が、長く続いた。

 

アロマセラピー、散歩、刺しゅう、好きな仕事、好きな人との会話、ささやかなお洒落や化粧、植物との触れ合い・・・etc。
「このままではいけない、自分をケアしなくては」と、いろいろなものに助けを求めた。

 

おかげさまで、今はとても気持ちが安定している。相変わらずバタバタして焦ることもあるけれど、心に余裕がなくて苦しい、ということは最近思ったことがない。

 

どれが良かったのか。多分、相乗効果だろう。そして、一番私に効いたのはホ・オポノポノだったのだ、と思っている。

 

ホ・オポノポノに関しては、過去に何度か書いているので、よろしければ。
(最初のうちは勘違いしている部分があり、読み返すと苦笑いしたくなります^^;)

tsukikana.hatenablog.com


ところで最近、「マインドフルネス」という言葉をよく聞くようになった。

weblio辞書によると、

 

「マインドフルネス」とは、自分の気持ちを“今、この瞬間”に意図的に向けて、現実をあるがままに知覚すること、あるいはそうした心の状態を体得するためのトレーニングを指す言葉。
メンタルヘルスを整え、創造性や集中力を発揮するためには、“今、ここ”に意識を集中し、とらわれているネガティブな感情や思い込みから離れることが有効だと考えられている。
これは仏教の瞑想(めいそう)法に由来する概念で、欧米では1970年代頃からストレスに対処する技法として普及し始めた。
近年はうつ病の再発防止を目的とする心理療法に導入されるなど、医療や教育、人材開発の現場でも注目を集めている。

 

とのことである。


「今この瞬間」に集中する。そのことによるメリットは大きく、雑念や無駄な思考を手放すことができ、漠然とした不安と決別できる。ストレス軽減、集中力アップ、自律神経回復といった効果があると言われているそうだ。

 

マインドフルネス状態を目指すトレーニングとして「マインドフルネス瞑想」などがあり、企業や政府機関の研修でも取り上げられているという。世界的に注目を集めているので、私もきっと、TVや新聞で目にしているのだろう。

 

この聞き覚えのある言葉についてちょっと調べ、すぐに思った。
「これは、ホ・オポノポノのクリーニングと同じね!」

 

私が毎日している4つの言葉を唱えるという実践。そして「HA(ハー)の呼吸」と呼ばれているポノの呼吸法。これはそのまま、マインドフルネス瞑想ではないか。

 

一般的なマインドフルネス瞑想では、訓練を続けるほど気づく力が育まれ、幸福感が高まることが知られているそうで、それもポノのクリーニングと同じだ。

 

タイミングを逃さずクリーニングするためには、感情を捕まえるという訓練がいる。訓練といっても、ただ何度でもトライし繰り返していく、それも楽しみながら、というものなので、少しも苦しくないのだが。

 

 ごめんなさい
 許してください
 愛しています
 ありがとう

 

この4つの言葉を、自分の内面に向かって投げかけるのが基本的なクリーニング。何かが起こって動揺したときや、感情が動いたとき。喜怒哀楽、どの場合も、すぐに言葉を投げかける。それは難しくはないが、つい忘れがちだ。だから、何度でも繰り返すことで習慣にしていくということが、ポノにおいては訓練なのかも。

 

実は、4つ全部言わなくても「愛しています」だけで大丈夫なのだそうで。この言葉には、他の3つの意味も含まれているからとのこと。もっと言えば「I love you.」でOK。この方が言いやすいのなら、何かあるごとに「I love you.」と心でつぶやくのも良いかも。時短だしね。笑

 

自分の心の動きに気づくということは、集中するということ。本当なら言葉掛けも必要ないのかもしれないけれど、ポノの場合、「言霊(ことだま)」の力も借りているのかなと思う。何百年も前から伝承されているハワイの問題解決法なのだから、神秘的な要素があって当然だし、私にはそこも魅力だ。

 

ただ、最初のうちは、スピリチュアルと聞いて少し距離を取っていたのを覚えている。当時、ネットで調べると否定的な意見も散見されたし、逆に妄信的な人の話にもちょっと違和感があったし。

 

今では「どうしてみんな、ポノをやらないんだろう」くらいに思っているのだけどね。

 

抵抗を感じる人がいるのも、以前の自分を思い出せば理解できる。怪しい、胡散臭いと思ったり、何かの商法じゃないかと思ったりするのだろう。でも、マインドフルネスのひとつの方法と考えたら、どうだろう。お金もかからないし。(セッションやクラスの受講は有料だけど、参加しなくてもクリーニングはできます)

 

本も何冊も出ているけど、無料でダウンロードできる電子書籍もあるので、こちらで様子を見るのも良いかも。


(累計21万部の人気ブックス)
『あなたも魔法使いになれる ホ・オポノポノ』


私の実感としては、小さな問題は割と早く方が付き、厄介な問題は時間がかかる。でも「なるほど、そう来るか!」というくらい思いがけない方向に道が開いたり、問題そのものを問題と感じなくなったり、一生懸命、画策を試みていた自分がちっぽけだったなぁと思えることが何度かあった。

 

表層意識で考えることなんてたかが知れてる。宇宙規模で根回ししてくれるのが、ホ・オポノポノなのね。

 

小さなラッキーやタイミングの良さは、もう頻繁に体験している。まあ、信号にぶつからず目的地に行けたとか、近づいても小鳥が逃げなかったとか、コンビニのくじを引くと、いつもコーラや炭酸水を当てるとか、本当に可愛いものだけど。笑

 

年のせいだと思ってた物忘れやうっかりの多さも、最近はあまりない気がする。大事なことはタイミングよくふっと思い出し、大体は間に合う。インスピレーションという言葉を実感する素敵な体験だ。

 

シンクロニシティもよく感じる。TVをつけたら、ちょうど知りたかったことの特集をやっていた、ということも増えた。どうしてるかな、と気になってた人からお誘いの連絡が来るとかね。

 

何をやっても裏目に出て、周囲からの攻撃を警戒して、上手く振舞えず、しなやかに生きるってどうやればいいの?と自分を情けなく思っていたあの頃の私を思えば、今は別人になったみたい。自分を大切にするということの意味を、ポノに教えてもらった気がする。

 

多分、まだ少し人生は続く。問題も次々に立ち現れるだろう。でも、今は前ほど生きていくのが怖くない。

 

「今この瞬間」に集中する。「期待」をクリーニングし、「判断」をクリーニングし、「焦り」をクリーニングし、私は今日も少しずつ、重荷を下ろして軽やかになっていく。

 

・・・来年の桜の季節、どうしているかな。
人生っていろんなことがあって、面白いね。面白がって、生きていきたいね。
そう、春風のように機嫌よく♪

 

歌うように春散歩―西城秀樹さんの魔法かな

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桜は開花した。見頃はもう少し先になるが、散歩道を歩いていると桜の樹々がその存在を訴えてくるように感じる。

 

ああ、久しぶりだね。

 

冬の間も桜はそこに立っていたのに、まるで遠路はるばる戻ってきたかのように思え、つい声を掛けたくなる。

 

足元にはタンポポの綺麗な黄色。ムスカリの紫も可愛らしい。ユキヤナギも花盛りで、弓なりの枝に真っ白な花をどっさりと、まさに雪が積もったかのように咲かせている。花はいいなあ、と素朴な感動。

 

あっちに気を取られこっちで立ち止まり、を繰り返す私の傍らを、ジョギングやウォーキングの人たちが追い抜いて行く。運動にもならないような私の散歩だが、心の健康のためにはきっと、とても効いているはずだ。

 

いくつかの問題を抱えている。

 

自分からは働きかけようがないものは、ただ心配をしているだけだが、解決に向けて自分から動き出すべきものは、どのタイミングでどう打って出ようか、ちょっと悩んでいる状態。もちろん、問題解決法のホ・オポノポノを実践しながら。ポノを知っていて、本当に良かった。

 

外気の中を、風に吹かれて歩いていると、物事をポジティブに考え直せる気がする。今日のような青空の広がる日はなおさら、気持ちが軽くなっていくのがわかる。花粉症の人には申し訳ない気がするが、私はこの季節の外歩きがとても楽しい。

 

鳥たちも春を喜んでいるのだろうか、元気いっぱいだ。カップルで寄り添うカルガモも、よく見かけた。もう少ししたら、ひな鳥たちの愛くるしい行列が見られるのかな。聞き慣れない野鳥の声もした。そうだ、今年も探鳥会に参加できたらいいな。

 

歩いている間、脳内では音楽が再生されている。それは西城秀樹さんの歌。もうずっと毎日聴いているのだから、当然なのかもしれないけど、ちょっと不思議な気分になる。去年の今頃は、HIDEKIのことがこんな風にライフワークになるなんて、思いもよらなかったから。

 

少女期にドキッとして夢中になって、でも大人になるとともに離れていって。何十年もたって、その恋心がよみがえる。そのきっかけが訃報だったことがなんとも切ないのだけど。

 

YouTubeで在りし日の姿を繰り返し見て、亡くなったことがじわじわと悲しくなってきたのが去年の梅雨時。やっぱり素晴らしい人だわと、想い焦がれて追いかけて。そうはいっても、そのうち気持ちは落ち着くのだろうと思っていた。でも、終わりそうにない。

 

最初は私だけが変なのか?と思ったのだけど、YouTubeのコメント欄や匿名掲示板を覗いてみると、同じような人がたくさんいて驚いた。「どうしちゃったんだろう、私」と戸惑いながらHIDEKIにブーメランで帰って来る人が、どんどん増えているようなのだ。集団催眠術にでもかかったみたい。

 

孵化したヒナが最初に見たものを親と認識するように、少女期の恋が刷り込まれてしまっていた?いやでも、時を超えてファンに戻る人だけではない、新規でファンになったという人も大勢いる。

 

本当、魔法みたい。年末には生まれて初めて、テレビ番組にリクエストハガキを出す、ということをした。HIDEKIを追悼する特別番組があるからと、何十年ぶりかで家でラジオを聴いた。それも泣きながら!「この私が?」なことばかり。こんな風になるなんて。

 

今年に入ってからも静岡まで西城秀樹展を観に行ったり、CD-BOXを買ったり、TwitterでHIDEKIファンさんたちのつぶやきを拾ったりで、その想いに衰えは見えない。いや、ますます熱を帯びてきた?

 

優しい目で見てくれていた家族も、さすがに「え?まだ?」という感じで引いているのがわかる。これは、隠れキリシタンのように潜るべきなのか?と寂しく思っていたら、誕生日に夫がHIDEKIのCDとフォトエッセイをプレゼントしてくれた。今までのどんな贈り物よりも嬉しかった!笑

 

ネットの時代であることもありがたい。10代から還暦まで。膨大な数の歌を残してくれた西城さん。そして、大切に保存しておいた画像や音声、貴重な映像を、惜しげもなく披露してくれる古参のファンの方々にも、感謝の言葉しかない。

 

少女の頃のように、毎日ときめきを感じていられるから。ただ、その人はもういない、という現実に向き合うと、やはりかなりツライけど。泣くけど。

 

先日は、西城さんの初のオールタイムシングルBOX『HIDEKI UNFORGETTABLE』発売決定のニュースが入り、Twitter上にファンたちの喜びの声が飛び交った。ファンからのリクエストが殺到し、昨夏から企画、レコード会社3社の枠を超えて発売に至ったそうだ。HIDEKIファン、すごい!

 

発売はもちろん嬉しく、すぐに予約をしたけれど、それ以上にHIDEKIのことがこんなに明るく大きく話題になったこと(悲しい話ばかりだったから)、各メディアが丁寧に紹介してくれていると感じたことが、何より嬉しかった。

 

そして使われている画像は、私が大好きだった「HIDEKIお兄ちゃん」。誰よりも元気いっぱい、明るくて若さに輝く、あの西城秀樹だ。キャーッと叫びたくなる。笑

 

一昨日の3月25日は、西城さんのデビュー記念日。1972年のこの日、「恋する季節」でデビューしたHIDEKIは、まだ16歳だった。たったそれだけのことで、また泣きそうになる。

 

このまま、魔法にかかったまま、私はこれからも年を重ねていくのだろう。今日は20代の頃の歌を聴こうかな、それとも40代のにしようかな、なんて毎日迷いながら。

 

今日の散歩中は、デビューして間もない頃の声が脳内再生されていた。あの、可愛いハスキーヴォイスが大好き。パチパチとはじけて煌めくサイダーみたい。春の日の散歩にぴったりだ。

 

心で歌いながら歩いていたら、胸にあるいくつかの心配事も、なんとかなる気がしてきた。天候の変わりやすい春は、晴天がとても貴重だから、お天気の日はやりたいことがたくさんあるのだけど、やっぱり散歩を優先させて良かった。

 

さあ、機嫌よく美味しいご飯を作ろう!

 

財布を包む布。施した刺しゅうで金運、あがるかな?

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ずっと作ってみたいものがあった。全然難しいものではない。お財布の寝具、というか、包むもの。一枚の布でいいのだ。布端が、ちゃんとかがってあれば。

 

そんなの、すぐに出来るじゃない。なんで今まで作らなかったの?と言われれば、後回しにしてきた、としか返せないのだけど。

 

そもそも、何故、お財布の寝具?

 

それは、何年か前の人間ドックでの待ち時間、手にした雑誌の記事を見たことにさかのぼる。そこに書かれていた特集は、お財布の扱い方について、だった。

 

お金が貯まる人は、お財布をこんなふうに扱っている、という、割とよくある話だったが、そのときは時間がたっぷりあったためか、つい熱心に読んでしまって。で、お財布に対する自分の雑な扱いに、愕然としたのを覚えている。

 

レシートは入れっぱなしだし、お札の向きも揃えていないし、小銭で膨らんでてもそのままだし、カード類も何枚入れていることやらだし。それ、全てNGだから!

 

あかんわ、私。お金貯まらんわけや!(何故か関西弁風に)

 

お財布にもお金にも、アイデンティティがあって、大切にしてくれている人のもとへ行きたがるのは当然のことだと。そして、お金はあちこち旅をしている。あの財布は居心地が良いぞ、と、旅の先々でクチコミまで行うらしいのだ。

 

参ったな。私の財布、お気に入りではあるのだけど、お金さんには決して居心地の良い環境ではないみたいだ。私の財布はお金さんに嫌われてるかも?

 

私は猛省した。(ちょっと大袈裟)

 

そもそも、お金に対して「足りないなー」「もっと欲しいなー」と思いはするものの、あんまりお金、お金と考えるのは品がない、だとか、キッチリしすぎも計算高い感じでカッコ悪いだとか、私、すごく失礼なことを考えているヤツだった。お金って、人の心を惑わす汚いもの、くらいに思ってたかも。ネガティブに捉えることが多かった気がする。

 

ああ、お金さん、ごめんなさい!

 

その後、お財布の中を整えることは、少しはするようになった。

 

そういえば子どもの頃、母のがま口の中を小銭の種類別に整理するのが好きだったっけ、などと、何故か思い出したりして。お金は純粋に楽しくて、夢のある存在だったんだよね、私にとっても元々は。

 

さ。続いて、お財布さんにとっての居心地について。

 

外から帰って、バッグに入れっぱなしというのは、すごく良くないらしい。そのバッグを床に置いてしまうのは、ますます悪いとのこと。さすがに床に置いたりはしていなかったが、バッグに入れっぱなしは日常だったわ、私。

 

ああ、お財布さん、ごめんなさい!

 

お財布には、家の中にくつろげる定位置が必要らしい。あまり人の出入りしない静かな所が良いそうだ。ゆっくり休んでもらえるように、寝具のようなものを用意してあげればベストだと書いてあった。布で巻くだけでも良いそうだ。

 

去年、ふとこの話を思い出して、ハンカチでくるみ引き出しにしまうようにしてみた。

 

・・・うん、大切にしている感じが出てきたかも。気に入って買ったお財布だったのに、だんだんぞんざいに扱うようになってきてたよねと反省し、なんだか申し訳なく思えてきた。

 

そして今年になり、その申し訳なさを形にして、もう少しお財布さんに喜んでもらおうという気持ちになってきた。すごく長くなったけど、それが冒頭に書いた「お財布の寝具」である。

 

確か、あの記事には布はラベンダー色が良い、と書かれていたっけ。100円ショップでラベンダー色のカットクロスを買い、周囲をかがり縫いする。それだけでも良いのだが、ここはひとつ、刺しゅうでもしようではないか、と思い立つ。

 

既製のデザインではなく、自分で考えようと思った。以前「可愛いな」と思って写真を撮っておいたお店の看板のデザインを参考に、刺しゅうしやすくなるよう省略や誇張をし、ノートに絵を描いてみる。

 

えーっと。やっぱり、お金と仲良しになりたいから、「実のなる木」がいいだろうと思ったのだけど、そこのところは、そんな気がしただけだから、正しいのかはわからない。色も、ゴールドを感じさせる実が良いのかなと、これもなんとなく。でも、良さそうでしょ?笑

 

そして、チクチクと針を動かす。幹や枝はバックステッチ。大小の実は、バックステッチとサテンステッチ、それからフレンチナッツステッチ。たったこれだけ。すぐに出来てしまった。

 

ほんの短い時間だったけど、久しぶりの刺しゅうは楽しかった。「可愛くなーれ」という気持ちに「お金さん、おーいで」という気持ちが加わって、我ながら可笑しかった。でも、これって・・・こんなふうに願いを込めながら糸仕事をするって、きっと昔からみんな、やってきたことなんだろうね。

 

「背守り」というものがあると、以前「猫のしっぽ カエルの手」という番組で知った。子供の服の背につける縫い目のおまじないは、江戸時代から行われていたとか。背中に忍び寄る魔物(厄災)から我が子を守ろうと、祈りを込めて魔除けのしるしを縫う母の愛情が、温かいね。

 

ひるがえって私の金運を願う心は・・・いや!これも大切だから!(ブルブルッ)

 

さて、話は戻る。
願いを込めて刺しゅうを施した布に包んだお財布。この際だから定位置も変えてみた。前の場所よりは静かだ。落ち着いて、安心して、くつろいでくれるかな。

 

人目につかない場所だから、この刺しゅうは人に見せる機会はほぼないだろう。純粋に、お財布さんのために刺しゅうしたのだ。「そこのところを評価してほしいわ、金運の神様」なんてつい思ってしまう私は、はい、まだまだだね。

 

でも本当に、お金もお財布も、これからはもっと大切に扱おうと思う。それは、拝金主義や守銭奴みたいになるということでなく、その存在を尊重し、良い関係を築いていこうという気持ちでいること、なんだよね、きっと。ポジティブなイメージを持ちたい。